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#10 反応する肉体②
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和夫の指定してきた衣装のまま、病院の廊下を歩くのは、まさに冷や汗ものだった。
夏の盛りだというのに、膝下まであるスプリングコートを着込んだ琴子の姿は、あまりに場違いだったからだ。
すれ違う看護師や入院患者の奇異の視線にさらされながら、琴子は廊下を急いだ。
コートの前をしっかり握り、つんのめるように和夫の病室に転がり込む。
息を調え、カーテンを開けると、包帯でぐるぐる巻きにされた頭部を上げて、和夫が琴子を見た。
「やあ、かあさん」
軽く片手を上げると、口のあたりに横一文字に開いた隙間から唇が動くのが見えた。
「なんだか酷い顔色してるけど、大丈夫?」
むろん、大丈夫ではなかった。
ゆうべ、正一から手ひどく拒絶されて以来、ほとんど寝ていない。
そのせいか、今朝は化粧の乗りも悪く、肌が荒れたままなのだ。
「ううん、平気。ちょっと睡眠不足なだけ。心配してくれてありがとう」
「とうさんのパソコン、調べてみたんだね。それで眠れなくなった、とそういうわけかい?」
きのうに比べて、和夫はずいぶん機嫌がいいようだ。
琴子が自分の指定したコート姿で来たことに、満足感を覚えているのかもしれなかった。
「見たことは見たけど…」
琴子は言葉を濁した。
「耐えられなくって、すぐにやめちゃったわ」
「全部見てみなかったのか?」
包帯に開いた穴の向こうで、和夫が驚いたように目を見開くのがわかった。
「じゃあ、かあさんは、あの女が誰なのかも、知らないってわけ?」
「…そういうあなたは、知ってるの?」
探りを入れるように問い質すと、和夫の口がわずかに吊り上がった。
「まあね。でも、俺の口からは言えないな」
「どうして…?」
「かあさんの知ってる人だから。いさかいの種になるのは、いやだからね」
「私の、知ってる人?」
琴子の声が1オクターブ高くなる。
これまで漠然と、相手は正一の会社の部下か、水商売の女かと思っていた。
それが、琴子の知り合いとなると、話はまったく違ってくる。
尚も問い詰めようとした時、琴子が口を開くより早く、和夫が切り出した。
「それよりあの下着、ちゃんと着けてきてくれた?」
琴子は無言でコートの前を開いた。
それとほとんど同時に、和夫が息を呑む音が聞こえてきた。
「いいよ、かあさん…とっても似合ってる」
ゆうべの正一とは真逆の反応だった。
和夫の右手がシーツのなかで動くのが見えた。
どうやら股間のあたりをまさぐっているようだ。
「とうさんには、年甲斐もないって叱られたわ」
多分の自虐をこめて、琴子は言った。
「無理して似合うだなんて言ってくれなくてもいいのよ」
「あの男の眼は節穴なんだ」
答えた和夫の声には怒りがこもっていた。
「あいつは、かあさんの素晴らしさに気づいていないんだよ。だからあんな女に夢中になって…。かあさんの裸のほうが、ずっと素敵なのに」
「ありがと。そんなこと言ってくれるのは、和夫、あなただけよ」
琴子は首をすくめた。
実の息子に裸を褒められるというのは、妙な気分だった。
ただ、包帯で隠されたその顔を見るにつけ、依然として、これは本当に和夫なのだろうかという疑念が湧きあがるのを抑えきれなかった。
はたして子どもが、母親の裸を見て、そんな反応を示すことがあるのだろうか…?
