汚れちまった悲しみに、きょうも血潮が降り注ぐ

戸影絵麻

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#52 急襲

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 ガチャリ。
 内側からチェーンの外れる音がして、5センチほどドアが開いた。
 隙間から覗いたのは、もじゃもじゃの髪と、その間で光る充血した目。
「ハルト、さん…?」
 そう、相手の名を口にのぼせた、その瞬間だった。
 青黒いハルトのむくんだ顔が、突如として芙由子の視界の中で絵の具を溶いたように歪み、渦を巻き始めた。
 あ。
 芙由子は凍りついた。
 こ、これは・・・。
 間違いなかった。
 久しぶりに感じるあの感覚。
 悪意だ。
 すさまじい悪意が、ほとんど物質と化して、芙由子の顔に吹き付けてきたのだ。
 逃げようとした時には、もう手遅れだった。
 だしぬけにドアが開き、手首を掴まれ、芙由子はすごい力で部屋の中に引っ張り込まれた。
 ハルトの手を振り切った勢いで、身体が前につんのめる。
 半ば倒れるようにして部屋を突っ切ると、窓を覆う分厚いカーテンにつかまった。
 瞬間、巧との約束が脳裏によみがえった。
 カーテンの裏側に手を突っ込み、ガラスの表面を手探りする。
 指にでっぱりが引っかかり、それを力任せに下に引き下げた。
 クレセント錠が半回転して、サッシ窓が開錠されるのがわかった。
 これでいい。
 とりあえず、これで退路は確保した。
 カーテンにもたれ、身体をひねると、今まで目に入らなかった異様な光景が視界に飛びこんできた。
 ゴミだらけの部屋の中、血だらけの人形が倒れている。
 人形は裸で、あろうことか、股間と尻の2か所にアダルトグッズらしきものが突き刺さっている。
「ひ、比奈ちゃん・・・」
 芙由子は両手で口を押さえた。
 壊れた人形と見えたのは、全裸に剥かれた比奈だった。
 比奈はうつろに目を開き、宙に視線をさ迷わせている。
 死んではいないようだが、精神が崩壊してしまったのか、芙由子の声にも何の反応も示さない。
「比奈ちゃんに、何をしたの?」
 カップ麺の空容器を踏んで近づいてくるハルトに向かって、芙由子は叫んだ。
 ハルトは裸だった。
 乳房のようにぜい肉の垂れた胸には醜い胸毛が生え、脂肪でたるんだ腹の下に渦巻く剛毛の中から、不気味な赤黒い肉の棒がそそり立っている。
 その先端は毒キノコの傘のように膨らんで、粘液でヌレヌレと光沢を帯びている。
「見りゃ、わかるでしょ」
 甘えん坊のような口調で、ハルトが言った。
「比奈ちゃんを喜ばせてる最中だったんだよ」
「ひ、ひどい・・・」
 にわかには目の前の光景が信じられなかった。
 児童虐待に程度の差などないと思っていたが、これは明らかに岩田正治の時よりも凄惨だった。
「でもね、比奈ちゃんはまだ小さいから、なかなか気持ちよくなってくれないんだ。だから、僕も正直疲れちゃってたとこなんだよね」
「近寄らないで!」
 コートの前を合わせて、芙由子は叫んだ。
 ハルトの全身から噴き出す悪意は、今や芙由子に向けられている。
 しかも、その総量ときたら、生半可なものではない。
「お姉さんなら、きっとそんなことないよね」
 ハルトの手には、何か黒い物体が握られている。
「僕の心からの愛撫に、きっと応えてくれるよね」
 あれは、スタンガン・・・?
 ようやくそれに気づいた時には、すでに遅かった。
 意識が吹っ飛ぶような衝撃を首筋に感じ、次の瞬間、芙由子は丸太のように昏倒していた。
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