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第8部 妄執のハーデス
#90 決戦前夜
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由羅の脇腹の傷は、見た目以上に深いようだった。
リタたちが所持していたバタフライナイフは、かなり刃先の長いものだったのだ。
だから、最悪、内臓を損傷している可能性もある。
部屋に戻ると、由羅はベッドに仰向けになったまま、すぐに寝息を立て始めた。
リタとリナのふたりを殺し、その上、久美子とももの無残な死体を見た。
その直後によく眠れるものだと思ったが、ある意味、由羅は杏里以上に疲れているのかもしれなかった。
ともあれ、最終決戦は明日である。
まだアナウンスはないが、連休が明日までということを考えると、対戦は午前中に行われる確率が高い。
すなわち、由羅の目覚めを待たず、今すぐ”治療”を始めなければ間に合わないということになる。
杏里は途方に暮れた。
治療に必要な体液を分泌させるには、性的に興奮する必要があるのだ。
きのうは、由羅の手を借りてなんとかなったが、頼みの由羅がこの状態となると、きょうは杏里独りで行わねばならない。
むろん、自慰は好きである。
毎日何度もしている行為だから、ここですること自体にためらいはない。
が、問題は、杏里自身の精神状態だった。
自分が殺人者であることを自覚したショック。
久美子とももに対する後悔の念と哀悼の気持ち。
明日に迫るXとの最終決戦への恐怖。
それらがない混ぜになったこの状態では、とてもオナニーなどする気になれないのだ。
幸い、乳房の腫れは引いていた。
一時はあれほど醜く変色し、皮膚が伸び切ってしまった両の乳房。
それも今は、綺麗に修復され、元の張りと美しい形をほぼ取り戻している。
シャワーを浴び、全身を入念に洗った後、ユニットバスの壁面に取りつけられた鏡を見ながら、自分の指で慰めてみた。
だが、思った通りだった。
杏里は絶望的な気分に陥った。
どんなに敏感な部分をいじめても、どんなにはしたない格好を映してみても、いっこうに濡れてこないのだ。
このままでは、由羅を治せない。
由羅が元に戻らなければ、明日のXとの戦いは、間違いなく杏里たちの敗北で終わるに決まっている。
久美子とももの悲惨な末路が、否が応でも脳裡を去来した。
私たちもああなるのだ。
いや、もしかしたら、もっとひどい姿にされて瞬殺させられる可能性だってある。
「ああ、どうしたらいいの…?」
頭と体にタオルを巻いたまま、ベッドの脇の丸椅子に腰かけた。
由羅を起こすしか、手はないか。
ため息混じりにそう考えた。
でも、由羅とてこの傷だ。
仮に起きてくれたところで、とても杏里の身体を愛撫する気分にはなれないに違いない。
「どうする? 杏里…?」
つい、口に出してそうつぶやいた瞬間である。
頭の中に、何の前触れもなく、突然”眼”が開いた。
血走った大きなひとつ眼。
サイコジェニーである。
あざ笑うような思念が、さざ波のように杏里の意識の中に広がっていく。
-ふふふ。2回戦も、なんとか勝ち抜いたようだね。ま、とりあえずは、おめでとうを言わせてもらおうかー
「あ、あなたは…」
杏里はきっと顔を上げた。
-ははは。でも、ひどい精神状態だ。そんなことで、明日は大丈夫なのかい?-
「どうして…あなたはどうしてそんなに、私に関わりたがるの?」
何もない中空をにらんで、叫ぶように言う杏里。
-さあね。いつか会える時がくるといいと思うよ。色々話したいこともあるからね。でも、まあ、今のままでは、それも無理そうだけどー
「そ、そんなこと…」
言われなくても、わかってる。
杏里が苦い思いをかみしめた時、また嘲笑うように、サイコジェニーがたずねてきた。
