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第5章 約束の地へ

action 13 窮地

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 あずみの戦いぶりを見ていて、不思議に思うことがある。

 もともとあずみは、小学校中学校と合唱部で、高校に入って新体操部に入った。

 本人の弁によると、つい最近それを辞めて、ポールダンスを習い始めたということなのだが、とにかく空手やキックボクシングを習ったことはまるでない。

 なのにその動きときたら、まるでプロの格闘家のそれなのだ。

 いつの間にか、光と一平が戻ってきていた。

 戦闘中のあずみを傷つける恐れがあるので、僕ら3人は、自然体育座りであずみの戦いぶりを見守ることになった。

 あずみは床に落ちた一平の鉄独楽を手にしていた。

 怪物の脚による攻撃をかわしてぎりぎりまで接近すると、その鉄独楽で節と節の間を狙って斬りつけた。

 結合部からブワっと黒い体液が噴き出して、怪物がぐらりと傾いた。

 あずみは手を緩めなかった。

 右に左に独楽を握った右腕が旋回する。

 別の結合部を傷つけられ、更に怪物本体が傾いていく。

「さすがね。あずみちゃんってば、天性の戦士って感じだよ」

 光が感にたえたように言う。

「あの、マルデックって、何なんです? 光さん、何か知ってるみたいでしたけど?」

 ふと思い出して、僕はたずねた。
 
 イオンで最初に堂神と対峙した時、その単語に唯一反応を示したのが、光だったのだ。

 ーまさか…-

 彼女はあの時、確かにそうひとりごちたのである。

「うーん、あんまりバカバカしいから言いたくなかったんだけど、笑わないで聞いてくれるなら」

「これだけあり得ない出来事が続いてるんです。今更何を聞かされても驚きませんよ」

「マルデックって言うのはね。今は亡き、太陽系第4惑星の名前」

 しばしの逡巡の後、光が口を開いた。

「は?」

 あまりに突拍子のない内容に、僕はぽかんと口を開けた。

「一説によるとね、地球と火星の間には、もうひとつ惑星があったんだけど、それが今から20万年前、核戦争で滅びてしまったというわけよ」

「はあ…。それって、あれですよね、アステロイドベルトの起源は、太古に砕けた惑星だったってやつ」

「そうそう。よく知ってるわね」

「でも、それとあずみと、いったいどんな関係が?」

 光が話しているのは、昔からよく聞く疑似科学のトンデモ説のひとつである。

 けど、そういうのって、科学的にはたいてい否定されてるのだが…。

「母星が破壊される直前にね、マルデックの民の一部は、地球と火星に逃げ、コロニーをつくった。火星に逃れた一族は、やがて惑星に寒冷化に適応できず、滅びてしまったけど、地球に逃れた一族は、違った。その後進化した原住生物たちと交配して、やがて地球人のなかに溶け込んでいった…。つまり、わかるかな? あたしたちの中には、マルデックの民のDNAが残ってるかもしれないってこと」

「えーと、すなわちそれは、リサイクル線虫の作用で、あずみの中にその、マルデック人のDNAが蘇ったってこと、ですか?」

「うん。そう言いたかったんじゃないかな。あの化け物は」

 僕らの目の前で、あずみは果敢に動き、次から次へと巨大ゲジゲジを節に分解していく。

 ゲジゲジは今や5、6個のパーツに分断され、床に倒れてのたうち回っていた。

 あれが、マルデックの力…?

 それを信じるかどうかは別として、人間業でないことだけは、確かである。

「でー! じゃ、何かよ、あずみはゾンビじゃなくて、宇宙人だったってわけ? なるほどなあ、どうりで強いし乳もでかいと思ったよ。ふつう、あのスリムな体型で、あそこまでの爆乳って有り得ねえもんなあ。整形でもしない限りはさ」

 一平が横から素っ頓狂な声を上げた。

 内容が偏っているのはいつもの通りである。

「まあ、とにかく、もうケリがつきそうね」

 マルデックについてはそれ以上話したくないらしく、光が戦闘に注意を戻し、話題を変えた。

 あずみはちょうど、床に落ちた怪物の頭部に近づいていくところだった。

 ポールを頭上に振りかぶり、堂神の顔面に突き刺すつもりらしい。

  誰もがあずみの勝利を確信した、その時だった。

 床に横たわっていた怪物の尾部が、ふいに動いた。

 背後からぐうっと伸びあがったかと思うと、1対の長い触角を、あずみに向かって槍のように突き出したのだ。

「あうっ!」

 あずみが呻き、のけぞった。

 手からポールが落ち、床でカランと乾いた音を立てる。 

 2本の触角が、後ろからあずみの身体を貫いていた。

 セーラー服とスカートの間の隙間から、血にまみれた鋭い槍状の先端が突き出ている。

「うぐ」

 あずみが左手で腹を、右手で口を押さえ、ごぼっと大量の血を吐いた。

 串刺しにされたまま、ずるずると床に崩れ落ちていく。

 が、倒れる寸前で身体をひねり、横に転がった。

 その反動で触角が抜け、傷口から噴水のように鮮血が飛び散った。

「あずみ…」

 呆然と立ちすくむ僕の脇から、光が飛び出した。

「アキラ君! 一平! 手伝いなさい! あずみちゃんを通路まで運ぶのよ!さ、早く!」



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