激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【官能編】

戸影絵麻

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第8部 妄執のハーデス

#57 バトルロイヤル⑪

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 部屋に戻っても、震えは収まらなかった。

 ベッドの端に腰かけ、両腕で肩を抱きしめて震えている杏里を、由羅がなすすべもなく見下ろしている。

「こんなの、ひどい」

 杏里の肉づきのいい太腿に、涙の粒がぽたぽたと落ちた。

「あの子たちが、何をしたっていうの? 殺されなきゃならないことなんて、なんにもしてないじゃない…」

 ここに放り込まれたからには、ヤッコとユリのユニットにも、何か問題があったのかもしれない。

 が、杏里には、あの健全そのもののふたり組が、殺人鬼だの外来種化した化け物だのだとは、とても思えなかったのだ。

 委員会は、ただヤッコの念動力を恐れたのではないか。

 ふと、そんな気がした。

 放っておくと自分たちにも向きかねないあの力を恐れて、事前に葬り去ろうとしたのではなかったのか…。

 そう思うと、更なる怒りが込み上げてきた。

「だいたい、私たちだって、そうでしょ? これまで、ただ委員会に言われるままに、たくさんの人間たちを浄化したり、外来種を見つけて駆除したり…。それこそ、命を賭けて、ここまでやってきたわけじゃない。なのに、今になって、お互い殺し合え、最後に残った者だけを自由にしてやる、だなんて。そりゃ、私たちの側にも、色々問題があるのかもしれない。でも、いくらなんでも、こんなの、ひどい。ひどすぎる。私たちを馬鹿にするにも、ほどがあるよ」

「もちろん、杏里、おまえの言う通りさ」

 由羅が杏里の隣に腰を下ろした。

 肌の触れたところから、ほのかに由羅の体温が伝わってくる。

 それがとても心地よくて、杏里は少しずつ、落ち着きを取り戻すことができた。

「だけど、はっきり言って、この状況じゃ、うちらふたりでは、何もできない。仲間を募って反乱を起こそうにも、その仲間ってのがどういう連中なのか、皆目見当もつかないわけだしさ。だから、できることはただひとつしかない。勝ち残ること。委員会の横暴を正すことができるとすれば、それはその後だ」

「由羅…」

 杏里は目尻の涙を手の甲で拭い、由羅のひきしまった横顔に目を当てた。

「由羅、なんだか、知らない間にずいぶん大人になっちゃったね。昔の由羅なら、怒髪天を突く勢いで、後先顧みず、暴れ回るところなのに…」

「うちは…」

 由羅が言葉を切って、杏里から目を逸らした。

「うちは、なんにも変わっちゃいない。ただ…」

「ただ、何なの?」

「杏里を守りたい。最近特に、強くそう思うようになった。ただそれだけさ」

「変なの」

 杏里はくすっと笑った。

 由羅のぎこちなさが、妙におかしかったからだ。

「前は、あんなに私をいじめてたくせに」

「それは…」

 由羅の頬が見る間に赤くなる。

「好きだったから…。好きなのに、思うようにならなかったから…」

「私も好きだよ。由羅のこと」
 
 杏里は、固まってしまった由羅の首に両腕を回した。

 無意識のうちに、豊かな胸を、由羅の二の腕に押しつけている。

 杏里はスキンシップが大好きだ。

 心を許した相手には、ついこうして、火照った肉体を預けたくなってしまう。

 震えはいつの間にか収まっていた。

 代わりに、由羅に対するいとしさが、性欲を伴って、胸の奥底からふつふつとこみ上げてくる。

「慰めてくれなくていい」

 怒ったように、由羅が言う。

 寂しそうな横顔だ。

 杏里には、どうして由羅がそんな表情をするのか、わからない。

「おまえに嫌われてることは、わかってる。けど、それでもおまえを守りたいって気持ちは、変わらない」

「嘘じゃないよ」

 杏里はその熱い頬に唇を押しつけた。

 由羅は前にもそんなことを口にした。

 どうやら本気でそう思い込んでいるらしい。

 杏里は、今度こそ、由羅の誤解を解きたいと思った。

 だから、強い語調で言い募った。

「昔の意地悪な由羅に、私は確かに恋してた。でも、今の変に悟ったような由羅も、本当に私、大好きだよ。ここに来るまでは、正直言って、自分の気持ちが、よくわからなかった…。あなたを触手でぶった時も、ただ仕返しをしてやるくらいにしか、考えてなかった…。でもね、今なら、はっきり好きって言える。それから、好きって言ってくれたこと、とってもうれしく思ってる」

「それはきっと、錯覚さ」

 かたくなにかぶりを振り続ける由羅。

「ふたりきりで極限状況に置かれると、ヒトは誰でも相手に恋愛感情を抱くものなんだ。うちにはわかる。ここを出たら、杏里、おまえはまたうちの許を去っていく。おまえはそういうやつなんだ。だって、杏里は、生まれながらのタナトスなんだから」

 由羅の頬に唇を這わせたまま、杏里は固まった。

 心のどこかで、由羅の洞察が正鵠を射ていることに、ふと気づいたからだった。






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