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#13 飢餓
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ほとんど床を這うようにして、比奈は台所に向かった。
丸一日、何も食べていない。
きのうの昼、コンソメスープを1杯飲んだきりなのだ。
空腹で思うように身体が動かなかった。
それでも冷蔵庫までたどりつき、やっとの思いで扉を開けた。
つんと鼻をつく異臭。
比奈は愕然とした。
飲み物のペットボトルと缶ビールのほかは、萎れて正体がわからなくなった野菜と、変色した肉の塊がラップに包まれて転がっているだけだった。
肉塊に手を伸ばしかけたが、結局断念して、扉を閉めた。
幼い比奈でも身の危険を感じるほど、それは臭かったのだ。
壁につかまり立ちしながら、カニ歩きで父と母の寝室に忍び込む。
テレビもエアコンもあるこの広い部屋が、両親と翔太の居室になっている。
ふすまを開けると、中は足の踏み場もないほどの散らかり具合だった。
お菓子の袋、母の下着、父の靴下、雑誌類、コンビニのレジ袋、カップ麺の空容器などが、所狭しと積み重なっている。
ここならお菓子のひと切れくらい落ちているかもしれない。
わずかな希望を胸に、比奈はごみの山をかき分け始めた。
ごみはベッドの下にまであふれており、時々その隙間を背中の黒い虫が猛スピードで駆け抜けていった。
そのたびに比奈は小さな悲鳴を上げ、ごみの中にぺたんと尻もちをついた。
ゴキブリがいるからには食べ物が残っていてもよさそうなものだったが、いくら掘り返してもビスケットのかけら一枚出てこなかった。
目が回り、貧血状態になって、箪笥に背中をぶつけた時である。
その衝撃で、上から何か、落ちてきた。
比奈は、むき出しの膝の上に落下した紙の箱をしげしげと見つめた。
何だろう?
おそるおそる手に取って、耳のそばで振ってみると、かさかさと乾いた音がした。
思い切って、ふたを開けてみることにした。
奇妙なものが入っていた。
干からびた貝殻みたいな薄片である。
それが、十枚、綺麗に箱の底に並んでいる。
比奈は自分の右手の爪を見た。
同じだ、と思った。
そうして、かすかな痛みとともに、いつか父にペンチで爪をはがされた時のことを思い出した。
理由は何だったか、今となってはもう覚えていない。
ある夜のことだった。
激高した父が突然襲いかかってきて、母に手伝わせ、比奈の手足の爪をすべて引き剥がしたのである。
血まみれになった比奈は痛みのあまり気を失い、高熱を発して1週間近く寝込んだ。
手足の爪が、全部新しく生えそろうまで。
おぞましかった。
急いでふたを閉め、箱を箪笥の上に戻すと、比奈はまた絶望的な探索を開始した。
家族の行く先はわかっている。
きのう、漏れ聞いた両親の会話からすると、動物園に行った後、レストランでおいしいものを食べるのだ。
どこへでも連れていってもらえる翔太が、うらやましかった。
翔太は生まれてこのかた、おとうさんにもおかあさんにも叱られたことがない。
どんなにやんちゃをしても、悪さをしても、ただ猫可愛がりに可愛がられるだけ。
が、その差がどこから来るのか、比奈にはうすうすわかっている。
比奈が前のおとうさんの子で、前のおとうさんそっくりの顔をしているからだ。
でも、そんなことで責められても、比奈にはどうしようもない。
この顔に産まれたくて産まれてきたわけではないからだ。
ベットの下にもぐりこみ、ひたすらごみを漁っていると、べちゃべちゃした糊みたいなものがつまった薄いゴムの袋が指に貼りついてきた。
びっくりしてふり払い、ティッシュで指を拭った。
窓のほうで、コンコンという音がしたのは、その時だった。
丸一日、何も食べていない。
きのうの昼、コンソメスープを1杯飲んだきりなのだ。
空腹で思うように身体が動かなかった。
それでも冷蔵庫までたどりつき、やっとの思いで扉を開けた。
つんと鼻をつく異臭。
比奈は愕然とした。
飲み物のペットボトルと缶ビールのほかは、萎れて正体がわからなくなった野菜と、変色した肉の塊がラップに包まれて転がっているだけだった。
肉塊に手を伸ばしかけたが、結局断念して、扉を閉めた。
幼い比奈でも身の危険を感じるほど、それは臭かったのだ。
壁につかまり立ちしながら、カニ歩きで父と母の寝室に忍び込む。
テレビもエアコンもあるこの広い部屋が、両親と翔太の居室になっている。
ふすまを開けると、中は足の踏み場もないほどの散らかり具合だった。
お菓子の袋、母の下着、父の靴下、雑誌類、コンビニのレジ袋、カップ麺の空容器などが、所狭しと積み重なっている。
ここならお菓子のひと切れくらい落ちているかもしれない。
わずかな希望を胸に、比奈はごみの山をかき分け始めた。
ごみはベッドの下にまであふれており、時々その隙間を背中の黒い虫が猛スピードで駆け抜けていった。
そのたびに比奈は小さな悲鳴を上げ、ごみの中にぺたんと尻もちをついた。
ゴキブリがいるからには食べ物が残っていてもよさそうなものだったが、いくら掘り返してもビスケットのかけら一枚出てこなかった。
目が回り、貧血状態になって、箪笥に背中をぶつけた時である。
その衝撃で、上から何か、落ちてきた。
比奈は、むき出しの膝の上に落下した紙の箱をしげしげと見つめた。
何だろう?
おそるおそる手に取って、耳のそばで振ってみると、かさかさと乾いた音がした。
思い切って、ふたを開けてみることにした。
奇妙なものが入っていた。
干からびた貝殻みたいな薄片である。
それが、十枚、綺麗に箱の底に並んでいる。
比奈は自分の右手の爪を見た。
同じだ、と思った。
そうして、かすかな痛みとともに、いつか父にペンチで爪をはがされた時のことを思い出した。
理由は何だったか、今となってはもう覚えていない。
ある夜のことだった。
激高した父が突然襲いかかってきて、母に手伝わせ、比奈の手足の爪をすべて引き剥がしたのである。
血まみれになった比奈は痛みのあまり気を失い、高熱を発して1週間近く寝込んだ。
手足の爪が、全部新しく生えそろうまで。
おぞましかった。
急いでふたを閉め、箱を箪笥の上に戻すと、比奈はまた絶望的な探索を開始した。
家族の行く先はわかっている。
きのう、漏れ聞いた両親の会話からすると、動物園に行った後、レストランでおいしいものを食べるのだ。
どこへでも連れていってもらえる翔太が、うらやましかった。
翔太は生まれてこのかた、おとうさんにもおかあさんにも叱られたことがない。
どんなにやんちゃをしても、悪さをしても、ただ猫可愛がりに可愛がられるだけ。
が、その差がどこから来るのか、比奈にはうすうすわかっている。
比奈が前のおとうさんの子で、前のおとうさんそっくりの顔をしているからだ。
でも、そんなことで責められても、比奈にはどうしようもない。
この顔に産まれたくて産まれてきたわけではないからだ。
ベットの下にもぐりこみ、ひたすらごみを漁っていると、べちゃべちゃした糊みたいなものがつまった薄いゴムの袋が指に貼りついてきた。
びっくりしてふり払い、ティッシュで指を拭った。
窓のほうで、コンコンという音がしたのは、その時だった。
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