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あいつさ、ほんとバカだったよな。なに考えてたんだろうな。なにも考えてなかったかな。バカだしな。いや、でも一番バカなのは俺だよ。なにも気づけなかったんだからさ。長いことずっと隣にいたのに、なにも。あいつのこと。
信じられるか? ――死んだんだ、ブリアック。
病気だってよ。あの、風邪ひとつひかなかった体力バカが。なんだろうな、まだ信じられない。病気で死ぬなんて、そんな言葉あいつには似合わねえよ。まじで。
――俺たち、いつもここで集まってた。あのダイヤみたいに高いワイン……わかるか? あいつは妙に気取ってジゼルのグラスに注いで。ジゼルは『やめて、あふれる!』って笑いながら……ああ、懐かしいな。あれ、何年前だっけな。
――ああ、ごめん。なんか、ひとりで話してたな。
今の話? ……ブリアックってやつのことだよ。ブリアック・ボーヴォワール。俺の悪友。死んだんだ。病気で。墓見てきたから本当。あった。あったよ、墓。まじかよって感じ。
俺? 俺はノエル・ビュファンっていうんだ。がっこの事務職員。
……えっと、ごめん、あんたは? 名前も聞かずに話しかけてたわ。すまんすまん。……なんか小難しい名前だな。兄さんでいい? あんがと。
……なんか酔ってんな、俺。わけわからんこと話しかけてごめん。あいづち上手いね。よく聞き上手って言われない?
この店、気安くてさ。この立ち飲みテーブルも、俺らの定位置って感じで。なんか、つい語っちまった。ごめんごめん。
――続き聞かせろって、なにをさ? え、ブリアックのこと? なんで。
……いやまあ、そりゃ、そうだよ。でも聞きたいやつなんかいないだろ、男のめそめそ昔話なんて。……いやさっきしてたけど。
――うん、まあ。必要なんだろうとは思うよ。俺も。心の整理ってやつが。兄さんいい人だな。なんでわかるの。
あー、そっか、語ってたからね、俺。さっき。ひとりで。あいつなんで死んだーってね。恥っず。酔っ払い過ぎだろ。
でもさー、聞きたかないだろこんなん。死んだやつの思い出話。え、酒の肴? ……まあそうか。そんくらいにはなるか。
兄さんいい人だと思ったけど、それなりにいい性格してんね。嫌いじゃないよ。
……じゃあ、まあ、語るわ。酒の肴に。――なんか、そんな気分だ。
ブリアックとは、同じディルゼーの出身なんだ。そう、グラス侯爵領。雪が多い、山に囲まれた、空気が美味いとこ。でもまあ、そんなとこのわりに栄えてる。そりゃルミエラのが便利だけどな。こっちみたいに美術館がやっつもあったりはしねーし。ふたつだけだな。
でも秋の、いっぺんに山が紅葉したときとか、他じゃちょっと観られない感じですげえの。あとなー、水! どう考えても、水が美味い! 本気で! ルミエラはその点、ディルゼーにはひっくり返ってもかなわんよ。いいとこだよ。
なんかさ、グラス侯爵領じゃ、ちょっといい家の出だと、中学からルミエラで寮に入って学校通うのよ。なんかそういう文化なの。……あ、そう? 兄さんもそんな感じだった? そっか、どこの領でも似たようなもんなのかね。どこ出? ――フルツリーってどこだっけ。
あー、マディア公爵領の隣りか。じゃあやっぱオレンジ多いの? ――へえー、品種改良してんだ! 食べやすく小型化? えっ、兄さんそういう仕事なん? すげーじゃん。……学会発表の帰り? すげー! 先生じゃん! まじかよ、学者兄さんだな!
