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#6 パソコンの秘密①
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贅沢は承知で、帰りもタクシーを使うことにした。
身体がというより、精神的な疲れがひどかったからである。
琴子の暮らすマンションは、総合病院から車で30分ほどの街なかに位置している。
3年前に買った中古マンションだが、外観はシックな煉瓦色で、周囲の環境も住み心地も申し分ない。
カードキーでロックを解除し、エレベーターホールへと向かおうとした時、郵便受けの前でうずくまる人影が見えた。
薄いブルーのワンピースに身を包んだ、細身の女性である。
あれは、お隣の…。
「朝比奈さん、ですよね?」
声をかけると、女性が振り向いた。
「ええ。あなたは、お隣の矢部さん?」
ワンピースの大きく開いた襟元から、深い胸の谷間が覗いている。
やせた外観からは想像できないほど、豊かな胸の持ち主らしい。
朝比奈仁美は、琴子の隣に住む主婦である。
歳は30代前半で、小学生の男の子とふたり暮らしだ。
夫はいるのかいないのか、あるいは離婚して慰謝料で暮らしているのか、詳しいことはわからない。
隣同士とはいえ、たまに挨拶する程度で、ほとんどつき合いがないからだ。
「どうなさったんですか? そんなところで?」
いぶかしく思ってたずねると、
「お部屋の鍵がどこかへ行っちゃって…。さっきまでは確かにあったのに…どうも落としちゃったみたいで」
郵便受けから郵便を出している途中だったのだろう。
仁美の頭の上で、金属の扉が開いたままになっていた。
はみ出た郵便と筒状に丸まった新聞の間に鈍く光るものを見つけて、
「これじゃありませんか?」
琴子はやおら手を伸ばしてカードキーをつまみ上げ、おろおろするばかりの仁美に渡した。
「まあ、そんなところに」
仁美が目を丸くする。
「私ったら、もう手に持ってたのね。郵便見てるうちに、忘れちゃったんだわ」
化粧っ気のない細面の顔が、情けなさそうに歪んだ。
ほつれ毛が汗で頬ににまといつき、どことなく疲れた色香のようなものを感じさせる。
「よくあることですよ」
琴子は笑った。
面白い人だと思う。
年下ということもあり、なんとなく親近感が持てた。
「私、忘れ物がひどくって」
一緒にエレベーターに乗ると、肩をすぼめて仁美がつぶやいた。
「だから息子も、忘れ物が多いってよく先生に叱られるんです」
「うちの子も、小学生の頃はそうでした。男の子なんて、みんなそんなものですよ」
「そうでしょうか…。遺伝でないといいんですけど…」
話しているうちに、5階についた。
5階のこちら側には、琴子の家と仁美の家しかない。
マンションの各階は、2住居がセットになって細かく仕切られているのだ。
仁美が先にエレベーターを降りた。
その細いうなじに赤い染みを見つけて、琴子はどきりとした。
キスマーク?
まさか、こんな昼間っから?
が、すぐに、人のことは言えない、と打ち消した。
琴子自身、和夫の病室で、とても他人には言えない体験をしてきたばかりなのだ。
「どうも、ありがとうございました」
ふと我に返ると、仁美が部屋の前で頭を下げていた。
「何もないところですけど、よければ、ちょっと寄っていきませんか?」
あどけなさを感じさせる素朴な顔に、柔和な笑みが浮かんでいる。
「え、ええ。そのうちに。ちょっときょうは、急ぎの用があるものですから」
曖昧な笑みを返して、ドアのロックを解除する。
そうだ。
和夫のあの謎の言葉。
これから、その真偽を確かめてみなければならないのだ。
「そうですか」
仁美の表情が曇った。
あわただしく一礼して、琴子は仁美ごと外界をドアの向こうに締め出した。
身体がというより、精神的な疲れがひどかったからである。
琴子の暮らすマンションは、総合病院から車で30分ほどの街なかに位置している。
3年前に買った中古マンションだが、外観はシックな煉瓦色で、周囲の環境も住み心地も申し分ない。
カードキーでロックを解除し、エレベーターホールへと向かおうとした時、郵便受けの前でうずくまる人影が見えた。
薄いブルーのワンピースに身を包んだ、細身の女性である。
あれは、お隣の…。
「朝比奈さん、ですよね?」
声をかけると、女性が振り向いた。
「ええ。あなたは、お隣の矢部さん?」
ワンピースの大きく開いた襟元から、深い胸の谷間が覗いている。
やせた外観からは想像できないほど、豊かな胸の持ち主らしい。
朝比奈仁美は、琴子の隣に住む主婦である。
歳は30代前半で、小学生の男の子とふたり暮らしだ。
夫はいるのかいないのか、あるいは離婚して慰謝料で暮らしているのか、詳しいことはわからない。
隣同士とはいえ、たまに挨拶する程度で、ほとんどつき合いがないからだ。
「どうなさったんですか? そんなところで?」
いぶかしく思ってたずねると、
「お部屋の鍵がどこかへ行っちゃって…。さっきまでは確かにあったのに…どうも落としちゃったみたいで」
郵便受けから郵便を出している途中だったのだろう。
仁美の頭の上で、金属の扉が開いたままになっていた。
はみ出た郵便と筒状に丸まった新聞の間に鈍く光るものを見つけて、
「これじゃありませんか?」
琴子はやおら手を伸ばしてカードキーをつまみ上げ、おろおろするばかりの仁美に渡した。
「まあ、そんなところに」
仁美が目を丸くする。
「私ったら、もう手に持ってたのね。郵便見てるうちに、忘れちゃったんだわ」
化粧っ気のない細面の顔が、情けなさそうに歪んだ。
ほつれ毛が汗で頬ににまといつき、どことなく疲れた色香のようなものを感じさせる。
「よくあることですよ」
琴子は笑った。
面白い人だと思う。
年下ということもあり、なんとなく親近感が持てた。
「私、忘れ物がひどくって」
一緒にエレベーターに乗ると、肩をすぼめて仁美がつぶやいた。
「だから息子も、忘れ物が多いってよく先生に叱られるんです」
「うちの子も、小学生の頃はそうでした。男の子なんて、みんなそんなものですよ」
「そうでしょうか…。遺伝でないといいんですけど…」
話しているうちに、5階についた。
5階のこちら側には、琴子の家と仁美の家しかない。
マンションの各階は、2住居がセットになって細かく仕切られているのだ。
仁美が先にエレベーターを降りた。
その細いうなじに赤い染みを見つけて、琴子はどきりとした。
キスマーク?
まさか、こんな昼間っから?
が、すぐに、人のことは言えない、と打ち消した。
琴子自身、和夫の病室で、とても他人には言えない体験をしてきたばかりなのだ。
「どうも、ありがとうございました」
ふと我に返ると、仁美が部屋の前で頭を下げていた。
「何もないところですけど、よければ、ちょっと寄っていきませんか?」
あどけなさを感じさせる素朴な顔に、柔和な笑みが浮かんでいる。
「え、ええ。そのうちに。ちょっときょうは、急ぎの用があるものですから」
曖昧な笑みを返して、ドアのロックを解除する。
そうだ。
和夫のあの謎の言葉。
これから、その真偽を確かめてみなければならないのだ。
「そうですか」
仁美の表情が曇った。
あわただしく一礼して、琴子は仁美ごと外界をドアの向こうに締め出した。
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