激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【官能編】

戸影絵麻

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第8部 妄執のハーデス

#62 バトルロイヤル⑯

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「そんなこと訊かれても、わかるわけがない」

 柚木がまた苦笑する。

「第一、君ら、3人ともそっくりで区別がつかないじゃないか」

「だよねー」

 顔を見合わせて、キャラキャラ笑い転げる3人組。

 これもまた、異質のユニットといえばそうである。

 が、外見に騙されてはいけない。

 杏里は気を引き締めた。

 ここに呼ばれたからには、この少女たちにも何か秘密があるはずだから。

「次はF。あんまり時間がないから、どんどん行ってくれ」

 柚木の声に、一番端の席に座っていた、長身の少女が手を上げた。

「あいよ。あたしは倉田彩名。エリアは中国・四国。あたしらも、ごく普通の標準的ユニットだね」

 ショートボブの髪型に日に焼けた肌。
 
 死んだユッコにどことなく似た、体育会系の匂いのする健康少女である。

「タナトスの鈴木弥生です。よろしくお願いします」

 右隣の眼鏡のセーラー服が、ぺこりと頭を下げる。

 おさげ髪の、がりがりに痩せた少女である。

 間の抜けた挨拶がおかしくて、つい吹き出しかけた時、

「標準的にしては体格がいいな。180はあるだろう? 君、部活は何だ?」

 目を細めて遠くの席の少女を見つめながら、柚木がたずねた。

「陸上だよ。得意種目は棒高跳び。ま、脚力には自信がある、とだけ言っておこうかな」

 彩名が、不敵に微笑み返す。

 さしずめ、由羅と同じ武闘派といったところなのだろう。

 それにしても、あの落ち着きぶりはどうだ。

 謙虚な口ぶりとは裏腹に、よほど自分に自信があるに違いない。

「次はGだから、俺たちの番だな」

 こちらも負けじと落ち着き払った口調で、柚木が後を引き継いだ。

「俺の名は柚木紘一。守備エリアはマコトと同じ、東京23区。言い出しっぺだから、ひとつ、俺の特技を公開しよう。これだ」

 そう言って、右手を差し出し、手のひらを上に向ける。

 と、ぼっという音がして、その中央に赤い炎が立ち上がった。

 テーブルの周りで、一斉にどよめきが起こった。

「手品じゃない。バイロキネシス、すなわち、人体発火能力というやつさ」

 平然とした顔で柚木が言い、手を握って火を消し去った。

 やっぱり彼も、超能力者だったんだ。

 杏里は内心、舌を巻く思いだった。

 でも、炎を操るなんて…。

 まるで魔法使いじゃない。

「で、なんだ? 柚木、おまえ、放火でもして捕まったのかよ? それでめでたく、俺たちのお仲間入りか?」

 嘲笑うように、マコトが茶々を入れる。

 が、柚木は顔色ひとつ変えなかった。

「残念ながら、そうじゃない。身内の恥をさらすようで心苦しいんだが、これもついでに言っておこう。俺のパートナー、飯島美晴はタナトス失格でね、暴力を受けたり、性的被害に晒されそうになると、ある周波数の音波を発信して抵抗してしまう。この音波ってのがくせものでね、人間の脳にかなりのダメージを与えてしまうんだ。もちろん、パトスやタナトスの脳にもね。だから俺も、一緒に闘う時には、必ずほら、耳栓を用意しているくらいさ。というわけで、君たちも、くれぐれも美晴には手を出さないことだ。たとえ俺たちと対戦することになってもね」

 杏里は唖然となった。

 柚木が首から下げている白いホイッスルのようなもの。

 アクセサリーかと思って気にしてもいなかったのだが、あれは耳栓だったのだ。

 柚木の横で、美晴はリスのように身を縮めている。

 うつむいて、誰とも目を合わさず、小刻みに体を震わせているようだ。

「さ、俺たちの自己PRはそんなところだ。じゃ、次、ラスト、頼む」

 柚木が座ると、入れ替わりに野太い声が言った。

「チームH。加瀬久美子。こっちが相田もも。担当は北海道。見ての通り、ウチはどっちかつーと防御専門さ」

 発言者は、彩名の向かい側に座っている、恰幅のいい少女である。

 プロレスラーをほうふつとさせる巨体の持ち主だ。

 ただ、同じ巨漢でも、クラスメートのふみと比べると、久美子のほうが顔つきはずっと知的で、雰囲気も落ちついている。

「北海道の事件なら、記憶にある。さては君だな? 間違って一般人を殺してしまったパトスというのは?」

 狙っていたかのように、すかさず柚木が言った。

「あいつらが先にウチのももを殺そうとしたんだよ。ドラム缶にコンクリート詰めして、海に投げ込んでさ」

 久美子が気色ばんだ。

「ウチはももを助けたかった。ただそれだけだよ」

 久美子の右隣の小柄な子が、相田もも当人なのだろう。

 迷彩柄のジャケットを着こみ、野球帽をかぶった男の子みたいな少女である。

 だが、よく見ると睫毛が長く、可愛らしい顔立ちをしている。
 
 そのももは、あこがれの先輩を見るようなまなざしで、久美子の横顔をうっとりと眺めていた。

「そうか。そいつは気の毒だったな」

 柚木のまなざしが、ふっと柔らかくなった。

「パートナーを命に代えても守りたい。その気持ちはよくわかる。俺も美晴を守るためなら、同じことをしたと思う」

 タナトスとパトスの絆は、予想以上に強いのだ。
 
 どんな組み合わせでも、みんなそうなのだろう。

 そのことを再認識させられ、杏里は無意識のうちに、由羅の手を強く握りしめていた。

「これで終わりだな、やっぱりこの中に、Xはいなかったか」

 柚木が笑った。

「いるわけねーだろ? 人数きっちりなのに」

 馬鹿にしたようにマコトが突っ込む。

「でも、ほんと、誰なんだろうね。自分だけ姿見せないなんて、汚いやつだよ」

 ボーイッシュな彩名が、吐き捨てるように言った、その時である。

 だしぬけに空気が鳴り、テーブルの上を何かがかすめて飛んだ。

 続いて起こる破裂音。

 キラキラと夕陽を反射して、ガラスの破片がテーブル一面に飛び散った。

「なんだ? こりゃ」

 へっぴり腰で立ち上がりかけたマコトが、甲高い声を上げた。

 今にも飛び出しそうな目で、テーブルの上に落ちたそれを見つめている。

「避雷針…?」

 茫然とした口調で、由羅がそうつぶやくのが、杏里の耳に聞こえてきた。

「まさか…ありえない」

 蒼白な由羅の横顔。

 まるで、幽鬼にでも出会ったような…。

「どうしたの?」

 杏里が声をかけようとした時、柚木が言った。

「なるほどね。これが、Xからの挨拶状というわけか」


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