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#16 拉致
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「何をしていると訊いてるんだ」
もう一度、男が言った。
くぐもった声だが、変に迫力がある。
芙由子は狭いベランダに立ち上がり、壁に背中をつけた。
「見ていたぞ。今さっき、比奈に食べ物をやっただろう。どういうつもりだ? 他人の家の子に」
「す、すみません」
芙由子は懸命に頭を下げた。
「その、あんまり比奈ちゃんが可哀相だったので」
「可哀相だと?」
男の薄い眉が吊り上がった。
「さてはあんた、ゆうべうちに来たあの女だな? 何を考えている? 警察にでも通報するつもりか?」
男の顔が、ふいに歪んだ。
顔というキャンバスの上で、目鼻を描いた絵の具が水で流れるような感じ、とでも言おうか。
芙由子は旨の前でこぶしを握り締めた。
男の全身から、陽炎のように立ち上るのは、まぎれもない悪意だった。
「そうはさせない」
男が鉄柵をまたぎ越え、ベランダに上がってきた。
そして芙由子の首をつかむと、部屋の中に向けて、声をかけた。
「比奈、窓を開けろ。隠れたってだめだぞ。そこにいるのはわかってるんだ」
がちゃりと鍵が外れる音がして、そろそろとサッシ窓が開き始めた。
「な、何する気…?」
抗議しかけた芙由子の首に、更に力が加わった。
「入れ」
足が窓の桟にひっかかり、バランスが崩れた。
「あ」
強い力で押されて、芙由子は部屋の中に倒れ込んだ。
あわてて身を起こすと、部屋の隅にうずくまり、こっちを見ている比奈と眼が合った。
男が入ってきた。
後ろ手にクレセント錠をかけ、乱暴にカーテンを閉めた。
「こう見えてもな、俺たちはそれなりに幸せに暮らしてるんだ。それを、周りの奴らときたら、やれ児相だの警察だのと、わいわい騒ぎやがって。それがいやで越してきたのに、また邪魔をする気なのか」
「だ、出してください」
横座りの姿勢のまま、芙由子は後じさった。
が、部屋の中はごみだらけで、逃げるスペースすらもないありさまだ。
「だめだ」
憎々し気に、男が言った。
「ここを出たら、どうせすぐに交番にでも駆け込むつもりだろう。そうはさせないぞ」
いきなり顎を蹴り上げられ、芙由子はごみの山の中に仰向けに倒れ込んだ。
男がのしかかってきた。
手にロープのようなものを握っている。
「や、やめてください!」
叫んだ瞬間、右頬を殴られた。
しかも、1発では済まなかった。
男の平手打ちに合わせ、芙由子の首が玩具の人形のように左右に振れた。
とどめは下腹へのこぶしだった。
身体の柔らかい部分を思いっきり殴りつけられ、芙由子はぐったりとなった。
すっと意識が遠のいていくのがわかった。
「運ぶぞ。手伝え」
男が比奈に声をかけている。
すぐそばに人の気配がして、小さな手が、芙由子の足首をつかんだようだった。
もう一度、男が言った。
くぐもった声だが、変に迫力がある。
芙由子は狭いベランダに立ち上がり、壁に背中をつけた。
「見ていたぞ。今さっき、比奈に食べ物をやっただろう。どういうつもりだ? 他人の家の子に」
「す、すみません」
芙由子は懸命に頭を下げた。
「その、あんまり比奈ちゃんが可哀相だったので」
「可哀相だと?」
男の薄い眉が吊り上がった。
「さてはあんた、ゆうべうちに来たあの女だな? 何を考えている? 警察にでも通報するつもりか?」
男の顔が、ふいに歪んだ。
顔というキャンバスの上で、目鼻を描いた絵の具が水で流れるような感じ、とでも言おうか。
芙由子は旨の前でこぶしを握り締めた。
男の全身から、陽炎のように立ち上るのは、まぎれもない悪意だった。
「そうはさせない」
男が鉄柵をまたぎ越え、ベランダに上がってきた。
そして芙由子の首をつかむと、部屋の中に向けて、声をかけた。
「比奈、窓を開けろ。隠れたってだめだぞ。そこにいるのはわかってるんだ」
がちゃりと鍵が外れる音がして、そろそろとサッシ窓が開き始めた。
「な、何する気…?」
抗議しかけた芙由子の首に、更に力が加わった。
「入れ」
足が窓の桟にひっかかり、バランスが崩れた。
「あ」
強い力で押されて、芙由子は部屋の中に倒れ込んだ。
あわてて身を起こすと、部屋の隅にうずくまり、こっちを見ている比奈と眼が合った。
男が入ってきた。
後ろ手にクレセント錠をかけ、乱暴にカーテンを閉めた。
「こう見えてもな、俺たちはそれなりに幸せに暮らしてるんだ。それを、周りの奴らときたら、やれ児相だの警察だのと、わいわい騒ぎやがって。それがいやで越してきたのに、また邪魔をする気なのか」
「だ、出してください」
横座りの姿勢のまま、芙由子は後じさった。
が、部屋の中はごみだらけで、逃げるスペースすらもないありさまだ。
「だめだ」
憎々し気に、男が言った。
「ここを出たら、どうせすぐに交番にでも駆け込むつもりだろう。そうはさせないぞ」
いきなり顎を蹴り上げられ、芙由子はごみの山の中に仰向けに倒れ込んだ。
男がのしかかってきた。
手にロープのようなものを握っている。
「や、やめてください!」
叫んだ瞬間、右頬を殴られた。
しかも、1発では済まなかった。
男の平手打ちに合わせ、芙由子の首が玩具の人形のように左右に振れた。
とどめは下腹へのこぶしだった。
身体の柔らかい部分を思いっきり殴りつけられ、芙由子はぐったりとなった。
すっと意識が遠のいていくのがわかった。
「運ぶぞ。手伝え」
男が比奈に声をかけている。
すぐそばに人の気配がして、小さな手が、芙由子の足首をつかんだようだった。
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