なんの話だっけ。あー、ブリアック。
そう、出身はいっしょだけど、小学生のときはべつに仲良かったわけじゃないの。お互い顔知ってたくらい。こっち来てから、やっぱ同郷ってことでつるむじゃん。それでなんか、馬が合ったんだろうな。あいつバカだし。俺も同じくらいバカだし。なんか小難しいこと言ってるやつのことわからんし。まあ、馬が合ったんだよ。
あっちは、エスクライムの選手になるんじゃないかってくらい、ちっちゃいころから剣技叩き込まれてたからさ。打ち込めることがあっていいなって思って見てたよ、俺は。――そう。ボーヴォワールだから。しかも嫡男だしな。いずれグラス侯爵様になる予定だった。
だからなんとなく、そういう夢っつーか、目標みたいのはあったんだと思う。エスクライムでいい選手になって、国代表になって、そのうち侯爵になる、みたいな。ガキだからな。ちょっとでかいこと考えたりするよ。ガキだから。
でもまー、なんつーか。あれだよ。素行ってやつで。年少者強化選手にはなれんかったの、結局。
――あれ。俺たち、戦後第一世代って言われてるやつなんだけど。
そうそう、『失われた世代』。終戦直後に中学生なったやつ。アウスリゼは戦地じゃなかったから、あんま実感なかったけど。俺らが小学生のときは、ずっと戦事中だったんだよな。俺の叔父さんとかも、帰って来なかった。
だからさー、なんかこう、けっこう厳しかったのよ。俺ら世代の教育って。なにせ、次代を背負う若者たちって立場じゃん? 兄さんどうだった?
――えっ、従軍してたの⁉ まじで⁉ うっわ、お務めお疲れさまでした! すげー、それで戻ってきてオレンジの先生してるの⁉ まじかよ、天才じゃねーか。天才兄さん!
あ、ごめん。話それた。うん。なれなかったの。選手。――試験も受けさせてもらえなかったんだよ。今よりずっと厳しかったからな、内申とか。競技エスクライムだしね。どうしたって、品行方正が求められるんだよ。
それに、ほら、戦勝国ではあるけど、今よりずっと景気悪かったし。戦争の正当性については、俺は意見する立場にねーけど。どうにか国をあげて清く正しく前向きにーみたいな、空気感あったじゃん。あのころ。でしょ? その波に乗れなかった俺らみたのは、落第生なの。
……残念だったね。めちゃくちゃ。荒れてたね、あいつ。俺でさえ悔しかったからね。当然だよ。
それでさー、ちょっとやんちゃが過ぎちゃって。矯正院入れられちゃったのよ、ブリアック。十六のときに。半年だけど。たぶん、親御さんの意向だったんじゃないかな。保護的な意味で。
俺は、矯正院はやり過ぎだと思ったよ。やんちゃではあったけど、今じゃぜったいそこまで問題にならないようなことだよ。なにやったかは言わんけど。まあ、やんちゃだよ。
でも、時代が時代で、なにもかも厳しくて、あいつはいい家の嫡男だ。俺なんかの擁護の声が届くわけもないし。
あいつが気の毒過ぎて、らしくもなく手紙とか書いたよ。あいつも、らしくもなく返事寄越した。ウケた。二回くらいやり取りしたかな。
そして、まあ。出てきた。良くも悪くもってやつ? うん。あいつが入院して、出てきて、良かったことも、悪かったこともあった。
良かったこと。なんか、たくさんダチ作って出てきた。
悪かったこと。そいつら全員札付きだった。
まあ、たのしいやつらだよ。今でも連絡取ってるやついるし、俺。――うん、まあまあ更正したやつ。連絡取れないやつは……あー、あれだ。まあ、だいたい刑務所ん中だ。それか死んでる。たぶん。
あいつ……ブリアックはさ。根っこが真っ直ぐなの。なんか、真っ直ぐ過ぎてバカなの。だから、思い込むと一直線なところあって。
すーぐ、感化されっちまった。まあ俺もだけど。若かったし。若き日の過ちってやつだよ。だれだってあるだろ。
結局、なんか、親御さんがブチ切れちゃってさあ。それはそう。十代でモキセトアとか通ってたし。――うん、そう。賭場。最初は、たぶんあいつ、卒業したらディルゼー帰る気だったんだと思うけど。逃げるみたいにアウスリゼ国軍に入った。うん。なんかこう、まあ。逃げだ。しかたねえよ、勘当される手前だったみたいだし。
