風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

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第41話 大失敗

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 ゴブリンの集落から簒奪さんだつしてきたマジックアイテムは、どれも微妙な効果ばかりだった。


【アイテム名】
早起の首飾り

【詳細】
日が昇ると振動する。


「……これ普通に使えそうだね」

「ダンジョンには時計を持ち込めませんからね」



【アイテム名】
飛翔の腕輪

【詳細】
木登りが得意になる。
登攀力とうはんりょく+2%


「これって木登りに限定されてるんですかね?」

 マキマキさんがそう尋ねる。


「どうなんだろうね。試してみる?」

「2%くらいじゃ体感できませんよ……」

 同じ効果の腕輪を50個身につけたら、スルスルと木登りできてしまうのだろうか。


【アイテム名】
発火の指輪

【詳細】
火起こしが5%得意になる。


「これって長良さんが……」

「火魔法を使っているので、100%火を起こせますよ?」

「……そうだよね」

 おそらくは、火打石を用いての着火や、錐揉み式で火を起こす時に有利となるのだろうが、うちのメンバーには火魔法使いがいるので、特に必要性の低いマジックアイテムだ。


【アイテム名】
耳強の指輪

【詳細】
装備者を耳閉感から守る。


「……み、みみとじ?」

耳閉感じへいかんですね。高い山に登った時などに、急に音が聞こえづらくなる現象です」

「あー、新幹線に乗ってて、トンネルに入るとなるヤツか」

「はい。あれは急に周りの気圧が変化して、耳の奥の気圧と釣り合わなくなった際、鼓膜が引っ張られて、音がこもったり聞こえにくくなってしまうんです」

「ダンジョンをどんどん潜って行くと、そのうち高山フロアとか出てくるのかな?」

 そういえば、唾を飲み込むのと治るけど、あれはどうして何だろう。


「風魔法で気圧を操れませんか?」

「えっ、気圧……? 一度も試したことないんだけど……」

「風魔法で高低の気圧域を作り出せるなら、その指輪の効果を確かめれるのではと思いまして」

「なる……ほど……」

 いま長良さんの言われるまで、気圧の存在をすっかり忘れていた。

 もしも気圧を操れたなら──ん? 何が出来るんだろう?


 うん、まずは試してみよう。


 ええと、科学実験室にある、針なしの注射器を思い浮かべればイイのだろうか?
 出口を指で押さえたまま、ピストンを押し込めば高気圧、引っ張れば低気圧……。


「……ん?」

「どうしました?」

「いや、すぐそこに低気圧の球があるんだと思うけど、本当に出来ているのか分からなくて……」

「なるほど……」

「気圧が低い……。それって、周りの空気が吸い込まれたりしないんですか?」

 マキマキさんは、足元の砂を蹴りながらそう言った。


「球の中と外って遮断されてるんだよね。だから空気が流れ込むとか確認できなくてさ」

「んー、それでしたら……。少し手伝っていただけますか?」

 長良さんには何か考えがあるようだ。


「うん、何をすればいい?」

「あの辺りに、石を組んで簡単なカマドを作っていただけますか?」

 長良さんは、判断石のある場所から少し離れた位置を指差した。


「あいよ、了解」

 彼女に言われた通り、近くに落ちていた石を拾い集め、コの字型の簡易カマドを作ると、長良さんが金属鍋に水を入れて運んできた。

「それどうするんです?」

 マキマキさんが興味深そうに鍋を覗き込んでいる。


「これをですね……」

 長良さんはカマドの上に鍋を置き、火魔法を使ってそれを温め始めた。

「お湯?」

「ええ、お湯です」

 しばらくすると、鍋の中の水がお湯へと変わり、水面がグツグツと煮立ち始める。


「今からこの炎を消しますので、水面の気泡が落ち着いた直後に、鍋の周りを低気圧球で覆ってもらえますか?」

「うん、了解した」

 長良さんが火魔法を止めると、すぐに気泡は止まり、水面が静かになる。


「ではお願いします」

「よし……」

 低気圧球を鍋の周囲に展開する。

 すると、しばらくして──


「……あっ」

 鍋の水面に再び細かな気泡が現れ、ふつふつと沸騰を始めた。


「本当に……気圧が下がってるんだね」

「はい。水の沸点は周囲の気圧が下がると、それと共に下がるので、もう一度煮立ったのだと思います」

「理科の実験みたい……」

 マキマキさんが興味深そうに鍋を眺めている。


「よし、これでさっきのマジックアイテムがちゃんと働くのか確かめれるね」

「あまり気圧を下げすぎないように注意してください。気絶したり、下手をすれば死んでしまうかもしれません」

「うん、大丈夫。徐々に試してみるよ」


 まずは指輪を身につけない状態で、顔の周りの気圧を……。

「……あっ!」

 気圧を下げていくと、すぐに水の中に潜った時のような、周りの音がくぐもって聞こえるようになった。


 そこで一旦魔法を解き、二人に声を掛ける。

「これ、結構気持ち悪いね……。そうなるのが分かっててもドキっとするよ」

「どこまでの気圧を操作できるかは分かりませんが、かなり危険な魔法に思います」

「どうだろう? 手で払えばすぐに消せちゃう魔法だし、イノシシやワニくらいの大きさだと、顔を覆いきれないからなぁ」

「亜人種か、対人用でしょうか」

「対人ならマキマキさんにお任せするよ」

「はい、任せてください! マキマキ巻きにしますよ!」

 何とも力強い言葉が返ってきた。


「んじゃ指輪をつけて……と」


 顔の周りを低気圧球で覆うが、特に変化はない。少し加減をし過ぎただろうか?

 改めてもう少し気圧を低くした球で顔を覆ってみると……。

「ん?」

 先ほどの耳閉感は訪れない。だが何か……別の……違和感の……ような…………ものが…………。





 ──ッパーン!!!


 左頬を強烈な痛みが襲う。


「何をしているんですっ!」

 長良さんの瞳が大きく見開かれ、声には抑えきれない緊迫感が込められている。


「あ、いや…………。え? 気絶しかけてた?」

「だからさっき言ったでしょう! 気圧を下げすぎたら気絶すると!」

「え、あ、ご、ごめん……なさい……」

「下手をすれば、命を落としていましたよ!」

 いま、長良さんに思いっきりビンタされたようだ。



 心臓がキュッと縮む。

 あの長良さんが、あんなに声を荒らげて……。

 それくらい、自分は無防備で危ないことをしていたんだろう。

 耳閉感が来ないからって、加減を考えずにどんどん気圧を下げて。

 もう少し遅かったら、あのまま意識を失ってたのかもしれない。

 あんな表情で叱られるのは、きっと……こちらの事を心の底から案じてくれたからだ。



 そして何よりも怖かったのは、もう少しで死ぬかもしれなかった自分の軽率さより、長良さんに本気で心配させてしまったことだった。




「……ごめん」


 今はそれしか、言葉が見つからなかった。



◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
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