激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【官能編】

戸影絵麻

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第8部 妄執のハーデス

#128 人形少女②

「そこに着るものを用意しておいたわ。急いで着替えて。”会見”が終わり次第、帰るのよ。明日から、学校でしょ」
 冬美が指差したのは、椅子にかけられたギンガムチェックのワンピースと、真新しい下着だった。
 これには素直に感謝した。
 杏里の着ていた下着や制服は、血と淫汁で見る影もないはずである。
 どんな服でもいい。
 とりあえず、清潔なものを着られれば。
 冬美が衝立の向こうに戻ったのを確かめると、杏里はベッドを降り、病衣を脱いだ。
 裸になって、洗面台の鏡の前に立つ。
 鏡の中からこちらを見つめているのは、愁いを帯びたまなざしの、少し大人びた雰囲気の美少女だ。
 まだあどけなさの残る顔は以前よりいくらかやつれ、そのせいで鋭さを増している。
 我ながら驚いたのは、躰に傷痕ひとつ残っていないことだった。
 つんと上を向いた乳房は左右同じ大きさに戻り、シンメトリを回復している。
 黄金比を具現したかのような身体のラインには、少しのゆがみもない。
 顔もそうだった。
 零に食いちぎられたはずの唇は、何事もなかったようにすっかり元の形に戻っていた。
 口を開いてみると、ちゃんと舌もある。
 それを確かめると、ほんの少しだけ、気分が明るくなった。
 冬美が用意した下着もワンピースもかなりサイズが窮屈だったが、なんとか無理やり身体を押し込んだ。
 本当は大人しいデザインのはずなのに、杏里が身に着けると、セクシーなボディコンシャスのミニワンピと化してしまう。
 同じ感想を冬美も抱いたらしく、
「杏里ちゃん。あなたって、結局、何を着てもそうなってしまうのね」
 衝立の陰から現れた杏里を見るなり、呆れたようにため息をついた。

 部屋から出ると、そこは不思議な空間だった。
 真円形のフロアは、中央を太いシャフトが貫いており、円周に沿ってずらりと部屋のドアが並んでいる。
 シャフトの周りの天井は透明になっていて、そこから真っ青な秋空をのぞむことができた。
 杏里は今、本部の上階にいるのだった。
 このどこまでも明るく近未来的な雰囲気は、さっきまで閉じ込められていた地下フロアとは雲泥の差だ。
「ここの最上階が、”彼女”のお城。サイコジェニーは、いわば委員会専属の占い師みたいなものなの。史上最強のヒュプノスだから、誰も逆らえないしね」
 中央のシャフトに向かって歩きながら、訊きもしないのに、冬美が言った。
「私は、あの黒野零の投入には反対したのだけれど、ジェニーがどうしてもって、言い張るものだから…」
「サイコジェニーが、零を…?」
 それは初耳だった。
 彼女は、そんなことは一言も言わなかったのだ。
「ええ、そうよ。不確定要素が多すぎるし、危険過ぎるからダメだって言ったのに…そしたら、案の定…」
「それで、零は? 零は捕まったの?」
 杏里の問いに、冬美が歩きながらかすかに肩をすくめてみせた。
「逃げたわ。警備員を10人以上殺して、役員用の小型機をハイジャックしてね。今頃、どこかの河原か海辺にでも不時着してるんじゃないかしら。あの様子じゃ、どうやら、由羅が彼女に注入した神経毒は、大した量ではなかったみたい。毒のほとんどは、由羅のほうに吸収されたようね。返す返すも、可哀相な由羅…」
 胸の奥底からふいに苦い思いがつき上げてきて、杏里は黙り込んだ。
 由羅の捨て身の一撃も、零にとどめを刺すまでには至らなかった…。
「さ、乗って」
 シャフトはエレベーターになっていた。
 そのドアがスライドすると、杏里を中に促して、冬美が言った。
「ジェニーが何を考えているのか、正直なところ、私たち人間にはわからない。でも、もしかして、同類のあなたなら、って思わないでもないの。よかったら、後で私に教えてくれないかしら。彼女があなたに何を話したのか」
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