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9. 可哀想な野良猫
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緊急事態なのか、気持ちが落ちているだけなのかは分からないけれど、彼女のSOSだということには間違いない。
あの白く美しい腕に刻まれた、無数のリストカットの痕が蘇ってくる。
『電話しても大丈夫?』
返信するとすぐに電話が掛かってきた。
「どうしたの?大丈夫?」
「先生」
後ろが騒がしい。
外にいるのだろうか?
「今、どこにいるの?」
「サイカ街のタクシー乗り場」
サイカ街って……
あんな治安の悪い風俗街で一体なにを……
『とりあえずタクシーに乗って』と私の自宅まで来るように伝えた。
20分程して武井さんが自宅にきた。
武井さんが来るまでの間、どうして自宅に呼んでしまったのだろうと少し後悔していたが武井さんの様子を見て、やはり放っておかなくて良かったと思った。
私服にしてはやけに色気のある露出度の高い服装で、スカートから出た足には痛々しい擦り傷や青アザがあった。
「サイカ街で何してたの?」
「仕事。でも客とトラブって今日の給料出さないって言われて」
「仕事って……お父さんに働かされてるの?」
「父親に売られたとでも聞いてる?あれ、違うから。確かにアイツは酒浸りのクズだけど、風俗で働いてんのは私の意思。早く実家出たいから」
「……この怪我は?」
「今日の客がタチ悪くて。うちの店、SMとかそういうのやってないんだけど、段々叩かれたり蹴られたりプレイが激しくなってきて、そのうち口論になって。ただ、オーナーと繋がってた客らしくて給料は出さないって。家にも帰りたくなくて……ごめん、だから先生に連絡した」
私は彼女の傷の手当てをしながら、話を聞いていた。
お風呂に入れるべきか、それともお腹は空いていないかと、まるで野良猫を拾ってきたかのような感覚になった。
「体なんて売らなくても高校辞めて働けばいいでしょ?」
「辞めれないの。クソ親父が高校だけは行っとけって、そこだけはなんかうるさくて」
そう言った後ぽつりと呟くように
「……現役の学生の、制服姿が興奮するらしいよ」
興奮……?まさか……
家庭環境が複雑とは聞いていたが、ここまでの話だと知っている人間はいるのだろうか。
いたとして、どうして彼女はその地獄から抜け出せないままでいるのか。
大人たちは何をしているんだと、心の奥底から怒りが湧いてくるのが分かる。
しかし、
「二人だけの秘密ね」
とぼそっと呟いた彼女の言葉から、敢えて誰にも知られずにここまできたのだと悟った。
知られたくないという気持ちと、知られたところで何も変わらないと諦めているのかもしれない。
「……他に何かされてる?」
武井さんは少し悩んだ顔をした後、リストカットの痕を見せてきた。
「……これ、私じゃない。アイツが私を犯す時に毎回一本ずつ切っていくの。だからこの数はその回数。私が忘れないようにって」
「なにそれ、悪趣味にもほどがある……。武井さん……家、来なよ」
「……え?一緒に住むってこと?」
「そう。お父さん、追い掛けて来るかな?」
「高校卒業したら一人暮らししたいとは思ってたけど、逃げるって考えたことなかったな……それとなく聞いてみるよ。あ、先生のことは言わないから安心して」
今日のところは泊まらせるしかないか。
やっぱり先にお風呂か。
その間に着替えとか用意しておこう。
私は武井さんにバスタオルと部屋着を渡して、風呂場へと促した。
しばらくしてお風呂からあがった武井さんにお腹は空いてないかと聞いたが、首を横に振った。
遠慮している風でもなかった。
「ビール、飲む?」
未成年に、しかも生徒にお酒を勧めるのはいかがなものかとも思ったが家に泊める上、家に来ないかと言ったのだ。
もうこの際、生徒として接する方がおかしいのかもしれない。
「あー、ごめん。私アルコール飲めないの。アレルギーでさ、極端に弱くて。少し飲むだけで意識飛んじゃう」
