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2. 燃えてしまえばいいのに
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今日も私が担当しているクラスの授業は騒がしい。
注意する気も起きず、チャイムが鳴るまでただただ適当に授業を流している。
それは私も生徒も同じ。
たまたま生徒指導担当の先生が見回りをしており、私は授業が終わった後に呼び出され軽くお叱りを受けた。
話がさっさと終わるように謝罪をする。
何度呼ばれようと、ただ流す授業を私は改める気はない。
私はほとんど職員室には近寄らず、放課後に美術部が集まるまで美術室にこもっている事が多い。
美術部顧問を担当させられてはいるが、何か聞かれるまでは私から生徒に声を掛けることはない。
部活動が終わると、いつもならすぐに帰宅するのだが、どうしても目に留まる絵があった。
寂しげな横顔、その瞳には怒りを秘めたような……
独特なタッチでここまで人の表情を再現出来るなんて……
独学だろうか……すごいな
誰が描いたのかなど正直興味はなく、ただこの絵に応えるように私は絵を描き始めた。
気付くととっくに日は暮れていて、大沢先生に声を掛けられた。
例の生徒指導担当の教師だ。
「長澤先生、珍しいですね。こんな時間まで学校にいるなんて」
「あ……すみません、すぐ片付けて帰ります」
「あ、いや、まだ延長練習してる運動部もいるんで大丈夫ですよ。絵、少し見てもいいですか?」
大沢先生と話すのは大抵、『授業内容を改善するように』といったお叱りの時くらいで、まともに話したことはない。
というより、ほとんどの教師、生徒と必要以上の会話は交わさないようにしている。
「この絵、長澤先生ですよね。素人目から見ても美しいです」
先程、私の目に留まった絵を指差した。
「え、あぁ……これ……私に見えますか?」
「えぇ、これ描いた子、長澤先生のこと好きなのかな」
にこっと微笑む大沢先生。
この人、笑えるんだと思った。
「あぁ、すみません、冗談です。……いつも、呼び出してすみません。どうも職員室に居るのが苦手で、時間がある時は授業の見回りをしてるんですけど。長澤先生が授業されている前をよく通るのはわざとです」
「はぁ……」
まぁ、こんなにあからさまにやる気のない教師、目をつけられて当然だろう。
でも、いつも大沢先生からお呼びがかかった時、本気で叱られているというよりも、どこかどうでも良さそうな、周りの目を気にしながら仕方なくというような。
悪く言えばやっつけ仕事のような印象を受けていた。
「長澤先生は、なんで教師に?」
「学校という場所が嫌いなんです。生徒とか保護者とか教師とか」
何故だろう。
すんなりと本音が、誰にも言ったことのない本音が口をついて出てしまった。
しかも、全く答えになっていない。
「そうですか、私もです。教師って、かつては聖職者なんて呼ばれてたみたいですが、今やただの労働者に過ぎません。自分の心をすり減らして、いちいち生徒に向き合ってる人たちは何を考えてるんでしょうね。気持ちいいんですかね」
思ってもない返事をされた。
「意外……ですね。大沢先生は、"あっち側"の人かと思ってました」
「"あっち側"ですか。言いたいことは分かりますよ。……将来を何も考えてなさそうな生徒、僕たちを馬鹿にしている保護者。外では好き放題、風俗通いしてるようなオヤジが教師という仮面を被って偉そうに説教垂れてたり。こんな場所、燃えてしまえばいいのにと思ってました。……3年前、あなたの絵を見るまでは」
「私の絵……ですか?」
「はい、僕のような人間がなぜ教師をやってるんだろうと、もうかれこれ20年弱かな……ずっと考えながら出勤して。長澤先生の絵を見た時それこそ、あれ?"こっち側"の人なのかなって気になって」
私の絵はそんなに歪んで見えるんだろうか。
光と闇、どちらかをテーマに10枚描けと言われたら、確かに闇を描く方が容易な気はする。
病んでいる自覚は無いのだけれど。
つい、同じ感覚の人なのかと勘違いしてしまいそうになる。
余計な事を口走ってしまう前に早く帰ろうと思い、急いで片付けを始めた。
「あの、またお話しに来てもいいですか?」
「え……?え、いやでも、面白いお話とか、私できないですよ」
「では、絵を見に来ます。それではお疲れ様です」