あいつの親父さんが、軍部に知り合いいたみたいで。大人版矯正院みたいな感じで。さすがに軍だから、きっちりしてたみたいだな。で、根っこが真っ直ぐだから、すーぐ感化されて、しばらくいい軍人さんやってたよ。エスクライムの社会人代表選手に推薦とかもされて。
たまに会ったら、真剣に俺に「俺の管理担当者にならねえか」って相談してきたり。まじで。俺も本気にして、エスクライム選手の補佐の仕方勉強したよ。こう、公式規定とか時間計測方法覚えたり。なんか記録の付け方とか、筋肉のほぐし方とかも勉強して。そういうの。
……一番たのしかったかもなあ、あのころが。なんか、将来に希望みたいのがあった。純粋に、明日はもっといい日になるって、思えてた。ガキなりに。
でもまあ。そうはならなかった。……ならなかったんだ。試験は受かったし、公式選手にもなるにはなったんだけど。だから、今でも昔の記録見たら載ってるよ。あいつの名前。――いろいろあったんだよ。うん。――俺は、あいつは悪くないって思ってる。誰が、なんと言おうと。
で、俺はしばらく親の脛から出汁取って生活して、ぷらぷらしてた。なんか。俺が、あいつの管理担当者じゃない職に就いたら、あいつ、エスクライムやめちまうんじゃないかとか、なんかそんなこと考えて。……いいだろ。そ、俺なりの友情ってやつだよ。……若かったよなあ。
ブリアックは――あいつたぶん、わかってたんだろうな。俺がそういうこと考えてるの。あるとき言ったんだよ。俺に「おまえもさっさと、定職就けよ。親御さん泣いてるぞ」ってね。どの口が言うってやつだよな! うはははは!
そのころには、オリヴィエが――あー、ブリアックの弟だけど。すぐ下の。あいつも、ルミエラに来てがっこ通ってた。
だからブリアックも、兄貴として思うところはあったんじゃないかな。選手じゃなくなっても、わりといい感じに折り目正しく生活してたよ。
俺も就職して。親の縁故を十分に利用させていただいて。美味しいよね、親の脛。
しばらく穏やかだったね。可もなく不可もなくな感じ。なんだけど、あー、いつだったかな。たぶん、俺らが二十一? 二十かな? どっちか。十九かも。なんかそこらへん。
そんときに、あいつらの叔父さんが死んじゃったのよ。冬に、外で酒呑んだくれて、そのまま寝ちゃって。
……自殺ってことになった。不審死だけど。どう考えても不審死だけど。でも、なんかそういうことになった。俺も葬式参加した。オリヴィエがねー、すごかったね、あんときは。
なんか、特別オリヴィエのこと目にかけてた叔父さんだったらしくて。だから、べつにブリアック自身はそんなに思い出なかったらしいけど。
オリヴィエっていうのは、こう、なんか俺とかブリアックとは違って、頭の切れるやつで。その叔父さんってのが財務省官僚で。なんか、自分みたく文官に育てたかったんじゃねえかな。――ああ、うん。そうだよ。オリヴィエ・ボーヴォワール。我が国の現最年少宰相様。
叔父さんの狙い通りになったよな。
その後になんだけど、オリヴィエが、ずーーーーーっと言ってたわけ。叔父さんは自殺なんかじゃねえ! って。
でも警察がそうやって幕引きしたわけじゃん? どうしようもないよな。そんな十五やそこらのお子ちゃまがなに言ったって、なにも覆らない。騒いだところで、白い目で見られるだけ。相手にされない。
それでもなんでか、オリヴィエが騒いでたことで、ブリアックの軍部内での肩身が狭くなったらしくて。……まあ、その理由はあとでわかったけど。
オリヴィエもさあ、荒れてたから。もしかしてブリアックみたいに、やんちゃ始めるかなーって思ったんだけど。そうじゃなくて、あいつは女に転んだ。コロッと。どこで知り合ったんだろな? ジゼルっていう女。
まあまあ、美人で。出るとこ出てるし、いい女ではあるんだけど。俺の好みじゃねえんだよな。
俺はこう、清楚な感じが好きでね。出るとこ出ていても、隠していて欲しいんだよ。それは俺だけが知っていたい、みたいな。……お、わかる? 兄さんも? ――だよなー! 隠してこその尻とおっぱいだよなー!