「へぇ……そんなに?意外だね。私、武井さんと接する度に『意外だな』って思うことが増えてくよ」
「……昔からさ、『強い子だね、お母さんいないのに凄いね』とか言われてて。周りがそういうから泣きたい時に泣けなくて。でも本当は全然強くないし……思い切り誰かに甘えて生きてみたかったなぁって。もう17だし今更だけどね」
「まだ、17よ。ていうか年齢なんて関係ないよ。泣きたかったら泣いてもいいし、甘えたかったら甘えてもいいんだよ」
「……先生も、甘えたい時ある?」
人に偉そうなことを言っておいて、いざ自分の事となると答えに困ってしまう。
「頼りたい……とかはあったかな。甘えたいもあるかも。私も、今更って思ってるな」
「甘えたいって言ったら、甘えさせてくれるの?甘えていいよって言ったら、甘えてくれる?」
「……学校じゃなかったらいいよ」
彼女には、私と同様に今まで心から甘えられる人がいなかった。
大人になって色んな事を諦めるようになって、私みたいに感情を押し殺しながら生きていくのだろうか。
私みたいに、なってしまうのだろうか。
彼女は彼女らしく甘えて、頼って、守られてほしい。
いつか同じように誰かのことを支えてあげられる人間になってほしい。
でもまずは彼女が彼女であれるように、私は武井さんを守りたいと思った。
今思うとこの部屋に引越して来てから、人を呼んだことは一度もない。
もちろん泊めたこともないので『あ、シングルベッドだった』と遅ばせながらどうしようかと考えた。
いや、それよりも……
「あー……これ、殴ったんだ?」
ベッド横の壁に思い切りへこんだ跡が残っている。
そいつの存在をすっかり忘れていた。
「……寝ぼけて殴ったの」
「寝ぼけてた割には力入ってるね」
痛いとこを突いてくる子だなぁと思いながら、シングルベッドに寝転んだ。
武井さんも横に並ぶようにして寝転ぶと、やはり狭いなぁと感じた。
私は、久しぶりに人と同じベッドで寝ることに少し違和感を感じていたが、武井さんが沢山話してくるのでそんな違和感はすぐに忘れ、まるで女友達かのように夜が明けるまで色んな話をした。
あの白く美しい腕に刻まれた、無数のリストカットの痕が蘇ってくる。
『電話しても大丈夫?』
返信するとすぐに電話が掛かってきた。
「どうしたの?大丈夫?」
「先生」
後ろが騒がしい。
外にいるのだろうか?
「今、どこにいるの?」
「サイカ街のタクシー乗り場」
サイカ街って……
あんな治安の悪い風俗街で一体なにを……
『とりあえずタクシーに乗って』と私の自宅まで来るように伝えた。
20分程して武井さんが自宅にきた。
武井さんが来るまでの間、どうして自宅に呼んでしまったのだろうと少し後悔していたが武井さんの様子を見て、やはり放っておかなくて良かったと思った。
私服にしてはやけに色気のある露出度の高い服装で、スカートから出た足には痛々しい擦り傷や青アザがあった。
「サイカ街で何してたの?」
「仕事。でも客とトラブって今日の給料出さないって言われて」
「仕事って……お父さんに働かされてるの?」
「父親に売られたとでも聞いてる?あれ、違うから。確かにアイツは酒浸りのクズだけど、風俗で働いてんのは私の意思。早く実家出たいから」
「……この怪我は?」
「今日の客がタチ悪くて。うちの店、SMとかそういうのやってないんだけど、段々叩かれたり蹴られたりプレイが激しくなってきて、そのうち口論になって。ただ、オーナーと繋がってた客らしくて給料は出さないって。家にも帰りたくなくて……ごめん、だから先生に連絡した」
私は彼女の傷の手当てをしながら、話を聞いていた。
お風呂に入れるべきか、それともお腹は空いていないかと、まるで野良猫を拾ってきたかのような感覚になった。
「体なんて売らなくても高校辞めて働けばいいでしょ?」
「辞めれないの。クソ親父が高校だけは行っとけって、そこだけはなんかうるさくて」
そう言った後ぽつりと呟くように
「……現役の学生の、制服姿が興奮するらしいよ」
