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第8部 妄執のハーデス

#109 最終決戦⑱

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 零の熱く火照った体が押しつけられる。
 杏里の右の太腿を両足で挟み込み、潤った股間をこすりつけてくる。
 杏里はされるがまま、人形のように翻弄されるばかりだ。
 零が杏里の顔じゅうに舌を這わせ、切なげに喘ぐ。
 それに呼応する杏里のうめきは、苦痛によるものだった。
 零の右手にかき回される腹の中が、痛くてならない。
 内臓破裂の危機に、全身が警戒態勢に入っているのだ。
「やめて…」
 零の唾液で目が見えない。
 首を振ろうにも、もうどこからも力が出なかった。
「可愛い…」
 零の囁きが気が耳朶を打つ。
「食べちゃいたい」
 唇を割られた。
 ぬるり。
 軟体動物のようにのたうつ舌が、口の中に入ってきた。
「舌を出しなさい」
 零が喘ぎ声の合間から、言った。
「ほら、もっと」
 逆らうことはできなかった。
 杏里は、おずおずと舌を伸ばした。
 それを、唇をすぼめて、零が口に含む。
 脳天が痺れるような激痛が走ったのは、その時だった。
 零の前歯が、杏里の舌の根元を噛んだのだ。
 口腔内に、どくどくと塩辛いものがあふれ出してきた。
「あ、ああ、ああああっ!」
 言葉にならぬ叫びを上げ、痙攣する杏里。
 股間から残りの尿が噴出し、零の裸体を濡らした。
 が、それでも零はやめようとしない。
 前歯をつき立てたまま、杏里の舌をずるずると引き出していく。
 いっぱいまで引き出したところで、顎に力を込めた。
 ぶちっ。
 不気味な音が響いた。
 杏里の口から奔流のように血がしぶき、零の顔に驟雨のごとく降りかかる。
 顔を上げる零。
 前歯の間に挟まってびくびく動いているのは、杏里のピンクの舌である。
 それを目の当たりにした瞬間だった。
 杏里の中で、何かの箍が外れた。
 意志とは無関係に、肩甲骨のあたりから、ぐわっと2本の触手が伸び上がる。
 防御本能が自動的に働いたのだ。
 触手は零の首と右腕に巻きつくと、ありったけの力で締めつけ始めた。
「これね」
 杏里の舌を美味しそうに咀嚼しながら、零が言った。
「彼女が言ってた、あなたの新しい能力って」
 全く驚いた様子もない。
 それどころか、どこか面白がっているような表情だ。
「でも、こんなもので、私を倒せると思う?」
 零がまた、顔を寄せてくる。
 触手で引き離そうにも、恐ろしく零の力は強かった。
 華奢な見かけからは想像できないほど、首の筋肉も硬いようだ。
 今度は、上唇を噛まれた。
 ぶしゅっ。
 新たな血が飛び散った。
「ここもおいしい」
 杏里の唇をびりびりと食いちぎり、零が恍惚とした表情で言う。
「杏里は、身体中、おいしいんだよね」

 
 

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