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#38 親子

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 声の主は、夫人の陰に隠れた小柄な男だった。
 年のころは巧と同じくらいか。
 が、印象が随分違う。
 目深にかぶったフードの下からはみ出た鳥の巣のように渦巻いたくせ毛の下の顔は奇妙にむくんでおり、長い前髪の間からぎらぎらした片目がのぞいている。
 その眼が凝視しているのは、まぎれもなく比奈である。
「あの子じゃなきゃ、絶対いやなんだけどなあ」
 比奈のほうを見つめたまま、もう一度、言った。
 芙由子は背筋を悪寒が上下するのを感じて、比奈を抱きしめる腕に力をこめた。
 その瞬間、青年の顔がぐにゃりと歪むのが見えたからだった。
「そうねえ。可愛らしい子だわねえ」
 夫人が柔和に目を細め、比奈を眺めながら答えた。
「なるべくハルトの希望通りになるよう、あとで係の人にお願いしてみましょ」
「うん、ママ」
 青年が勢い良くうなずいた。
 じゃらりと、また鎖の音がした。
 青年はフードの付いた迷彩服のようなものを着て、だぶだぶのズボンのあちこちに鎖をじゃらつかせている。
 その鎖が、鳴ったのだ。
 比奈は明らかに怯えているようだった。
 震える比奈の肩越しに、芙由子は青年と夫人を眺めやった。
 親子なのだろうか。
 会話からして、この親子も里親か養親を希望して、ここに引き取る子どもを捜しに来たのだとわかる。
 そして、真っ先に比奈に目をつけたというわけなのだろう。
 それにしても、青年の言動は、あまりに不快だった。
 まるでペットショップのショーケースの前で、飼い犬を選ぶ時のような感じなのだ。
 それに、と思う。
 この青年は、明らかに”悪意”を心に巣くわせている。
 私には、見える。
 間違いない。
 あれは、岩瀬正治に憑りついていたのと同じもの。
 いつかバスの中で見た狂気…。
 あれと同じもの。
 そんな男のもとに、比奈を行かせるわけにはいかない…。
「失礼ですが、あなた、そのお嬢さんの親戚か何か?」
 いっこうに芙由子から離れようとしない比奈を不審に思ったのか、夫人がやわらかな物腰で訊いてきた。
 そして、次の瞬間、呆れるようなことをさらりと口にした。
「もしそうなら、その子、私たちにお譲りいただきたいのですけど。ううん、もちろん、ただでとはいいません。お金なら、いくらでもお支払いいたしますわ」
 芙由子はかーっと顔が熱くなるのを覚えた。
 こみ上げてきたのは、怒りだった。 
 芙由子は夫人をにらみ返した。
 こんな台詞を平気で吐ける大人が、この世に存在するだなんて…。
 信じられなかった。
 なんだろう、この親子?
 お金?
 お金で比奈ちゃんを買おうとでもいうの?
 比奈ちゃんは、犬や猫じゃないんだよ?

 
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