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#41 恋慕
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巧が車を止めたのは、国道沿いのレストランだった。
その頃にはすっかり日が暮れ、風が冷たくなっていた。
巧はその人懐っこい外見通り、話術に長け、しかも聞き上手だった。
話題はほとんどがお互いの失敗談だったが、芙由子はつかの間、嫌な思いを忘れることができた。
こんなに他人と話したのは、何年ぶりだろう。
帰りの車に揺られながら、芙由子は思った。
孤独な時間が長かったせいで、会話の楽しみというもの自体、忘れてしまっていた。
それだけに、アパートの前で車が止まった時、いきなりたとえようのない寂しさがこみ上げてきて、芙由子は思わず口を開いていた。
「あの、よかったら、うちに寄っていきませんか?」
え?
ルームミラーの中の巧が、そんなふうに目を見開いた。
「いいですけど、僕のアパートもすぐそこですよ」
「あ、ご迷惑なら、いいんです。今の、忘れてください」
顔が熱い。
私ったら、何を言ってるんだろう。
こんな、10歳近くも年下の男の子に…。
「どうしたんですか? 急に」
巧の声が、ふと、やさしくなった。
「いえ、ちょっと、思っちゃって…。こんな日に、ひとりでいるのは、辛いかなって…」
泣きたい気分に襲われ、蚊の鳴くような声で芙由子は答えた。
自分がいかに馬鹿なことを言おうとしているのか。
それは痛いほどわかっている。
巧は貴重な協力者なのだ。
その巧に敬遠されてしまったら、比奈を救うことはほとんど不可能になる。
だが、それでも芙由子は言わずにはいられなかった。
「巧君といると、とっても楽しくって…なんだか、自分がふつうの人間に生まれ変われるような気がして…」
芙由子の馬鹿。
頭の隅っこのほうで、冷静なもうひとりの自分が声を荒げるのがわかった。
芙由子ったら、あんた、自分が何歳だと思ってるの?
彼から見れば、十分におばさんなのよ?
それなのに、何甘えるみたいなこと言ってるの!
と、ひどくあっけらかんとした口調で、巧が言った。
「変なこと言うなあ。芙由子さん、立派に普通の人間じゃないですか。それに、女性としても、とっても魅力的だし」
え?
今度は芙由子が絶句する番だった。
巧、君…?
今、なんて…?
おせじに決まってる。
胸の底から浮かび上がりかけた希望的観測を、芙由子はかぶりを振ってすぐに打ち消した。
社交辞令だよ、芙由子。
わかるでしょ? 彼はこういうの、慣れてるの。
もうひとりの自分が、頭の中でせせら笑う。
「そんな…からかわないでください」
むっとして、小声で吐き捨てた時だった。
「いいですよ。おいしいコーヒー、飲ませてもらえるなら」
ルームミラーの中で、巧が人懐っこく破顔した。
「実は僕、正直、思ってたとこなんです。あのレストランのホットコーヒー、薄くて白湯みたいだったなって」
その頃にはすっかり日が暮れ、風が冷たくなっていた。
巧はその人懐っこい外見通り、話術に長け、しかも聞き上手だった。
話題はほとんどがお互いの失敗談だったが、芙由子はつかの間、嫌な思いを忘れることができた。
こんなに他人と話したのは、何年ぶりだろう。
帰りの車に揺られながら、芙由子は思った。
孤独な時間が長かったせいで、会話の楽しみというもの自体、忘れてしまっていた。
それだけに、アパートの前で車が止まった時、いきなりたとえようのない寂しさがこみ上げてきて、芙由子は思わず口を開いていた。
「あの、よかったら、うちに寄っていきませんか?」
え?
ルームミラーの中の巧が、そんなふうに目を見開いた。
「いいですけど、僕のアパートもすぐそこですよ」
「あ、ご迷惑なら、いいんです。今の、忘れてください」
顔が熱い。
私ったら、何を言ってるんだろう。
こんな、10歳近くも年下の男の子に…。
「どうしたんですか? 急に」
巧の声が、ふと、やさしくなった。
「いえ、ちょっと、思っちゃって…。こんな日に、ひとりでいるのは、辛いかなって…」
泣きたい気分に襲われ、蚊の鳴くような声で芙由子は答えた。
自分がいかに馬鹿なことを言おうとしているのか。
それは痛いほどわかっている。
巧は貴重な協力者なのだ。
その巧に敬遠されてしまったら、比奈を救うことはほとんど不可能になる。
だが、それでも芙由子は言わずにはいられなかった。
「巧君といると、とっても楽しくって…なんだか、自分がふつうの人間に生まれ変われるような気がして…」
芙由子の馬鹿。
頭の隅っこのほうで、冷静なもうひとりの自分が声を荒げるのがわかった。
芙由子ったら、あんた、自分が何歳だと思ってるの?
彼から見れば、十分におばさんなのよ?
それなのに、何甘えるみたいなこと言ってるの!
と、ひどくあっけらかんとした口調で、巧が言った。
「変なこと言うなあ。芙由子さん、立派に普通の人間じゃないですか。それに、女性としても、とっても魅力的だし」
え?
今度は芙由子が絶句する番だった。
巧、君…?
今、なんて…?
おせじに決まってる。
胸の底から浮かび上がりかけた希望的観測を、芙由子はかぶりを振ってすぐに打ち消した。
社交辞令だよ、芙由子。
わかるでしょ? 彼はこういうの、慣れてるの。
もうひとりの自分が、頭の中でせせら笑う。
「そんな…からかわないでください」
むっとして、小声で吐き捨てた時だった。
「いいですよ。おいしいコーヒー、飲ませてもらえるなら」
ルームミラーの中で、巧が人懐っこく破顔した。
「実は僕、正直、思ってたとこなんです。あのレストランのホットコーヒー、薄くて白湯みたいだったなって」
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