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#66 拭えぬ疑念
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藤田氏が殺されたー?
あのユズハとかいう看護師に?
恐怖で喉から心臓がせり上がってきそうだった。
恐ろしく背の高い、顔のない案山子のような不気味女。
その背後の床に広がる血だまり。
血だまりの中に浮かぶ、湯気を立てる摘出されたばかりの臓器の一部。
そして血の混じった水の滴るあのシンク…。
あそこには、何が入っていたのだろう?
僕は転がるようにして廊下を駆けた。
途中、すれ違った車椅子の老婆や看護師が、いぶかしげに僕を見た。
点滴スタンドをガチャガチャ言わせて角を曲がると、廊下のはずれ近くに青いナース服が見えた。
食事を積んだ配膳車を押した、乙都が立っている。
乙都が佇んでいるのは、僕の病室の前だ。
ちょうどよかった。
助かった。
「どうしたんですか? 颯太さん? そんな怖い顔して。お昼ご飯、持ってきましたよ」
「もうそんな時間?」
僕は少なからず驚いた。
ついさっき朝食を食べたばかりのような気がする。
気のせいか、時間が経つのが早過ぎる。
この調子では、あっという間にまたおぞましい夜が来てしまう。
「でも、元気そうですね。胸とか、苦しくないですか? お食事終わったら、リハビリ行けそうですかあ?」
「い、いいから、入って」
僕は乙都の丸みを帯びた肩を押して、病室の中に入った。
手前の左右のスペースには、片付いたベッドがひとつずつ、ぽつんと置かれているだけだ。
右側のベッドにはついこの前まで藤田氏が居たのだが、今はその痕跡もない。
左側のベッドはずっと空いていたように思うけど、藤田氏が、以前誰か居たようなことを話していた。
確かその人も、外出禁止の深夜に病室を出て、帰らぬ人になってしまったのではなかったか…。
奥のスペースは、通路の左右がーテンで仕切られている。
左手が”コンドウサン”、右手が僕の居住空間だ。
乙都の背中を押しながら病室に入ったとたん、”コンドウサン”側のカーテンが揺れたのを僕は見逃さなかった。
床すれすれのすき間から、またあの血走った眼がのぞいたかと思うと、すっと消えたのだ。
「ど、どうしたんですか? そんなにあわてて?」
ふたり、もつれるようにカーテンの向こう側に倒れ込むと、ベッドの端に腰を落とし、僕を抱きとめるようにして、乙都が訊いてきた。
はからずもハグするかたちになった彼女の躰はとても温かく、そして柔らかい。
その首筋からは、柔軟剤と花の香りの混じったいい匂いがした。
「あ、ご、ごめん」
僕はあわてて身を起こすと、ベッドの隅にお尻をずらし、乙都から離れた。
「い、いいですけど…何か、あったのですか?」
マスクから出た目の周りをぽっと赤らめて、乙都が訊く。
「ユズハって看護師さん、知ってる? すごく背の高い、変わった女の人。さっき、トイレで会ったんだけど…」
深呼吸して、逆に訊き返す。
まずはあいつの正体からだ。
「ゆずは、さん? う~ん、西病棟のナースステーションには、そういう名前の看護師さんはいないですね。もしかして、東病棟の人なのかも」
「東病棟?」
「ええ、心臓外科のほうの。同じフロアですから、この棟の人であればその可能性が高いです。それで、そのユズハさんが、何か? すごくきれいな看護師さんだったとか、そういうことですか?」
乙都が大きな目で軽くにらむ真似をした。
「い、いや。それより、あ、後で、一緒に来てほしいんだ。トイレで、変なもの、見ちゃってさ」
膝が震えるのを抑えて、僕は言った。
「変なものって?」
乙都が可愛らしく小首をかしげ、斜め下から僕の顔をのぞきこむ。
「信じられないかもしれないけど…」
思い切って、僕は告げることにした。
この世で頼れるのは、彼女だけなのだ。
「ひょっとして、この病棟で、殺人が行われたかもしれないんだ…」
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あのユズハとかいう看護師に?