でさー。ちょっと聞いてほしいんだけど! すまん、さっきから聞いてくれてたわ。……あのさー、やっぱ血は争えないね! 兄弟で女の好みって似るんだね! なんと、ブリアックがさ、ジゼルに一目惚れしやがったの! うっはっはっはっはっは!
で、そっからは泥沼よ。そもそも、オリヴィエはまだ高校生で。そんなの引っ掛けるジゼルも大概な女だと思うが。略奪しやがった。ブリアックが。オリヴィエから、ジゼルを。
そんなこんながあってー。俺、オリヴィエとその一族に嫌われてんの。悲しーい。ブリアック煽ったと思われてる。俺じゃねえし。どっちかってーとブリュノだし。でもまあ、やめとけーとは言ったけど、真剣に止めもしなかったからな。
そもそも、好いた惚れたって、どうこうなるもんじゃないし。なんか、ジゼルも単純に鞍替えとかじゃなくて、ブリアックの熱意にあてられて、それなりに相思相愛って感じになったし。……まあ、まじで気の毒だよ。オリヴィエは。
――兄さん、酒足りてる? あー、なんか飲まない? 俺のおごり。なんか、こんな駄弁聞いてくれてさ。あんがとね。ちょっと冷静になったわ。
え? 続き? なんかたのしい? こんな、よく知らんやつの話。
しかも俺の家のことじゃない家庭の事情話しちゃったよ、俺。宰相様の黒歴史とか。どうしよう、消されるかな俺。ふはは!
――いやいやいや、いくないでしょ。ちょっと手洗い行ってくるわ。給仕に声かけとくから、なんか頼んで。あー、うん。俺のも。適当に、兄さんの感性で。強いやつひとつ。
信じられるか? ――死んだんだ、ブリアック。
病気だってよ。あの、風邪ひとつひかなかった体力バカが。なんだろうな、まだ信じられない。病気で死ぬなんて、そんな言葉あいつには似合わねえよ。まじで。
――俺たち、いつもここで集まってた。あのダイヤみたいに高いワイン……わかるか? あいつは妙に気取ってジゼルのグラスに注いで。ジゼルは『やめて、あふれる!』って笑いながら……ああ、懐かしいな。あれ、何年前だっけな。
――ああ、ごめん。なんか、ひとりで話してたな。
今の話? ……ブリアックってやつのことだよ。ブリアック・ボーヴォワール。俺の悪友。死んだんだ。病気で。墓見てきたから本当。あった。あったよ、墓。まじかよって感じ。
俺? 俺はノエル・ビュファンっていうんだ。がっこの事務職員。
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……いやまあ、そりゃ、そうだよ。でも聞きたいやつなんかいないだろ、男のめそめそ昔話なんて。……いやさっきしてたけど。
――うん、まあ。必要なんだろうとは思うよ。俺も。心の整理ってやつが。兄さんいい人だな。なんでわかるの。
あー、そっか、語ってたからね、俺。さっき。ひとりで。あいつなんで死んだーってね。恥っず。酔っ払い過ぎだろ。
でもさー、聞きたかないだろこんなん。死んだやつの思い出話。え、酒の肴? ……まあそうか。そんくらいにはなるか。
