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あのマスターさ、俺らがこの店に通い始めたころには、まだ新人だったの。お互いイキったガキで、キレイな酒の飲み方なんてもんも知らんかった。十五年くらい前からかな。……まあまあ、年齢の誤差は御愛嬌。
最初は、ヤロウ仲間だけで飲んでたんだけど。何年かしてから、ブリアックがジゼルも連れて来るようになった。なんかさ、たぶんあいつも不安だったんだと思う。いくら想い合うようになったからって、元は自分の弟の女なわけじゃん? だから周囲へ見せつける目的だな。自分たちがイチャイチャしてるところ。実際さ、ジゼルって見栄えがする女なのよ。昔から。
でさ、あのマスター全方位に愛想いいわけ。給仕係のときから。ジゼルがそれなりに気に入って。けっこう声かけたりなんなりしてたのよ。まあ、ブリアックはおもしろくないわなあ。
一度思いっきり絡みに行って。つかみ合いの怒鳴り合いになった。あの、真ん中あたりで。こっちも殴られそうな勢いだから止めるに止められんくてね。それでさあ、あのマスターが言ったのよ。
「あんたにベタ惚れだってわかってる女に手を出すわけがないでしょう、自覚ナシかよこの幸せ者が」
……て。いやあ、てきめんだったね。
事実そうだったんだけどな。俺ら仲間内から言われるより、外からの評価のが信憑性あったんだろ。コロッと態度変わって。もう来ねーぞとか言ってたのウソみたいに、入り浸るようになった。毎度一杯おごって。
そのうち、つるんでた他のやつらはいろんな理由で欠けて行ったけど、俺とブリアックとジゼルは、ここが定位置になった。なんか、あんたらはそこでいいでしょうって。来るとも言ってないのに予約札置いてあって。
……数年前からブリアックなしで来ることはあったんだけどな。やっぱ三人がちょうどいいなって、ジゼルとなんか言ったりしてた。じゃあ、もう一人だれか居ればいいのかって言うとそうでもない。なんか違う。
早く帰って来ればいいよなって話してた。なんかでかい仕事してくるらしいから、そんときは貸し切りでもして祝うかって。
なんかさ、ブリアックから「マディア行く」って聞いたのもここなのよ。ジゼルがなんか、席立ってるとき。なんでって聞いて。そしたら、なんかどっか見るような目で「やるべきことをやって来る」って言うのよ、あいつ。
なんだよそれって。なんか、そんな真剣な感じ、エスクライムの件で「俺の管理担当者にならねえか」って俺に言ったときみたいで。そんでさー。それと同じノリで俺に言ったわけよ。俺の目見て。
「もしものときは、ジゼルのこと、おまえに頼めるか」
……ってさ。ガチで。真剣に。
俺、びびって。まじでびびって。
もしもってなんだよって。詰めて聞いた。まあ、軍隊所属なんだから、命張るようなことも、可能性としてあるのはわかってた。しかもさ、あいつ強いし。元エスクライムの代表選手だし。なんか、そういう、戦争みたいなことがあれば、前線行かされるのは当然だと思った。まじかよって。
戦後第一世代としては考えたくない可能性だったねー。でも、ちょうど王太子とマディア公爵が睨み合い始めたとこで、その段階でブリアックには、俺ら一般人が知らない情報入ってたんだと思う。怖くてさ。あ、こいつ、戦争行くのかなって。また戦争になるのかなって。
……俺さー、なんか、こう、問題に向き合うの、得意じゃないのよ。今も。だから、笑いにごまかしちまった。ジゼルなんか俺の手に負えるわけないだろ、あんなじゃじゃ馬乗りこなせるのはおまえくらいだって。それに、ぜんぜん俺の好みじゃねーよって。焦って。早口で。
ブリアックは、笑ってた。俺も、なんとか笑って。
それきり、なにも言わなかった。
