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第8部 妄執のハーデス

#68 1回戦⑤

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 杏里の腋の下から、2本の触手が伸びたのは、その時だ。

 それが、防御本能のなせる業なのか、ただ単に快楽に反応して実体化したのか、そこまではわからない。

 ふと気がつくと、触手の1本はユウの細い首に絡みつき、もう1本は陰茎の根元に絡みついていた。

「ぐわあっ!」

 首とペニスを支点に、高々と宙に持ち上げられるユウ。

 ユウを持ち上げたまま、弧を描くように触手が動いた。

 ぐしゃっ。

 卵がつぶれるような音がして、床にさあっと鮮血が広がった。

 ユウを抱え上げた触手が、その身体を頭部から真っ逆さまに床に叩きつけたのだ。

 頭を潰されたユウの裸体が、どさりと床に落ちた。
 
 触手たちは、すでに杏里の体内に収納されている。

「何だと?」

 マコトのどんぐりまなこが、驚愕でいっぱいに見開かれる。

 と、それまでマコトの右手から死んだようにぶらさがっていた由羅が、ふいに素早い動きを見せた。

 下半身を持ち上げると、むき出しの生足を、だしぬけにマコトの首に絡みつかせたのである。

 腰のひとひねりで、由羅がマコトを床に引きずり倒す。

 顔をつかまれたまま、両腕をスィングバックすると、凄まじい勢いで手刀をマコトの胸板に叩き込んだ。

 骨の砕ける音がして、マコトの胸から血しぶきが飛び散った。

 由羅の手刀が、その薄い胸板をつき破ったのだ。

「がふっ」

 口から血の塊を吐き出して、マコトがごろりと仰向けになる。

 巨大な右手が開き、蜘蛛のような5本の指から由羅の頭部を解放した。

 顔中を朱に染め、立ち上がる由羅。

 軍用ブーツを履いた右足を振り上げると、渾身の力を込めてマコトの顔面を踏みつけた。

 頭蓋骨の割れる音が鳴り響き、大量の血液と砕けた豆腐のような白い脳漿が、あたり一面に飛び散った。

「由羅…」

 ユウの影響が消え、その頃にはようやく杏里も己を取り戻していた。

 裸のまま、立ち尽くす由羅のほうへと、よろめく足取りで歩いていく。

「杏里…済まない」

 由羅がその場にがっくりと跪いた。

「うちの負けだ…。マコトの力を、見くびりすぎていた…」

「いいの。勝ったんだから」

 杏里はその前に膝をつき、その豊かな胸で由羅を抱きしめた。

「さ、お部屋へ帰ろう。私が傷の手当て、してあげるから」

 由羅の血が、杏里の真っ白な乳房を染めていく。

「ありがとう…」

 由羅がつぶやいた。

 とその時、突然ガチャリと扉を開く音がした。

 振り返ると、担架を持った4人の作業服姿の男たちが、無言で体育館に入ってくるところだった。

 なんというタイミングのよさだろう。

 死んだふたりを、さっそく回収に来たのに違いない。

 ひとつ間違えば、今頃あれに乗せられるのは、私と由羅だったかもしれないのだ…。

 シーツに覆われ、担架で運び出されるふたりの死体を見送りながら、杏里は戦慄を禁じ得なかった。

 私は、またひとり、タナトスを殺してしまった。

 でも、そうしなければ、今回も、間違いなく、こちらが殺されていた。

 これが、戦いというものなのだ。

 でも、なんて空しい…。

 勝ったのに、この底抜けの虚しさは、いったい…何なのだろうか…?




 


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