君よ、涙の海を渡れ

戸影絵麻

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#4

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 翌日ー。

 お昼休みが来ると、あたしは急いで隣のクラスにでかけた。

 賑やかな教室内を見渡すと、はたして、風花はいた。

 窓際の席で、文庫本を読みながら、ひとりでお弁当を食べている。

 いつもながら、堂々たるボッチぶりだ。

 周りのクラスメイトたちも、彼女はそういうものだとわかっているからか、ことさら話しかけようともしない。

 が、別にいじめに遭っているとか無視されているわけではなく、近くを通る子たちと時折挨拶を交わしている。
 
 小滝風花は、同じ中学からこの城ケ崎東高校に来た、唯一の元同級生である。

「あのさ、風花、見た?」

 人混みをかきわけて近くまで行くと、机の前に立って単刀直入にあたしは訊いた。

 ん?

 もの問いたげに、文庫本から風花が顔を上げる。

 丸顔に、ピンクのフレームのメガネが可愛らしい。

 こう見えて、風花は成績優秀だ。

 学年順位はいつも一桁だし、読んでいる本も、哲学書だったりして、難しい。

 成績は低空飛行、活字といってもラノベしか読まないあたしとは大違いだ。

「見たって、何を?」

「スポーツニュース」

「もしやあれか」

 本を閉じ、背筋を伸ばす風花。

 普段なら、美術部のあたしと文学部の風花の間で、スポーツの話題が出ることはない。

 その風花が反応を示したということは、彼女も知っているのだ。あのニュースを。

「真帆ちゃんのこと。ゆうべ、ニュースでやってたでしょ」

「水泳の日本選手権だっけ」

「オリンピック出場枠がどうとか、とも」

「めでたい話、と言いたいところだけど」

「あり得ない」

「私もそう思った」

 難しい顔つきで、風花が腕を組んだ。

「真帆が交通事故に遭ったのは、ちょうど一年前の5月。スイミングスクールの帰り、自転車で横断歩道を渡っている時に、左折してきた大型トラックに巻き込まれ、脳に重傷を負う。そのまま病院に運ばれるも、植物人間状態で、ずっと面会禁止」

「それに、あたし、聞いたんだ。真帆ちゃんが入院してから、10日くらいしてからかな。お見舞いに行ったら、ICUの前で、お医者さんが真帆ちゃんの両親と立ち話してるの。真帆ちゃん、大脳の怪我がひどくて、おそらく…」

 話しているだけで、目に涙があふれてきた。

 あの頃の悲しみが堰を切ったみたいに蘇る。

 事故の一報を聞いた時のショック。

 駆けつけた病院で、泣きじゃくる真帆ちゃんのママの姿を見た時。

 そして、残酷すぎる主治医のあのひと言…。

「今朝の新聞にも出てた。奇跡の復活とかなんとか」

 風花が遠い目をする。

「本来なら、喜んでしかるべきなんだろうけど、なんかしっくりこない。そうなんでしょ?」

「うん」

「真帆、退院したのかな」

「だろうね。もう、おうちに戻ったのかも」

「会いに行きたい。でも、独りでは怖い、か」

 風花はなんでもお見通しだ。

「あは…そういうこと。お願いできるかな?」

 泣き笑いの顔で、あたしは肩をすくめてみせた。
 
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