「それで、きょうはどうすればいいの?」
少し気分をよくして、琴子はたずねた。
また、ここでオナニーしろとでも言い出すのだろう。
きのうは未遂で終わってしまったから、その続きをやれと、きっとそういうことに違いない。
が、和夫の言葉は、琴子の予想のはるか斜め上を行くものだった。
はっと我に返ったような目つきになると、薄く笑って和夫が言ったのだ。
「コートを脱いで、下着姿でこのフロアを一周してきてほしい。でもって、かあさんのスマホで、その生中継の動画を俺のスマホに送ってほしいんだ。ちゃんと言う通りにしてるか確かめたいし、何よりも、周りの人の反応とか、かあさん自身の反応を見たいんでね」
夏の盛りだというのに、膝下まであるスプリングコートを着込んだ琴子の姿は、あまりに場違いだったからだ。
すれ違う看護師や入院患者の奇異の視線にさらされながら、琴子は廊下を急いだ。
コートの前をしっかり握り、つんのめるように和夫の病室に転がり込む。
息を調え、カーテンを開けると、包帯でぐるぐる巻きにされた頭部を上げて、和夫が琴子を見た。
「やあ、かあさん」
軽く片手を上げると、口のあたりに横一文字に開いた隙間から唇が動くのが見えた。
「なんだか酷い顔色してるけど、大丈夫?」
むろん、大丈夫ではなかった。
ゆうべ、正一から手ひどく拒絶されて以来、ほとんど寝ていない。
そのせいか、今朝は化粧の乗りも悪く、肌が荒れたままなのだ。
「ううん、平気。ちょっと睡眠不足なだけ。心配してくれてありがとう」
「とうさんのパソコン、調べてみたんだね。それで眠れなくなった、とそういうわけかい?」
きのうに比べて、和夫はずいぶん機嫌がいいようだ。
琴子が自分の指定したコート姿で来たことに、満足感を覚えているのかもしれなかった。
「見たことは見たけど…」
琴子は言葉を濁した。
「耐えられなくって、すぐにやめちゃったわ」
「全部見てみなかったのか?」
包帯に開いた穴の向こうで、和夫が驚いたように目を見開くのがわかった。
「じゃあ、かあさんは、あの女が誰なのかも、知らないってわけ?」
「…そういうあなたは、知ってるの?」
探りを入れるように問い質すと、和夫の口がわずかに吊り上がった。
「まあね。でも、俺の口からは言えないな」
「どうして…?」
「かあさんの知ってる人だから。いさかいの種になるのは、いやだからね」
「私の、知ってる人?」
琴子の声が1オクターブ高くなる。
これまで漠然と、相手は正一の会社の部下か、水商売の女かと思っていた。
それが、琴子の知り合いとなると、話はまったく違ってくる。
尚も問い詰めようとした時、琴子が口を開くより早く、和夫が切り出した。
「それよりあの下着、ちゃんと着けてきてくれた?」
琴子は無言でコートの前を開いた。
それとほとんど同時に、和夫が息を呑む音が聞こえてきた。
「いいよ、かあさん…とっても似合ってる」
ゆうべの正一とは真逆の反応だった。
和夫の右手がシーツのなかで動くのが見えた。
どうやら股間のあたりをまさぐっているようだ。
「とうさんには、年甲斐もないって叱られたわ」
多分の自虐をこめて、琴子は言った。
「無理して似合うだなんて言ってくれなくてもいいのよ」
「あの男の眼は節穴なんだ」
答えた和夫の声には怒りがこもっていた。
「あいつは、かあさんの素晴らしさに気づいていないんだよ。だからあんな女に夢中になって…。かあさんの裸のほうが、ずっと素敵なのに」
「ありがと。そんなこと言ってくれるのは、和夫、あなただけよ」
琴子は首をすくめた。
実の息子に裸を褒められるというのは、妙な気分だった。
ただ、包帯で隠されたその顔を見るにつけ、依然として、これは本当に和夫なのだろうかという疑念が湧きあがるのを抑えきれなかった。
はたして子どもが、母親の裸を見て、そんな反応を示すことがあるのだろうか…?
「それで、きょうはどうすればいいの?」
少し気分をよくして、琴子はたずねた。
また、ここでオナニーしろとでも言い出すのだろう。
きのうは未遂で終わってしまったから、その続きをやれと、きっとそういうことに違いない。
が、和夫の言葉は、琴子の予想のはるか斜め上を行くものだった。
はっと我に返ったような目つきになると、薄く笑って和夫が言ったのだ。
「コートを脱いで、下着姿でこのフロアを一周してきてほしい。でもって、かあさんのスマホで、その生中継の動画を俺のスマホに送ってほしいんだ。ちゃんと言う通りにしてるか確かめたいし、何よりも、周りの人の反応とか、かあさん自身の反応を見たいんでね」
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