異世界病棟

戸影絵麻

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#68 乙都受難②

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 リハビリといっても、ほとんど乙都の介添えは必要なかった。
 ゆうべの手術のおかげか、心臓の調子はすこぶる良好。
 特に息切れすることも、胸が苦しくなることもなく、どこまでも歩き続けることができるような気がした。
 形だけ、乙都に肘を預けながら、さっき歩いた道を引き返す。
 廊下の突き当りまでくると、窓の外に広がる墓地の風景に、僕は冷たい胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。
 墓石の間から僕のほうを見上げていた、女の黒い影を思い出したからである。
「マジでここ、墓地の隣にあるんだな」
「隣というより、三方を墓地に囲まれてるので、中にあるといったほうがいいかもしれませんね。まさかまた、新しい怪談を思いついたとでも?」
 笑いを含んだ声で乙都が言う。
 先回りされると、今更謎の人影を見たなんてことは言い出せない。
 それに、改めて見回してみると、今はあの人影はどこにも見えないようだ。
 仕方なく、僕は右手に見える鈍い鉛色の水面に目を向けた。
「あの池さ、立入禁止になってるみたいだけど、何かあったのかな?」
「隼人池ですね。ん~、そういえば、”池の水を全部抜く”の生中継で、何か事故があったみたいなこと、ニュースで言ってたなあ」
「事故? どんな?」
「さあ、患者さんの病室のテレビでちらっと見ただけだから…」
 ふと、電波の乱れたテレビ画面みたいに、脳裏にノイズだらけの映像が一瞬去来して、消えた。
 泥の山が崩れ、無数の何かが這い出してくる。
 おぎゃあ、おぎゃあ…。
 ああ、この声…。
 あれはいったい、何だったのだろう?
「颯太さん、全然大丈夫みたいですね。見違えるように元気になって、オト、本当にうれしいです」
 ぼうっと池のほうを眺めていると、僕の肘を取って、乙都が弾んだ声を出した。
「あ、ありがとう」
 僕は改めて、傍らの乙都を見下ろした。
 小柄な彼女は、僕より数センチ、背が低い。
  確かに僕より年上なんだけど、笑った大きな目は無邪気でとても愛くるしい。
 一度でいいから、マスクをはずした顔を見たいと思う。
「じゃ、そろそろ行ってみますか。謎の看護師、ユズハさんが居たという、問題の保管室」
 僕の脇腹に弾力のある身体をすりつけるようにして、乙都が言った。
「まだ信じてないんだな」
 僕は肘で乙都の脇腹をつつき返した。
「マジでヤバかったんだから。気持ち悪くなって、ゲーゲー吐いちゃっても知らないぞ」

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