68 / 88
#67 乙都受難①
しおりを挟む
「やあだ、颯太さんたら」
聞くなり、乙都がクスクス笑い出した。
「からかわないでくださいよォ。見習いだから、怖がらせてやろうと思って。病棟の怪談のつもりですか?」
「違う。冗談で言ってるんじゃない。とにかく聞いてくれ。ついこの間まで、隣に藤田さんって人がいただろ?」
笑い転げる乙都を目で制すると、僕は話し出した。
藤田氏が、退院前日の夜に、病室を抜け出して、ユズハという名の担当看護師に会おうとしていたこと。
ところが翌朝も帰って来ず、すでに退院したものとして片づけられてしまったこと。
さっき、西と東をつなぐ通路のトイレで、そのユズハらしい看護師に遭遇したこと。
ユズハは、両手を血に染めて、”廃豚の解体作業”にいそしんでいたこと…。
「つまり、颯太さんは、その看護師さんが解体してたのは豚ではなく、失踪した藤田さんだったと…そう言いたいのですね?」
まだ笑いを含んだ瞳で僕を見つめて、乙都が訊く。
「ああ、そうさ。だって、どう考えてもおかしいだろう? そんな、病院で豚を解体するなんて」
「まあ、それはそうですけど…。颯太さん、からかわれたんじゃないかなあ。可愛いから」
とぼけた口調で、乙都が言う。
「か、可愛い?」
僕は面食らった。
過去の記憶がないからはっきりとは言えないけど、おそらくこの歳でこんなことを言われるのは、これが初めてだろう。
「だって、この病棟、若い男の子、他にいないから…。見ての通り、おじいさんとおばあさんばかりでしょ。循環器内科の入院患者さんの平均年齢は、70歳を優に超えてると思いますよ」
「そうなのか…」
ちょっとショックだった。
つまりは心臓疾患とは、普通はそれぐらいの高齢にならないとかからないものだということなのだろう。
「わかりました。いいですよ。信じる信じないは別として、お昼済んだら、リハビリの時にそのトイレまでついて行ってあげます。そこにまだユズハさんがいて、藤田さんの死体があるかどうかはわからないですけど、それで颯太さんの気が済むのなら…。その代わり、今、お昼ご飯運んできますから、全部ちゃんと食べてくださいね。それから、お薬も残らずきちんと飲まないと。お薬飲み忘れると大変なことになるって、先生も伝言メモでおっしゃってましたよ。心機能の調整ももちろんですけど、そのほかにも、”ようそ化”を抑え切れなくなるとかなんとか…」
「ようそ化…?」
それが、”妖蛆化”という漢字をあてる語だということを、なぜか僕は知っている。
夜の世界での手術の時、先生が口にしていた言葉だからだ。
「朝もそんなこと言ってたけど、伝言メモって? きょう、泰良先生は、いないのかい…?」
不安が募ってきて、僕は訊いてみた。
「そう。お休みというか、私的な出張というか…。伝言メモっていうのは、先生が残された短い動画なんですけどね。何か、個人的に調べたいことがあるっておっしゃってました。でも、任せてください。颯太さんのお世話は、私がちゃんとやり遂げますから。あ、やだ、もう、こんな時間? 早くお昼を済ませないと、看護助手のおばさんたちに叱られちゃう」
壁の掛け時計に目をやり、乙都があわてて腰を上げた。
聞くなり、乙都がクスクス笑い出した。
「からかわないでくださいよォ。見習いだから、怖がらせてやろうと思って。病棟の怪談のつもりですか?」
「違う。冗談で言ってるんじゃない。とにかく聞いてくれ。ついこの間まで、隣に藤田さんって人がいただろ?」
笑い転げる乙都を目で制すると、僕は話し出した。
藤田氏が、退院前日の夜に、病室を抜け出して、ユズハという名の担当看護師に会おうとしていたこと。
ところが翌朝も帰って来ず、すでに退院したものとして片づけられてしまったこと。
さっき、西と東をつなぐ通路のトイレで、そのユズハらしい看護師に遭遇したこと。
ユズハは、両手を血に染めて、”廃豚の解体作業”にいそしんでいたこと…。
「つまり、颯太さんは、その看護師さんが解体してたのは豚ではなく、失踪した藤田さんだったと…そう言いたいのですね?」
まだ笑いを含んだ瞳で僕を見つめて、乙都が訊く。
「ああ、そうさ。だって、どう考えてもおかしいだろう? そんな、病院で豚を解体するなんて」
「まあ、それはそうですけど…。颯太さん、からかわれたんじゃないかなあ。可愛いから」
とぼけた口調で、乙都が言う。
「か、可愛い?」
僕は面食らった。
過去の記憶がないからはっきりとは言えないけど、おそらくこの歳でこんなことを言われるのは、これが初めてだろう。
「だって、この病棟、若い男の子、他にいないから…。見ての通り、おじいさんとおばあさんばかりでしょ。循環器内科の入院患者さんの平均年齢は、70歳を優に超えてると思いますよ」
「そうなのか…」
ちょっとショックだった。
つまりは心臓疾患とは、普通はそれぐらいの高齢にならないとかからないものだということなのだろう。
「わかりました。いいですよ。信じる信じないは別として、お昼済んだら、リハビリの時にそのトイレまでついて行ってあげます。そこにまだユズハさんがいて、藤田さんの死体があるかどうかはわからないですけど、それで颯太さんの気が済むのなら…。その代わり、今、お昼ご飯運んできますから、全部ちゃんと食べてくださいね。それから、お薬も残らずきちんと飲まないと。お薬飲み忘れると大変なことになるって、先生も伝言メモでおっしゃってましたよ。心機能の調整ももちろんですけど、そのほかにも、”ようそ化”を抑え切れなくなるとかなんとか…」
「ようそ化…?」
それが、”妖蛆化”という漢字をあてる語だということを、なぜか僕は知っている。
夜の世界での手術の時、先生が口にしていた言葉だからだ。
「朝もそんなこと言ってたけど、伝言メモって? きょう、泰良先生は、いないのかい…?」
不安が募ってきて、僕は訊いてみた。
「そう。お休みというか、私的な出張というか…。伝言メモっていうのは、先生が残された短い動画なんですけどね。何か、個人的に調べたいことがあるっておっしゃってました。でも、任せてください。颯太さんのお世話は、私がちゃんとやり遂げますから。あ、やだ、もう、こんな時間? 早くお昼を済ませないと、看護助手のおばさんたちに叱られちゃう」
壁の掛け時計に目をやり、乙都があわてて腰を上げた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる