雑草の背伸び

1. 小さなそよ風

同じ日々

同じ日々。
揺れる電車の中、ため息と共にもたれかかる壁に規則的な機械音を感じながら薄っすらと目を開け、まるで省エネモードに入ったかのようにやる気のなさが漂う一人の男がいる。
男の名前は中城。
いつクリーニングに出したかわからないスーツからでる少し茶ばんだ袖のシャツは、アイロンもかかっていないであろうヨレヨレ感も合わせて見るからにダメな男の典型であった。
彼の妻は、洗濯こそ毎日するもののパートタイムで働いている事を理由に、家事をあまりやらないので、もちろんシャツにアイロンはかけてくれず、かといって自分でするかとも思わず、大雑把な性格同士なかなか仲睦まじく生活していた。出会ってから数十年色々あったが今も一緒にいられるのはお互い歩み寄り、お互いのために譲る事が出来るようになったからであろう。余談だが彼の職場では料理が下手な妻としてちょっと有名になっている。一方、彼の性格もなかなかだらしなく、家へ帰っても脱いだものは放り投げ、ほんとうに社会人かと思ってしまう生活だ。数年前に購入したマンションも、一室は引越し当時の段ボールが今も積み上げられていた。

コミュニケーションとは何であろう。情報の伝達、簡単に言えば人と話す事、そんなイメージがあるがコミュニケーションの上手い、下手は？
イメージだけで言えばどんな人でも話せるか、話せないかなのかもしれない。彼は人一倍コミュニケーションが下手と言える。目上の人と話すのも変に緊張し、気軽に話せる場でも場の流れも考えず思いついた事を言いたくて全体の話の本筋から逸れてしまうくらいにコミュニケーションがド下手と言っても過言ではない。せめて知っている知識や話題が多ければとも思うが、興味ある事しか見ず、読まず記憶力も決して良い方とは言えなかった。とにかく人の顔と名前を覚えるのが苦手で社内の人でも話しかける前に度々その人の名前を調べたりしていた。そんな彼だが多少興味があるIT部門に勤める事でなんとか、11年間同じ会社に勤める事ができた。話下手だが一度話すと話しやすい人柄だったのも人間関係をこじらせない要因だったようだ。

また同じ日々の朝。電車が今どこを走っているかなど気に止める事もなく同じ時間に降り、朝の15分だけスタンドコーヒー店でホットコーヒーを飲む事に至福を感じ、ため息をつきながら職場に座り上司の要望を叶える事に専念し、終業時間が過ぎてもとりあえずやる気があるフリをし事務所に人がいなくなったのを見計らいため息をつきながら帰りの電車に乗り、朝と同じポジションで省エネモードに入る。
いつもと変わらず同じ事を繰り返す毎日、少しだけ違う事があっただけで疲れたと錯覚し無意識の中で充実を噛みしめる。口を開けば大半が不満、不平。変化を望むもののを自分も含め周囲以外が変わって欲しいと願う日々。自分は変わる気などさらさらない。
 出会った人々の中で一人だけを除いて。