異世界病棟

戸影絵麻

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#61 新生の朝②

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「うーん、これ、新しいのに替えたほうがいいよね。後で持ってこよう」
 口の中でそんなことをつぶやくと、乙都は僕にそこだけ大輪の花が開いたような明るい笑顔を見せた。
 マスクで顔が半分隠れているのに、ここまではっきり笑ったことがわかるのは彼女の特技のひとつである。
「とにかく、よかったですね。先生からの伝言にありましたよ。手術、成功したから、颯太さん、きょうからもう、ベッドから出て歩いてもいいそうです。だから午後になったら、一緒にリハビリしようかと思います。もちろん、颯太さんの体調が悪くなければ、ですけど」
「ほんとに?」
 僕は上体を起こして布団に包まれた下半身を見た。
「じゃあ、もう、ひとりでトイレに行けるんだ」
 助かった。
 温かいお湯みたいな安堵の念がこみあげてくる。
 ベッドに寝たまま尻の下に簡易トイレを当てられて、乙都の目の前で脱糞し、その排泄物の処理まで頼むー。
 あの悪夢はもう二度と味わいたくない。
「ええ。まだ点滴は必要なので、点滴スタンドと一緒に移動ってことになりますけど、躰を拭く時、カテーテルは外します。そうなると、紙オムツでなく、新しい下着が必要ですので、よければ私が1階のコンビニで買ってきますね」
 乙都の言葉は、暗に僕に面会人がないことを表している。
 寝ている間にでも家族が来てくれたなら、下着の替えぐらいは持ってきたはずだからだ。
 仕方がないと思う。
 なんせ、僕自身に、家族の記憶がないのだから。
「おなか空きましたよね? きのうの朝からなんにも食べていないんですものね。すぐに朝食、持ってきます」
 乙都が検査道具を片付けながら、気の毒そうな口調で言った。
 言われてみれば、そうだった。
 きのうは朝からずっと検査で、夜は手術(?)だったらしいのだ。
「じゃあ、また来ますね。でも、本当によかった」
 カーテンを閉める直前、乙都は思いのこもった滋味深い声でそう言うと、茶目っぽくウィンクして出て言った。
 その笑顔の残像が脳裏に焼きつき、胸の中に甘酸っぱいものが湧き上がる。
 けれど、本当にそうだろうか。
 果たして、乙都みたいに、僕は単純に、喜んでいていいのだろうか。
 そもそも本当に、”手術”とやらは、成功したといえるのか…?
 ついついにやけそうになる自分に、僕は言い聞かせた。
 記憶の底にこびりついている会話の欠片が、ガラスの破片を踏みつけたような痛みとともに蘇る。
 -見ろ。予想外の速さで妖蛆化が始まっている。このままでは…最悪、廃棄処分にするしかない。
 あの先生の言葉は、どういう意味なのか。
 ”ヨウソ”化とは何で、廃棄処分とは、どういうことなのか…。

 

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