興奮……?まさか……
家庭環境が複雑とは聞いていたが、ここまでの話だと知っている人間はいるのだろうか。
いたとして、どうして彼女はその地獄から抜け出せないままでいるのか。
大人たちは何をしているんだと、心の奥底から怒りが湧いてくるのが分かる。
しかし、
「二人だけの秘密ね」
とぼそっと呟いた彼女の言葉から、敢えて誰にも知られずにここまできたのだと悟った。
知られたくないという気持ちと、知られたところで何も変わらないと諦めているのかもしれない。
「……他に何かされてる?」
武井さんは少し悩んだ顔をした後、リストカットの痕を見せてきた。
「……これ、私じゃない。アイツが私を犯す時に毎回一本ずつ切っていくの。だからこの数はその回数。私が忘れないようにって」
「なにそれ、悪趣味にもほどがある……。武井さん……家、来なよ」
「……え?一緒に住むってこと?」
「そう。お父さん、追い掛けて来るかな?」
「高校卒業したら一人暮らししたいとは思ってたけど、逃げるって考えたことなかったな……それとなく聞いてみるよ。あ、先生のことは言わないから安心して」
今日のところは泊まらせるしかないか。
やっぱり先にお風呂か。
その間に着替えとか用意しておこう。
私は武井さんにバスタオルと部屋着を渡して、風呂場へと促した。
しばらくしてお風呂からあがった武井さんにお腹は空いてないかと聞いたが、首を横に振った。
遠慮している風でもなかった。
「ビール、飲む?」
未成年に、しかも生徒にお酒を勧めるのはいかがなものかとも思ったが家に泊める上、家に来ないかと言ったのだ。
もうこの際、生徒として接する方がおかしいのかもしれない。
「あー、ごめん。私アルコール飲めないの。アレルギーでさ、極端に弱くて。少し飲むだけで意識飛んじゃう」
「へぇ……そんなに?意外だね。私、武井さんと接する度に『意外だな』って思うことが増えてくよ」
「……昔からさ、『強い子だね、お母さんいないのに凄いね』とか言われてて。周りがそういうから泣きたい時に泣けなくて。でも本当は全然強くないし……思い切り誰かに甘えて生きてみたかったなぁって。もう17だし今更だけどね」
「まだ、17よ。ていうか年齢なんて関係ないよ。泣きたかったら泣いてもいいし、甘えたかったら甘えてもいいんだよ」
「……先生も、甘えたい時ある?」
人に偉そうなことを言っておいて、いざ自分の事となると答えに困ってしまう。
「頼りたい……とかはあったかな。甘えたいもあるかも。私も、今更って思ってるな」
「甘えたいって言ったら、甘えさせてくれるの?甘えていいよって言ったら、甘えてくれる?」
「……学校じゃなかったらいいよ」
彼女には、私と同様に今まで心から甘えられる人がいなかった。
大人になって色んな事を諦めるようになって、私みたいに感情を押し殺しながら生きていくのだろうか。
私みたいに、なってしまうのだろうか。
彼女は彼女らしく甘えて、頼って、守られてほしい。
いつか同じように誰かのことを支えてあげられる人間になってほしい。
でもまずは彼女が彼女であれるように、私は武井さんを守りたいと思った。
今思うとこの部屋に引越して来てから、人を呼んだことは一度もない。
もちろん泊めたこともないので『あ、シングルベッドだった』と遅ばせながらどうしようかと考えた。
いや、それよりも……
「あー……これ、殴ったんだ?」
ベッド横の壁に思い切りへこんだ跡が残っている。
そいつの存在をすっかり忘れていた。
「……寝ぼけて殴ったの」
「寝ぼけてた割には力入ってるね」
痛いとこを突いてくる子だなぁと思いながら、シングルベッドに寝転んだ。
武井さんも横に並ぶようにして寝転ぶと、やはり狭いなぁと感じた。
私は、久しぶりに人と同じベッドで寝ることに少し違和感を感じていたが、武井さんが沢山話してくるのでそんな違和感はすぐに忘れ、まるで女友達かのように夜が明けるまで色んな話をした。
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