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第一部

その293 悪しき存在

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 ◇◆◇ アリスの場合 ◆◇◆

 聖女。聖女。聖女。
 私を取り巻く言葉はそれだけ。
 人類の希望勇者エメリー。そのサポートをするためだけの存在。それが私。
 誰もが私を聖女として扱い、聖女として優遇する。
 けれど、その優遇は本当に心から?
 違う。求められているのは私の【聖加護】の能力。
 私はこの優遇と対価に人類に尽くさなければならない。
 最初はそんな事、私は気にもしなかった。

 だけど、それに気付いた時――――。

 彼らは私の能力を渇望し、甘やかす事でそれを手にしようとしている。私が甘いから。私が……私が子供だから。
 聖加護のコントロール。それが今の私の課題であり、最大の壁。
 法王国の皇后アイビス様は言った。コントロールの鍵は人類への愛。心の底から人々を愛し、敬い、強く想う事。
 元聖女の言葉は、私には重かった。
 無理。私には出来ない。
 何故そんな事をしなければいけないの? 何故思ってもない事を課せられるの? 何故神様は私を聖女にしたの?
 勇者エメリーは……違うのだろうか。
 私と同じ葛藤があるのだろうか。悩みはあるのだろうか。
 人類への不満はないのだろうか。
 この世の不平等を呪わなかったのだろうか。
 法王クルス様の話によれば、勇者エメリーの成長は目覚ましいとの事だ。
 彼女はきっと違う。きっと強い心をもっているのだ。
 私とは違う。

 そんな重いかせを引きずりながらも、私はようやくランクAになった。
 だけどそれも法王国が用意、、してくれたもの。
 法王国が用意した冒険者たちと共に、一緒に戦い、戦い方、生き方を学んだだけ。
 彼らにとってはいい迷惑だろう。
 聖加護の能力が使えない聖女は、ただの魔法使い。
 光魔法が多少使えたところで、甘やかされた戦場で育った私はパーティの役立たず。
 今日は初めてのランクSダンジョン。
 昨日約束したランクSパーティ――青雷せいらいと共に難度の高いダンジョンに潜る。そう、私は青雷と共にダンジョンに侵入するはずだった。

「そんな、困ります!」

 彼らはきっと……。

「昨日のお話ではランクSのダンジョンへ連れて行ってくれるお約束だったはずです! それなのに何で今になって駄目なんですかっ!」

 わかっている事だった。

「あ~、回復の助っ人が別に見つかっちゃってさ。悪いんだけど他を当たってくれる?」

 そう、私の噂はもう冒険者の間で広まっている。

「ランクSの冒険者パーティなんて、そう簡単に見つかる訳ないです!」

 使えない子供ガキとして。

「しょうがないだろう? こっちも命が懸かった商売だ。ランクAの君より、ランクSの冒険者を連れてった方が生き残る確率が上がる。それは君もよくわかっているはずだ」
「っ!」

 彼らはきっと、ていのいい都合を並べ立て、私を拒絶したのだ。
 今日の約束はあくまで一階層のみ。
 だけど彼らは気付いたのだ。これを引き受ければ、それ以降も私が付き纏う事になると。
 今日は一階層でも、明日は二階層。
 私の能力が発動しない事を想定しているならば、彼の決断は確かに間違いじゃない。
 でも彼は言うだろう。
 これまで何度も聞いてきた言葉を。

「それに、【聖女】なら俺たちなんかと一緒じゃなくても、すぐに仲間は見つかるでしょ?」

 ……ほら、また聖女。
 冒険に危険が増す程、私は距離を置かれる。
 当然だ。当然なんだ。
 わかってる。わかってるの。
 だけど納得出来ない私もいる。

 ――人類あなたたちが私を戦場に立たせた。そうじゃないの?

 人類あなたたちが望んだ事じゃないの?
 人類あなたたちが用意したんじゃないの?
 なのに何故私を拒絶するの?
 私は戦場なんて望んでいない。
 仕事をして、美味しいものを食べて、可愛い服を着て……恋をして。そんなどこにでもある生活を望んでいるだけ。戦場なんて望んでない。望む訳がない。
 それがそんなにわがまま?
 なら私はわがままで結構。
 私は子供、、だから。
 冒険者おとなたちの場で大人と比べないで。
 冒険者おとなたちと一緒に競わせないで。
 冒険者おとなたちの場で子供と呼ばないで。
 私はこんな日常望んでいない。求めてない。
 今はまだ子供でいい。子供でいたいの。
 それを知らない冒険者おとなたちが、私を子供と呼ぶ事が許せない。
 何も知らない子供を勝手に大人の場に立たせた人たちに、私は子供と呼ばれたくない。

 ――人類あなたたちなんて……!

「あの」

 それは、黒銀の髪を靡かせた、若い男性だった。

「先程のお話、耳に入ってしまいまして。災難でしたね」

 あぁ、彼は私を知らない。
 たとえ聖女だと知っていても知らないのだ。
 私が使えない聖女だと。
 きっと彼は第一印象としての聖女を甘やかそうとし、甘い汁でも吸おうと考えているんだ。
 わかってる。これまでもずっとそうだったから。

「……いえ」

 大人はいつも私を都合のいいように利用する。
 後で何と言われようが構わない。ここで冷たくあしらっておけば後が楽だもの。

「コホン……では、幸多い一日を」

 ……意外な事に彼はそれだけで身を引いた。
 もしかして彼は別の目的で話しかけたのだろうか。
 いつもの冒険者たちのように、冷たくあしらう私を蔑むような目でもみない。むしろこちらを警戒しているようにも見える。こんな使えない聖女を?
 彼はそのままじりじりと後退し、踵を返してダンジョンへ向かった。
 …………ダンジョン?

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」
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