ゾンビになった妹を救うため、終末世界で明日に向かってゴールをめざす

戸影絵麻

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第3章 イオン奪還

action 6 狂人

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 楕円形の通路をぶらぶら歩いてくると、男は僕らの正面に立った。

 ここから男までの距離はおよそ50メートル。

「面白い」

 口元に酷薄な笑みを貼りつけたまま、男が言った。

 距離は離れているし、喧騒の只中なのに、不思議とよく通る声だった。

「おまえたち、どうやってここまで来た? 上からか? 見張りはどうした?」

「あなたたちの子分なら、みんなおねんねの最中だよ。それより、親分はどこ? 私はあなたたち3人を倒さなきゃならないの」

 少しもおじけづくことなく、堂々とあずみが言い返す。

「俺たちを倒す?」

 男の笑みが広がった。

「面白い。ますます面白いな。威勢のいい姉ちゃんだ」

「おしゃべりしてる時間はないわ。行くよ」

 先に仕掛けたのは、あずみだった。

 刀のようにポールを構え、ダっとばかりに走り出す。

 見る間にふたりの距離が縮まっていく。

 走りながらあずみが繰り出すポールを、男が日本刀で受けた。

 返す刀であずみを袈裟斬りにしようとする。

 あずみのポールがそれを弾き返す。

 すさまじい斬り合いが始まった。

 男…飛鳥左京の動きは、驚くほど敏捷だった。

 階上に居た雑魚どもとはまるで違う。

 ハーフゾンビであるあずみのスピードに、苦もなくついていっているのだ。

 さすが千人斬りの左京と噂されるだけのことはある。

 こいつは生まれながらの殺人マシーンなのだ。

 いかん。

 援護せねば。

 僕はあわててM19を構えた。

 光や一平の到着を待っている余裕はなさそうだった。

 すぐ撃てる状態にして、銃を構えた。

 弾は一度に6発まで。

 5回に1回の命中率だから、全弾撃ち尽くせば1発は当たるはずだった。

 左京の剣さばきに圧されて、あずみがじりじりと下がってくる。

 相手の攻撃が素早く、隙もないために、得意の蹴りやパンチを入れる暇がないのだ。

 ただのポールと日本刀の違いも大きいのだろう。

 今やあずみは敵の攻撃をかわすだけの、防戦いっぽうになってしまっている。

 くそ、なんとかしないと。

 銃を構えた両腕を水平に上げる。

 足を肩幅より少し広めに開く。

 右手の人さし指を、トリガーにかける。

 が、ふたりの動きが目まぐるしすぎて、狙いを定めることができない。

 適当に撃てば、それこそあずみに当たってしまう危険性だってある。

 嫌な汗が腋の下を伝った。

 何もできない。

 どうしたらいい。

 押されっ放しのあずみの背中が近づいてくる。

 左京は笑っていた。

 ねずみをいたぶる猫のように、ひどく楽しそうな表情をその青白い顔に浮かべている。

 畜生!

 その顏に狙いを定めた時だった。

 ふいに右足首に違和感を感じて、僕は振り向いた。

 そして、悲鳴を上げた。

 3階から上がってくる上りのエスカレーター。

 そこにゾンビがひとり腹ばいになっていて、僕の右足首を掴んでいるのだった。

 ワンピース姿の、中年女性のゾンビである。

 階下の乱戦を逃れてきた一匹に違いない。

「や、やめろ! は、離せ!」

 右脚を打ち振って、僕は喚いた。

 が、当然のことながら、ゾンビは離れようとしなかった。

 左足で蹴りつけても、そもそも痛みを感じないからなのか、びくともしないのだ。

 ゾンビがガアッと口を開けた。

 噛まれたら最後だった。

 僕はゾンビに狙いを定め、死に物狂いでトリガーを引いた。

 銃声とともに、棍棒で殴られたみたいな衝撃が来た。

 一平の言う通りだった。

 実弾の反動は予想以上にすさまじかった。
 
 僕はバランスを崩し、その場にひっくり返った。

 僕の右足を掴んだまま、這うようにゾンビが迫ってくる。

「マジかよ」

 僕は泣きそうになった。

 弾は当たっていなかった。

 もう一発撃とうにも、ゾンビとの距離があまりにも近すぎる。

 ゾンビがのしかかってきた。

 臭い臭いが激しく鼻をつく。

 ダメだ!

 眼を閉じようとした時だった。

「お兄ちゃん!」

 あずみの声がした。

 白いものが僕とゾンビの間に割って入った。

「お兄ちゃんに、触るな!」

 あずみが大きく足を振り上げ、ゾンビの顎に蹴りを入れる。

 跳ね上がり、バウンドしながらエスカレーターの上をゾンビが落ちていく。

「もらったぞ」

 含み笑いとともに、男の声が言った。

「あずみ! 後ろ!」

 尻餅をついたまま、振り向いた僕は叫んだ。

 左京があずみの背後に仁王立ちになり、日本刀を大上段に振りかぶっている。

 あずみの顔に、焦りの色が浮かんだ。

 僕が始めて見る、焦りの表情だった。

 そして。

 刀が一閃した。
 





 


 
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