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#50 作戦
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松村佳代の邸宅は、市内で最も地価の高い文教地区の一角に位置していた。
高い塀に囲まれた3階建ての住宅を前にして、芙由子はため息混じりにつぶやいた。
「なんだか気後れしちゃいますね。私、本当に比奈ちゃんに会わせてもらえるのかな」
久しぶりに巧に会うということで、芙由子はコートの下にノースリーブのニットセーターとミニスカ―トを身につけてきていた。
が、ここまでは車で10分とかからず、その努力も無駄に終わりそうな気配だった。
「相手は異常性欲の持ち主の可能性大です。中に入っても、くれぐれも気をつけて。あ、それから、窓の鍵を開けておくのを忘れないでください。いざとなったら、僕が中に踏みこめるように」
松村邸はひっそりと静まり返っているが、1階のはずれの部屋だけカーテン越しに灯がついているのがわかる。
おそらくあそこがひとり息子であるハルトの部屋なのだろう、と芙由子は思った。
事前に巧が仕入れてきた情報によると、ハルトは典型的なニートであるらしかった。
40近いのに働きもせず、ずっと子ども部屋で暮らしている。
40歳以上の引きこもりの数が61万人を超えると言われているだけに、今更珍しい話ではないが、やはり裕福な家庭ほど子どもが引きこもりになりやすいのではないか。
目の前の立派な邸宅を見るにつけ、芙由子はそんな感想を抱かずにはいられなかった。
親にある程度の経済力がなければ、普通、そんな優雅な暮らしが成り立つはずがないからである。
「じゃあ、僕は車で待っています」
芙由子を軽く抱き寄せると、額にキスをして、巧はコインパークのほうへと戻っていった。
もし緊急事態が発生したら、スマホで連絡を取り合うことになっている。
この時間は松村夫人は不在で、息子のハルトだけが在宅しているはずだった。
「頑張らなくっちゃ。比奈ちゃんのためにも」
深呼吸して、門柱のブザーを押す。
打てば響くように女性の声が聞こえてきたのは、お手伝いさんか何かだろうか。
「児童相談所の者です」
巧と打ち合わせた通り、以前岩崎正治の家で成功した手をもう一度使うことにした。
「先日、お宅に引き取られた岩崎比奈ちゃんの健康状態の確認に上がりました」
「はあい。ちょっと、お待ちを」
返事とともに門のロックが自動でかちりと解除され、半開きの両扉の間から、こちらに向かってくる女性の姿が見えた。
「すみません。奥様が不在なので、アポ入れしてからまた出直していただけませんでしょうか」
芙由子の顔を見るなり、申し訳なさそうに女性が言った。
明らかに芙由子と同じくらいの年齢らしいのに、メイド服を着せられているのは、ハルトの趣味なのだろうか。
「ああ、いえ、奥様には直接関係ないのです。ただ、比奈ちゃんの無事が確認できればそれでいいだけで」
「でも、現在比奈さまは・・・」
口ごもる女性を軽く押しのけて、芙由子は門の内側に入りこんだ。
「比奈ちゃんは居るんですね。それなら、ひと目だけでも会わせていただけませんか?」
「いえ、ですが、ハルトおぼっちゃまが、なんとおっしゃるか・・・」
玄関に向かって大股で歩く芙由子を、あたふたと女性が追いかけてきた。
「比奈ちゃんは、今、ハルトさんの部屋に居るんですね。では、会わせてもらうよう、直接ハルトさんに頼んでみます」
「あの、それが、おぼっちゃまは、奥様以外、誰ともお会いにならないので・・・」
「とにかく、上がらせてください。心配しないで。長居はしませんから」
半ば開いたままの玄関のドアをくぐり抜け、上がり框でパンプスを脱いだ。
部屋の位置の見当はついている。
たぶん、この廊下を左に進んだ突き当りだ。
「お、お願いします。お帰りください、でないと私が叱られてしまいます」
取りすがる女性の手を振り払い、廊下を駆けた。
突き当りにあるドアをノックして、努めて冷静な口調で中に向かって声をかけた。