兄さんいい人だと思ったけど、それなりにいい性格してんね。嫌いじゃないよ。
……じゃあ、まあ、語るわ。酒の肴に。――なんか、そんな気分だ。
ブリアックとは、同じディルゼーの出身なんだ。そう、グラス侯爵領。雪が多い、山に囲まれた、空気が美味いとこ。でもまあ、そんなとこのわりに栄えてる。そりゃルミエラのが便利だけどな。こっちみたいに美術館がやっつもあったりはしねーし。ふたつだけだな。
でも秋の、いっぺんに山が紅葉したときとか、他じゃちょっと観られない感じですげえの。あとなー、水! どう考えても、水が美味い! 本気で! ルミエラはその点、ディルゼーにはひっくり返ってもかなわんよ。いいとこだよ。
なんかさ、グラス侯爵領じゃ、ちょっといい家の出だと、中学からルミエラで寮に入って学校通うのよ。なんかそういう文化なの。……あ、そう? 兄さんもそんな感じだった? そっか、どこの領でも似たようなもんなのかね。どこ出? ――フルツリーってどこだっけ。
あー、マディア公爵領の隣りか。じゃあやっぱオレンジ多いの? ――へえー、品種改良してんだ! 食べやすく小型化? えっ、兄さんそういう仕事なん? すげーじゃん。……学会発表の帰り? すげー! 先生じゃん! まじかよ、学者兄さんだな!
なんの話だっけ。あー、ブリアック。
そう、出身はいっしょだけど、小学生のときはべつに仲良かったわけじゃないの。お互い顔知ってたくらい。こっち来てから、やっぱ同郷ってことでつるむじゃん。それでなんか、馬が合ったんだろうな。あいつバカだし。俺も同じくらいバカだし。なんか小難しいこと言ってるやつのことわからんし。まあ、馬が合ったんだよ。
あっちは、エスクライムの選手になるんじゃないかってくらい、ちっちゃいころから剣技叩き込まれてたからさ。打ち込めることがあっていいなって思って見てたよ、俺は。――そう。ボーヴォワールだから。しかも嫡男だしな。いずれグラス侯爵様になる予定だった。
だからなんとなく、そういう夢っつーか、目標みたいのはあったんだと思う。エスクライムでいい選手になって、国代表になって、そのうち侯爵になる、みたいな。ガキだからな。ちょっとでかいこと考えたりするよ。ガキだから。
でもまー、なんつーか。あれだよ。素行ってやつで。年少者強化選手にはなれんかったの、結局。
――あれ。俺たち、戦後第一世代って言われてるやつなんだけど。
そうそう、『失われた世代』。終戦直後に中学生なったやつ。アウスリゼは戦地じゃなかったから、あんま実感なかったけど。俺らが小学生のときは、ずっと戦事中だったんだよな。俺の叔父さんとかも、帰って来なかった。
だからさー、なんかこう、けっこう厳しかったのよ。俺ら世代の教育って。なにせ、次代を背負う若者たちって立場じゃん? 兄さんどうだった?
――えっ、従軍してたの⁉ まじで⁉ うっわ、お務めお疲れさまでした! すげー、それで戻ってきてオレンジの先生してるの⁉ まじかよ、天才じゃねーか。天才兄さん!
