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#35 決意
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巧が帰ると、芙由子は鏡台の前に正座した。
三面鏡を開くと、奇妙にやつれた女の顔が、それぞれの角度から3つの鏡に映し出された。
この三面鏡は、祖母の忘れ形見である。
早くに両親を失くした芙由子を、女手一つで育ててくれた祖母。
今こそ、その恩に報いる時かもしれないと思う。
結婚したくないといえば、うそになる。
が、今はそれより、比奈を助けてあげたい。
もし一緒に暮らすことが出来たら、比奈は私のことをお母さんと呼んでくれるだろうか。
いや、たとえ呼んでくれなくてもいい。
彼女が幸せに暮らせる環境をつくってあげられるなら、それで私はかまわない。
ちょうど祖母が、私にそうしてくれたように…。
鏡の中の顔は、やつれてはいるが、肌自体は傷ひとつなくすべすべしている。
不思議なことに、あの時、比奈が指先で触れると嘘のように痛みが引き、傷自体が消えてしまったのだ。
思い切ってセーターを脱ぎ、上半身裸になってみた。
ブラジャーもはずし、胸を右腕で隠して身体を斜めにし、右の脇乳のあたりを映してみる。
そこも同じだった。
確かに血がにじんでいたはずなのに、正治に切りつけられた傷痕は、1ミリたりとも残っていない。
なんだろう、これは…?
芙由子はふと、比奈は天使なのかもしれない、と思った。
傷を癒すことのできる力を備えた、小さな天使…。
それと同時に、ちらとでも巧を疑ったことを後悔した。
実を言うと、芙由子はある疑念に囚われていた。
巧は105号室の真上、205号室に住んでいる。
巧ならあの時、なんらかの方法で自分の部屋のベランダから105号室のベランダに下り、岩瀬正治を殺害して自室に戻ることができたのではないか…。
そう考えたのだ。
だが、その時間帯、妹が来ていたというなら、それは不可能だろう。
もちろん、妹が口裏を合わせて兄のアリバイを証明する、ということは可能性としてあるかもしれない。
が、警察が特に巧を疑っている様子はなかった。
同じアパートの住人として、当然彼も取り調べを受けているはずだから、警察が嫌疑をかけなかったとすれば、何かそれなりの理由があるに違いない。
芙由子は鏡の中の己の顔を見つめながら、あの10歳近く年下の若者に、自分はどう見えているのだろうかと自問した。
巧は芙由子のことを、苗字ではなく、名前で呼ぶ。
そのことに、何か意味があるのだろうか。
そして何よりも、私のほうは…?
とにかく、これではだめだ、と反省した。
もう27歳なのだ。
少しは身だしなみにも気を使わなければ…。
ブラジャーをして、セーターを着直すと、芙由子は書き物机のところに行き、ノートパソコンを立ち上げた。
里親制度について調べてみよう。
そう思ったのである。
三面鏡を開くと、奇妙にやつれた女の顔が、それぞれの角度から3つの鏡に映し出された。
この三面鏡は、祖母の忘れ形見である。
早くに両親を失くした芙由子を、女手一つで育ててくれた祖母。
今こそ、その恩に報いる時かもしれないと思う。
結婚したくないといえば、うそになる。
が、今はそれより、比奈を助けてあげたい。
もし一緒に暮らすことが出来たら、比奈は私のことをお母さんと呼んでくれるだろうか。
いや、たとえ呼んでくれなくてもいい。
彼女が幸せに暮らせる環境をつくってあげられるなら、それで私はかまわない。
ちょうど祖母が、私にそうしてくれたように…。
鏡の中の顔は、やつれてはいるが、肌自体は傷ひとつなくすべすべしている。
不思議なことに、あの時、比奈が指先で触れると嘘のように痛みが引き、傷自体が消えてしまったのだ。
思い切ってセーターを脱ぎ、上半身裸になってみた。
ブラジャーもはずし、胸を右腕で隠して身体を斜めにし、右の脇乳のあたりを映してみる。
そこも同じだった。
確かに血がにじんでいたはずなのに、正治に切りつけられた傷痕は、1ミリたりとも残っていない。
なんだろう、これは…?
芙由子はふと、比奈は天使なのかもしれない、と思った。
傷を癒すことのできる力を備えた、小さな天使…。
それと同時に、ちらとでも巧を疑ったことを後悔した。
実を言うと、芙由子はある疑念に囚われていた。
巧は105号室の真上、205号室に住んでいる。
巧ならあの時、なんらかの方法で自分の部屋のベランダから105号室のベランダに下り、岩瀬正治を殺害して自室に戻ることができたのではないか…。
そう考えたのだ。
だが、その時間帯、妹が来ていたというなら、それは不可能だろう。
もちろん、妹が口裏を合わせて兄のアリバイを証明する、ということは可能性としてあるかもしれない。
が、警察が特に巧を疑っている様子はなかった。
同じアパートの住人として、当然彼も取り調べを受けているはずだから、警察が嫌疑をかけなかったとすれば、何かそれなりの理由があるに違いない。
芙由子は鏡の中の己の顔を見つめながら、あの10歳近く年下の若者に、自分はどう見えているのだろうかと自問した。
巧は芙由子のことを、苗字ではなく、名前で呼ぶ。
そのことに、何か意味があるのだろうか。
そして何よりも、私のほうは…?
とにかく、これではだめだ、と反省した。
もう27歳なのだ。
少しは身だしなみにも気を使わなければ…。
ブラジャーをして、セーターを着直すと、芙由子は書き物机のところに行き、ノートパソコンを立ち上げた。
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そう思ったのである。
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