「児童相談所の者です。松村大翔さん、岩崎比奈ちゃんの件でお話が。比奈ちゃん、そこにいるんですよね? 安否の確認のために、今すぐ会わせてほしいんですが」
高い塀に囲まれた3階建ての住宅を前にして、芙由子はため息混じりにつぶやいた。
「なんだか気後れしちゃいますね。私、本当に比奈ちゃんに会わせてもらえるのかな」
久しぶりに巧に会うということで、芙由子はコートの下にノースリーブのニットセーターとミニスカ―トを身につけてきていた。
が、ここまでは車で10分とかからず、その努力も無駄に終わりそうな気配だった。
「相手は異常性欲の持ち主の可能性大です。中に入っても、くれぐれも気をつけて。あ、それから、窓の鍵を開けておくのを忘れないでください。いざとなったら、僕が中に踏みこめるように」
松村邸はひっそりと静まり返っているが、1階のはずれの部屋だけカーテン越しに灯がついているのがわかる。
おそらくあそこがひとり息子であるハルトの部屋なのだろう、と芙由子は思った。
事前に巧が仕入れてきた情報によると、ハルトは典型的なニートであるらしかった。
40近いのに働きもせず、ずっと子ども部屋で暮らしている。
40歳以上の引きこもりの数が61万人を超えると言われているだけに、今更珍しい話ではないが、やはり裕福な家庭ほど子どもが引きこもりになりやすいのではないか。
目の前の立派な邸宅を見るにつけ、芙由子はそんな感想を抱かずにはいられなかった。
親にある程度の経済力がなければ、普通、そんな優雅な暮らしが成り立つはずがないからである。
「じゃあ、僕は車で待っています」
芙由子を軽く抱き寄せると、額にキスをして、巧はコインパークのほうへと戻っていった。
もし緊急事態が発生したら、スマホで連絡を取り合うことになっている。
この時間は松村夫人は不在で、息子のハルトだけが在宅しているはずだった。
「頑張らなくっちゃ。比奈ちゃんのためにも」
深呼吸して、門柱のブザーを押す。
打てば響くように女性の声が聞こえてきたのは、お手伝いさんか何かだろうか。
「児童相談所の者です」
巧と打ち合わせた通り、以前岩崎正治の家で成功した手をもう一度使うことにした。
「先日、お宅に引き取られた岩崎比奈ちゃんの健康状態の確認に上がりました」
「はあい。ちょっと、お待ちを」
返事とともに門のロックが自動でかちりと解除され、半開きの両扉の間から、こちらに向かってくる女性の姿が見えた。
「すみません。奥様が不在なので、アポ入れしてからまた出直していただけませんでしょうか」
芙由子の顔を見るなり、申し訳なさそうに女性が言った。
明らかに芙由子と同じくらいの年齢らしいのに、メイド服を着せられているのは、ハルトの趣味なのだろうか。
「ああ、いえ、奥様には直接関係ないのです。ただ、比奈ちゃんの無事が確認できればそれでいいだけで」
「でも、現在比奈さまは・・・」
口ごもる女性を軽く押しのけて、芙由子は門の内側に入りこんだ。
「比奈ちゃんは居るんですね。それなら、ひと目だけでも会わせていただけませんか?」
「いえ、ですが、ハルトおぼっちゃまが、なんとおっしゃるか・・・」
玄関に向かって大股で歩く芙由子を、あたふたと女性が追いかけてきた。
「比奈ちゃんは、今、ハルトさんの部屋に居るんですね。では、会わせてもらうよう、直接ハルトさんに頼んでみます」
「あの、それが、おぼっちゃまは、奥様以外、誰ともお会いにならないので・・・」
「とにかく、上がらせてください。心配しないで。長居はしませんから」
半ば開いたままの玄関のドアをくぐり抜け、上がり框でパンプスを脱いだ。
部屋の位置の見当はついている。
たぶん、この廊下を左に進んだ突き当りだ。
「お、お願いします。お帰りください、でないと私が叱られてしまいます」
取りすがる女性の手を振り払い、廊下を駆けた。
突き当りにあるドアをノックして、努めて冷静な口調で中に向かって声をかけた。
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