あ、ごめん。話それた。うん。なれなかったの。選手。――試験も受けさせてもらえなかったんだよ。今よりずっと厳しかったからな、内申とか。競技エスクライムだしね。どうしたって、品行方正が求められるんだよ。
それに、ほら、戦勝国ではあるけど、今よりずっと景気悪かったし。戦争の正当性については、俺は意見する立場にねーけど。どうにか国をあげて清く正しく前向きにーみたいな、空気感あったじゃん。あのころ。でしょ? その波に乗れなかった俺らみたのは、落第生なの。
……残念だったね。めちゃくちゃ。荒れてたね、あいつ。俺でさえ悔しかったからね。当然だよ。
それでさー、ちょっとやんちゃが過ぎちゃって。矯正院入れられちゃったのよ、ブリアック。十六のときに。半年だけど。たぶん、親御さんの意向だったんじゃないかな。保護的な意味で。
俺は、矯正院はやり過ぎだと思ったよ。やんちゃではあったけど、今じゃぜったいそこまで問題にならないようなことだよ。なにやったかは言わんけど。まあ、やんちゃだよ。
でも、時代が時代で、なにもかも厳しくて、あいつはいい家の嫡男だ。俺なんかの擁護の声が届くわけもないし。
あいつが気の毒過ぎて、らしくもなく手紙とか書いたよ。あいつも、らしくもなく返事寄越した。ウケた。二回くらいやり取りしたかな。
そして、まあ。出てきた。良くも悪くもってやつ? うん。あいつが入院して、出てきて、良かったことも、悪かったこともあった。
良かったこと。なんか、たくさんダチ作って出てきた。
悪かったこと。そいつら全員札付きだった。
まあ、たのしいやつらだよ。今でも連絡取ってるやついるし、俺。――うん、まあまあ更正したやつ。連絡取れないやつは……あー、あれだ。まあ、だいたい刑務所ん中だ。それか死んでる。たぶん。
あいつ……ブリアックはさ。根っこが真っ直ぐなの。なんか、真っ直ぐ過ぎてバカなの。だから、思い込むと一直線なところあって。
すーぐ、感化されっちまった。まあ俺もだけど。若かったし。若き日の過ちってやつだよ。だれだってあるだろ。
結局、なんか、親御さんがブチ切れちゃってさあ。それはそう。十代でモキセトアとか通ってたし。――うん、そう。賭場。最初は、たぶんあいつ、卒業したらディルゼー帰る気だったんだと思うけど。逃げるみたいにアウスリゼ国軍に入った。うん。なんかこう、まあ。逃げだ。しかたねえよ、勘当される手前だったみたいだし。
あいつの親父さんが、軍部に知り合いいたみたいで。大人版矯正院みたいな感じで。さすがに軍だから、きっちりしてたみたいだな。で、根っこが真っ直ぐだから、すーぐ感化されて、しばらくいい軍人さんやってたよ。エスクライムの社会人代表選手に推薦とかもされて。
たまに会ったら、真剣に俺に「俺の管理担当者にならねえか」って相談してきたり。まじで。俺も本気にして、エスクライム選手の補佐の仕方勉強したよ。こう、公式規定とか時間計測方法覚えたり。なんか記録の付け方とか、筋肉のほぐし方とかも勉強して。そういうの。
……一番たのしかったかもなあ、あのころが。なんか、将来に希望みたいのがあった。純粋に、明日はもっといい日になるって、思えてた。ガキなりに。
でもまあ。そうはならなかった。……ならなかったんだ。試験は受かったし、公式選手にもなるにはなったんだけど。だから、今でも昔の記録見たら載ってるよ。あいつの名前。――いろいろあったんだよ。うん。――俺は、あいつは悪くないって思ってる。誰が、なんと言おうと。
で、俺はしばらく親の脛から出汁取って生活して、ぷらぷらしてた。なんか。俺が、あいつの管理担当者じゃない職に就いたら、あいつ、エスクライムやめちまうんじゃないかとか、なんかそんなこと考えて。……いいだろ。そ、俺なりの友情ってやつだよ。……若かったよなあ。
ブリアックは――あいつたぶん、わかってたんだろうな。俺がそういうこと考えてるの。あるとき言ったんだよ。俺に「おまえもさっさと、定職就けよ。親御さん泣いてるぞ」ってね。どの口が言うってやつだよな! うはははは!