大沢先生は優しく微笑み、会釈をして出ていった。
あの穏やかな表情からは、到底想像のつかない思いを抱えているんだなと思った。
燃えてしまえばいいのに、か。
注意する気も起きず、チャイムが鳴るまでただただ適当に授業を流している。
それは私も生徒も同じ。
たまたま生徒指導担当の先生が見回りをしており、私は授業が終わった後に呼び出され軽くお叱りを受けた。
話がさっさと終わるように謝罪をする。
何度呼ばれようと、ただ流す授業を私は改める気はない。
私はほとんど職員室には近寄らず、放課後に美術部が集まるまで美術室にこもっている事が多い。
美術部顧問を担当させられてはいるが、何か聞かれるまでは私から生徒に声を掛けることはない。
部活動が終わると、いつもならすぐに帰宅するのだが、どうしても目に留まる絵があった。
寂しげな横顔、その瞳には怒りを秘めたような……
独特なタッチでここまで人の表情を再現出来るなんて……
独学だろうか……すごいな
誰が描いたのかなど正直興味はなく、ただこの絵に応えるように私は絵を描き始めた。
気付くととっくに日は暮れていて、大沢先生に声を掛けられた。
例の生徒指導担当の教師だ。
「長澤先生、珍しいですね。こんな時間まで学校にいるなんて」
「あ……すみません、すぐ片付けて帰ります」
「あ、いや、まだ延長練習してる運動部もいるんで大丈夫ですよ。絵、少し見てもいいですか?」
大沢先生と話すのは大抵、『授業内容を改善するように』といったお叱りの時くらいで、まともに話したことはない。
というより、ほとんどの教師、生徒と必要以上の会話は交わさないようにしている。
「この絵、長澤先生ですよね。素人目から見ても美しいです」
先程、私の目に留まった絵を指差した。
「え、あぁ……これ……私に見えますか?」
「えぇ、これ描いた子、長澤先生のこと好きなのかな」
にこっと微笑む大沢先生。
この人、笑えるんだと思った。
「あぁ、すみません、冗談です。……いつも、呼び出してすみません。どうも職員室に居るのが苦手で、時間がある時は授業の見回りをしてるんですけど。長澤先生が授業されている前をよく通るのはわざとです」
「はぁ……」
まぁ、こんなにあからさまにやる気のない教師、目をつけられて当然だろう。
でも、いつも大沢先生からお呼びがかかった時、本気で叱られているというよりも、どこかどうでも良さそうな、周りの目を気にしながら仕方なくというような。
悪く言えばやっつけ仕事のような印象を受けていた。
「長澤先生は、なんで教師に?」
「学校という場所が嫌いなんです。生徒とか保護者とか教師とか」
何故だろう。
すんなりと本音が、誰にも言ったことのない本音が口をついて出てしまった。
しかも、全く答えになっていない。
「そうですか、私もです。教師って、かつては聖職者なんて呼ばれてたみたいですが、今やただの労働者に過ぎません。自分の心をすり減らして、いちいち生徒に向き合ってる人たちは何を考えてるんでしょうね。気持ちいいんですかね」
思ってもない返事をされた。
「意外……ですね。大沢先生は、"あっち側"の人かと思ってました」
「"あっち側"ですか。言いたいことは分かりますよ。……将来を何も考えてなさそうな生徒、僕たちを馬鹿にしている保護者。外では好き放題、風俗通いしてるようなオヤジが教師という仮面を被って偉そうに説教垂れてたり。こんな場所、燃えてしまえばいいのにと思ってました。……3年前、あなたの絵を見るまでは」
「私の絵……ですか?」
「はい、僕のような人間がなぜ教師をやってるんだろうと、もうかれこれ20年弱かな……ずっと考えながら出勤して。長澤先生の絵を見た時それこそ、あれ?"こっち側"の人なのかなって気になって」
私の絵はそんなに歪んで見えるんだろうか。
光と闇、どちらかをテーマに10枚描けと言われたら、確かに闇を描く方が容易な気はする。
病んでいる自覚は無いのだけれど。
つい、同じ感覚の人なのかと勘違いしてしまいそうになる。
余計な事を口走ってしまう前に早く帰ろうと思い、急いで片付けを始めた。
「あの、またお話しに来てもいいですか?」
「え……?え、いやでも、面白いお話とか、私できないですよ」
「では、絵を見に来ます。それではお疲れ様です」
大沢先生は優しく微笑み、会釈をして出ていった。
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