-ところで杏里、わかったのかい? おまえがどこで道を踏み違えたのか、なぜタナトスとして失格なのかっていう、そのわけが?-
リタたちが所持していたバタフライナイフは、かなり刃先の長いものだったのだ。
だから、最悪、内臓を損傷している可能性もある。
部屋に戻ると、由羅はベッドに仰向けになったまま、すぐに寝息を立て始めた。
リタとリナのふたりを殺し、その上、久美子とももの無残な死体を見た。
その直後によく眠れるものだと思ったが、ある意味、由羅は杏里以上に疲れているのかもしれなかった。
ともあれ、最終決戦は明日である。
まだアナウンスはないが、連休が明日までということを考えると、対戦は午前中に行われる確率が高い。
すなわち、由羅の目覚めを待たず、今すぐ”治療”を始めなければ間に合わないということになる。
杏里は途方に暮れた。
治療に必要な体液を分泌させるには、性的に興奮する必要があるのだ。
きのうは、由羅の手を借りてなんとかなったが、頼みの由羅がこの状態となると、きょうは杏里独りで行わねばならない。
むろん、自慰は好きである。
毎日何度もしている行為だから、ここですること自体にためらいはない。
が、問題は、杏里自身の精神状態だった。
自分が殺人者であることを自覚したショック。
久美子とももに対する後悔の念と哀悼の気持ち。
明日に迫るXとの最終決戦への恐怖。
それらがない混ぜになったこの状態では、とてもオナニーなどする気になれないのだ。
幸い、乳房の腫れは引いていた。
一時はあれほど醜く変色し、皮膚が伸び切ってしまった両の乳房。
それも今は、綺麗に修復され、元の張りと美しい形をほぼ取り戻している。
シャワーを浴び、全身を入念に洗った後、ユニットバスの壁面に取りつけられた鏡を見ながら、自分の指で慰めてみた。
だが、思った通りだった。
杏里は絶望的な気分に陥った。
どんなに敏感な部分をいじめても、どんなにはしたない格好を映してみても、いっこうに濡れてこないのだ。
このままでは、由羅を治せない。
由羅が元に戻らなければ、明日のXとの戦いは、間違いなく杏里たちの敗北で終わるに決まっている。
久美子とももの悲惨な末路が、否が応でも脳裡を去来した。
私たちもああなるのだ。
いや、もしかしたら、もっとひどい姿にされて瞬殺させられる可能性だってある。
「ああ、どうしたらいいの…?」
頭と体にタオルを巻いたまま、ベッドの脇の丸椅子に腰かけた。
由羅を起こすしか、手はないか。
ため息混じりにそう考えた。
でも、由羅とてこの傷だ。
仮に起きてくれたところで、とても杏里の身体を愛撫する気分にはなれないに違いない。
「どうする? 杏里…?」
つい、口に出してそうつぶやいた瞬間である。
頭の中に、何の前触れもなく、突然”眼”が開いた。
血走った大きなひとつ眼。
サイコジェニーである。
あざ笑うような思念が、さざ波のように杏里の意識の中に広がっていく。
-ふふふ。2回戦も、なんとか勝ち抜いたようだね。ま、とりあえずは、おめでとうを言わせてもらおうかー
「あ、あなたは…」
杏里はきっと顔を上げた。
-ははは。でも、ひどい精神状態だ。そんなことで、明日は大丈夫なのかい?-
「どうして…あなたはどうしてそんなに、私に関わりたがるの?」
何もない中空をにらんで、叫ぶように言う杏里。
-さあね。いつか会える時がくるといいと思うよ。色々話したいこともあるからね。でも、まあ、今のままでは、それも無理そうだけどー
「そ、そんなこと…」
言われなくても、わかってる。
杏里が苦い思いをかみしめた時、また嘲笑うように、サイコジェニーがたずねてきた。
-ところで杏里、わかったのかい? おまえがどこで道を踏み違えたのか、なぜタナトスとして失格なのかっていう、そのわけが?-
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