汚れちまった悲しみに、きょうも血潮が降り注ぐ

戸影絵麻

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#12 連絡

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 巧からLINEメッセージが来たのは、ちょうど仕事がひと段落して、昼の休憩に入った時だった。
 -ヒナちゃんの一家、外出しました。下の子を連れて行ったところをみると、動物園にでも出かけたんじゃないかとー
 -ヒナちゃんは?-
 急いでメッセージを返す。
 -家にいるみたいです。出て行ったのは3人ー
 いやな予感がした。
 まさか、とは思う。
 でも、きのう感じた悪意は、相当なものだった。
 あの後彼女が折檻されたとしても、何の不思議もないほど。
 ー様子、見に行ってくれますか?-
 すがる思いで返信すると、巧の返事は予想外のものだった。
 -すみません。実はきょう、ゼミの選択のことで教授に呼ばれてて、今からすぐ出なきゃならなくてー
 -わかりましたー
 芙由子はスマホをバッグに突っ込んだ。
 行ってあげなきゃ。
 子ども連れなら、しばらく帰って来ない可能性は高い。
 親から虐待を受けている子供は、満足に食事を与えられていないケースが多い。
 そんなニュースをよく耳にする。
 比奈もその可能性が高かった。
 行って確かめないと。
 そうして、できれば助けてあげたい。
 壁の掛け時計をに目をやった。
 休憩時間はあと50分しかない。
 タクシーを拾えば、なんとかなるだろうか。
 ユニフォームを脱いでロッカーの中のハンガーにかけ、ベージュのコートに着替えた。
 ものも言わずに、血相を変えて出て行く芙由子を、同僚たちが怪訝そうな顔で見た。
 タクシー乗り場は、ショッピングモールの裏にある。
 タクシーは、1台だけ残っていた。
 暇を持て余した運転手が、近くの喫煙所で煙草を吸っているのが見えた。
「お願いできますか」
 そばに駆け寄ると、息せき切って、芙由子は言った。
「あ、あいよ」
 バツの悪そうな顔で、運転手が灰皿に煙草を放り込む。
 後部シートに座り、行く先を告げると、芙由子はぎゅっとこぶしを握りしめた。
 間に合ってほしい。
 神様、何も起きていませんように。
 道は空いていて、片道20分ほどでコンビニに着いた。
 バスに比べれば、倍以上の早さだった。
 広い駐車スペースで、冷たい風がらせんを描いて落ち葉を舞い上げている。
 きのうとは打って変わって上天気だが、北風が強いせいで、それでも気温はかなり低い。
 コンビニでいったん降り、菓子パンや飲み物を買う。
 ふたたびタクシーに乗り込み、アパートが見えるところまで来ると、
「すぐに戻りますから、ここで待っててもらえませんか?」
 運転手に向かって、芙由子は頭を下げた。
「いいけど、どうしたの? えらくあわててるねえ」
 丸顔の運転手が、人の好さそうな口調で訊いてきた。
「ちょっと子供に、お昼の用意するの忘れてて。それでこれを」
 コンビニの袋を掲げて見せた。
 うそではない。
 ただひとつ、比奈が自分の子でないことを除いては。
「そうかい。そりゃあ、大変だ。いいよ、その間、メーター倒しとくから、急いで行ってきなよ」
 運転手が、気の毒そうな顔で言う。
 思いもかけぬやさしい言葉に、芙由子は危うく涙ぐみそうになった。
「あ、ありがとうございます」
 もう一度、深々と頭を下げると、踵を返して、芙由子は駆け出した。

 
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