異世界病棟

戸影絵麻

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#48 汚染病棟②

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 乙都と蓮月が前に立ち、瑞季先生がベッドを押すかたちで病室を出た。
 仰向けになった僕の視界は限られていて、そのままでは天井と左右の壁の一部しか見ることができない。
 それでも周囲で異変が起こっているのは、一目瞭然だった。
 天井は汚らしいあのタール状の染みに覆われ、あちこちから臭い液体がしたたり落ちている。
 廊下の両サイドの壁は、その染みのほかに、赤や黒のペンキでかきなぐったようなラクガキでいっぱいだった。
 精神に異常を来たした者が描いたみたいなようなそれらは、大半が性的なものだ。
 デフォルメされた男性器や女性器、乳房、そして交接する男女、中には明らかに幼児と思われる小さな少年を、聖職者の衣をつけた大人の男が犯している場面もある。
 更に気味悪いのは、その壁や天井を、大人の手のひらほどもある蜘蛛みたいな黒い影が、時折こそこそと駆け抜けていくことだった。
 うお~ん、うお~ん。
 周りの病室からは、ゆうべ夢の中で耳にしたのと同じ、あの複数のうめき声が聞こえてくる。
 と、ふいにガタガタっという音がして、乱暴にベッドが止まった。
「オト、左!」
 僕の足元で、先生が叫ぶ。
「了解です!」
 乙都がうなずき、かまえた巨大注射器を突き出した。
 次の瞬間、
「ギャアッ!」
 何者かが悲鳴を上げ、左側の病室の中へと消えていった。
「敵は廊下に出ている者だけではない。病室の中からの急襲にも注意しろ」
「お任せください! とあっ!」
 蓮月が高らかに叫び、台を先にして、点滴スタンドを振り回す。
「「ウギャッ!」
 と、僕の真上を何かコウモリみたいな翼を広げた影が飛び過ぎ、後ろで壁にぶつかって床に落ちる音がした。
 なんだ?
 なにが起こってる?
 気になる。
 気になってならない。
 ここはサファリパークか?
 まるで野生動物園の中に放り込まれたみたいな、この騒ぎ。
 ひどい匂いがするし、とても病院の病棟の廊下とは思えない。
 でも、躰を起こして周囲の様子を確かめる気にはならなかった。
 こわくてたまらない。
 勝手に膀胱が収縮し、カテーテルの中に尿道からあふれた尿が流れ込んでいく。
 と、叱りつけるように先生が言った。
「馬鹿、こんなところで排尿するやつがいるか! その匂いはやつらを引きつけるんだ!」
 
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