恐怖で喉から心臓がせり上がってきそうだった。
恐ろしく背の高い、顔のない案山子のような不気味女。
その背後の床に広がる血だまり。
血だまりの中に浮かぶ、湯気を立てる摘出されたばかりの臓器の一部。
そして血の混じった水の滴るあのシンク…。
あそこには、何が入っていたのだろう?
僕は転がるようにして廊下を駆けた。
途中、すれ違った車椅子の老婆や看護師が、いぶかしげに僕を見た。
点滴スタンドをガチャガチャ言わせて角を曲がると、廊下のはずれ近くに青いナース服が見えた。
食事を積んだ配膳車を押した、乙都が立っている。
乙都が佇んでいるのは、僕の病室の前だ。
ちょうどよかった。
助かった。
「どうしたんですか? 颯太さん? そんな怖い顔して。お昼ご飯、持ってきましたよ」
「もうそんな時間?」
僕は少なからず驚いた。
ついさっき朝食を食べたばかりのような気がする。
気のせいか、時間が経つのが早過ぎる。
この調子では、あっという間にまたおぞましい夜が来てしまう。
「でも、元気そうですね。胸とか、苦しくないですか? お食事終わったら、リハビリ行けそうですかあ?」
「い、いいから、入って」
僕は乙都の丸みを帯びた肩を押して、病室の中に入った。
手前の左右のスペースには、片付いたベッドがひとつずつ、ぽつんと置かれているだけだ。
右側のベッドにはついこの前まで藤田氏が居たのだが、今はその痕跡もない。
左側のベッドはずっと空いていたように思うけど、藤田氏が、以前誰か居たようなことを話していた。
確かその人も、外出禁止の深夜に病室を出て、帰らぬ人になってしまったのではなかったか…。
奥のスペースは、通路の左右がーテンで仕切られている。
左手が”コンドウサン”、右手が僕の居住空間だ。
乙都の背中を押しながら病室に入ったとたん、”コンドウサン”側のカーテンが揺れたのを僕は見逃さなかった。
床すれすれのすき間から、またあの血走った眼がのぞいたかと思うと、すっと消えたのだ。
「ど、どうしたんですか? そんなにあわてて?」
ふたり、もつれるようにカーテンの向こう側に倒れ込むと、ベッドの端に腰を落とし、僕を抱きとめるようにして、乙都が訊いてきた。
はからずもハグするかたちになった彼女の躰はとても温かく、そして柔らかい。
その首筋からは、柔軟剤と花の香りの混じったいい匂いがした。
「あ、ご、ごめん」
僕はあわてて身を起こすと、ベッドの隅にお尻をずらし、乙都から離れた。
「い、いいですけど…何か、あったのですか?」
マスクから出た目の周りをぽっと赤らめて、乙都が訊く。
「ユズハって看護師さん、知ってる? すごく背の高い、変わった女の人。さっき、トイレで会ったんだけど…」
深呼吸して、逆に訊き返す。
まずはあいつの正体からだ。
「ゆずは、さん? う~ん、西病棟のナースステーションには、そういう名前の看護師さんはいないですね。もしかして、東病棟の人なのかも」
「東病棟?」
「ええ、心臓外科のほうの。同じフロアですから、この棟の人であればその可能性が高いです。それで、そのユズハさんが、何か? すごくきれいな看護師さんだったとか、そういうことですか?」
乙都が大きな目で軽くにらむ真似をした。
「い、いや。それより、あ、後で、一緒に来てほしいんだ。トイレで、変なもの、見ちゃってさ」
膝が震えるのを抑えて、僕は言った。
「変なものって?」
乙都が可愛らしく小首をかしげ、斜め下から僕の顔をのぞきこむ。
「信じられないかもしれないけど…」
思い切って、僕は告げることにした。
この世で頼れるのは、彼女だけなのだ。
「ひょっとして、この病棟で、殺人が行われたかもしれないんだ…」
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