そのころには、オリヴィエが――あー、ブリアックの弟だけど。すぐ下の。あいつも、ルミエラに来てがっこ通ってた。
だからブリアックも、兄貴として思うところはあったんじゃないかな。選手じゃなくなっても、わりといい感じに折り目正しく生活してたよ。
俺も就職して。親の縁故を十分に利用させていただいて。美味しいよね、親の脛。
しばらく穏やかだったね。可もなく不可もなくな感じ。なんだけど、あー、いつだったかな。たぶん、俺らが二十一? 二十かな? どっちか。十九かも。なんかそこらへん。
そんときに、あいつらの叔父さんが死んじゃったのよ。冬に、外で酒呑んだくれて、そのまま寝ちゃって。
……自殺ってことになった。不審死だけど。どう考えても不審死だけど。でも、なんかそういうことになった。俺も葬式参加した。オリヴィエがねー、すごかったね、あんときは。
なんか、特別オリヴィエのこと目にかけてた叔父さんだったらしくて。だから、べつにブリアック自身はそんなに思い出なかったらしいけど。
オリヴィエっていうのは、こう、なんか俺とかブリアックとは違って、頭の切れるやつで。その叔父さんってのが財務省官僚で。なんか、自分みたく文官に育てたかったんじゃねえかな。――ああ、うん。そうだよ。オリヴィエ・ボーヴォワール。我が国の現最年少宰相様。
叔父さんの狙い通りになったよな。
その後になんだけど、オリヴィエが、ずーーーーーっと言ってたわけ。叔父さんは自殺なんかじゃねえ! って。
でも警察がそうやって幕引きしたわけじゃん? どうしようもないよな。そんな十五やそこらのお子ちゃまがなに言ったって、なにも覆らない。騒いだところで、白い目で見られるだけ。相手にされない。
それでもなんでか、オリヴィエが騒いでたことで、ブリアックの軍部内での肩身が狭くなったらしくて。……まあ、その理由はあとでわかったけど。
オリヴィエもさあ、荒れてたから。もしかしてブリアックみたいに、やんちゃ始めるかなーって思ったんだけど。そうじゃなくて、あいつは女に転んだ。コロッと。どこで知り合ったんだろな? ジゼルっていう女。
まあまあ、美人で。出るとこ出てるし、いい女ではあるんだけど。俺の好みじゃねえんだよな。
俺はこう、清楚な感じが好きでね。出るとこ出ていても、隠していて欲しいんだよ。それは俺だけが知っていたい、みたいな。……お、わかる? 兄さんも? ――だよなー! 隠してこその尻とおっぱいだよなー!
でさー。ちょっと聞いてほしいんだけど! すまん、さっきから聞いてくれてたわ。……あのさー、やっぱ血は争えないね! 兄弟で女の好みって似るんだね! なんと、ブリアックがさ、ジゼルに一目惚れしやがったの! うっはっはっはっはっは!
で、そっからは泥沼よ。そもそも、オリヴィエはまだ高校生で。そんなの引っ掛けるジゼルも大概な女だと思うが。略奪しやがった。ブリアックが。オリヴィエから、ジゼルを。
そんなこんながあってー。俺、オリヴィエとその一族に嫌われてんの。悲しーい。ブリアック煽ったと思われてる。俺じゃねえし。どっちかってーとブリュノだし。でもまあ、やめとけーとは言ったけど、真剣に止めもしなかったからな。
そもそも、好いた惚れたって、どうこうなるもんじゃないし。なんか、ジゼルも単純に鞍替えとかじゃなくて、ブリアックの熱意にあてられて、それなりに相思相愛って感じになったし。……まあ、まじで気の毒だよ。オリヴィエは。
――兄さん、酒足りてる? あー、なんか飲まない? 俺のおごり。なんか、こんな駄弁聞いてくれてさ。あんがとね。ちょっと冷静になったわ。
え? 続き? なんかたのしい? こんな、よく知らんやつの話。
しかも俺の家のことじゃない家庭の事情話しちゃったよ、俺。宰相様の黒歴史とか。どうしよう、消されるかな俺。ふはは!
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