君よ、涙の海を渡れ

戸影絵麻

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#31

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 そっちは、違う?

 って、それ、どういうこと?

 青年の声に、あたしと風花は思わず顔を見合わせ、ゆっくり右手の水槽のほうを振り返った。

 青年が見ているのは、目の高さに浮かぶ、一頭のイルカだった。

 丸いおでこ。

 尖った鼻。

 流線形のラインがとっても美しい、しなやかな躰。

 ひと目でわかった。

 おーちゃんだ。

 水族館の人気者だったバンドウイルカのおーちゃんが、ここにいる。

 おーちゃんは青年ではなく、あたしと風花のほうをじっと見ている。

 なんだかすごく悲しそうな顔をしていた。

 青年と並んでその顔を覗き込み、やがてあたしは気づいた。

 この目。

 どこかで見たことがある。

 何か言いたげに見開かれた、表情豊かな目。

 まさか…。

「そうだ。おまえらが捜してるのは、こっちなんだよ」

 青年がまた、謎めいたセリフを口にした。

「どういうことですか?」

 風花が眼鏡の奥からキッと青年を睨みつける。

「入れ替わったのさ」

 臆することなく、青年が答えた。

「入れ替わった?」

 うそ。

 背筋を悪寒が走った。

 そんな、あり得ない…。

「証拠を見せてやろう」

 そう言って、青年がコートの胸元から、何やら黒いものをつかみ出した。


 
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