……そしたら、まじであいつマディア行って、しかも一年くらいして、まじで開戦して。まじで怖かったね、あのときは。本当に。
でも、戦闘ないまま停戦、そして終戦した。ほっとして。
あー、じゃあ、そろそろ帰って来るかなーとか、事後処理とか時間かかるのかなーとか。でも、ジゼルと飲みながら、お疲れさま会するかーって言って。
……帰って来なかったんだよ、あいつ。戦争関係なく。新聞広告に出てて。職場の昼休みにそれ見て。病死とか。ブリアックだぞ? まじで、みんな風邪引きで咳き込んでる中、ひとりでケロッとしてるやつだぞ? 信じられんくて……てゆーか、グラス侯爵家の金かけた冗談だろって思って。
でもさ、すぐジゼルのとこに人をやって。そしたらあいつ、なんか知ってたみたいで。ブリアックが死んだって。まじかよって。
他にもさ、何人かに声かけて、グラス領飛んで。まじで哀悼期間入ってた。しかも、領主家の息子だからさ。ディルゼー駅からもう、哀悼章下げてんのよ。
びびって。まじでびびって。信じられんくて。
棺見るまで俺は信じねーぞって思った。でも、もう埋葬済みだって言うんだぜ? なんでだよ。俺らには、最後のあいさつもさせてくんねーのかよ。嫌われてるのは知ってたけどさ。悪友だし。
……でさ、哀悼餐のもてなし人が、オリヴィエの婚約者だったのよ。女主人として。それでさ、あー、まじかーって。
嫡男が、オリヴィエになったって、これ以上のない周知の仕方だよね。びびってさ。ちょっと、婚約者ちゃんにいじわるいこと言っちまったな。
……兄さん、飲んでる? そう。食べてる? ……そう。
あのさー。だれにも言ったことないんだけど。ジゼルにも。もしかしたら、あいつも思ってたかもしれないけど。でも、言ったら事実になっちまうかもしれないなって、言えなかったんだけど。
言ってみてもいい? 兄さん口固そうだし。……うん。そう。吐き出したい。ごめん。……ありがとう。
ああ、ため息出んな。言っていいかな。……小声ならいいかな。
……あいつ……ブリアック。……自殺だったんじゃねえかな。
……あいつさー、バカで。すげーバカで。俺くらいバカなのに、でも、俺ほどひねてないんだよ。なんか、真っ直ぐなの。なんでなんだよ。育ちの違いか? たぶんそうだな。
一途なんだよ。すげー一途なの。だから、ジゼルのこともすげー大事にしてた。
あいつさ、エスクライム大好きで。選手辞めさせられても、続けて。
あー、なんかごめん、話がこんがらがってる。酔ってるな俺。でも酔ってなきゃできないよな、こんな話。
さっき、あいつの叔父さんが死んだ話した? したよね。――そう。自殺って言われて片付けられたやつ。……あれさー、結局他殺だったの。軍部の上の人が公金使い込んで、それを嗅ぎつけたあいつらの叔父さんを、自殺に見せかけてさくっと殺っちゃったの。それを、オリヴィエが暴いてさ。すげー話題になったから、知ってるでしょ? ――そう。その功績で宰相になったの、オリヴィエは。
……じつはさ。叔父さんとオリヴィエが、軍部のこと嗅ぎ回って。そのしわ寄せって言うか、腹いせで、ブリアックが肩身狭い思いしてたの。
エスクライムの選手辞めさせられたのも、その流れ。
――ああ、知らねえと思うよ、オリヴィエは。俺も、言う気はない。本人がなにも言わなかったこと、俺が告げる資格なんかない。
なんかさー、戦争になったら。一旗揚げられるとか、なんか、そんなこと考えたんかなーって。そんな単純な話じゃないかもしれんけど。たぶん、あいつはあいつなりに、なんか違うこと考えたのかもしれんけど。
……あいつはさ、行き場がなかったんだよ。実家帰るのが一番丸かっただろうけど。惚れた女は実家に毛嫌いされていて、連れて行ける状況じゃなかっただろうし。マディアの内戦で功績上げて、それで結婚して、どうだ! って示したかったのかなって。……いや、ただの俺の想像だし、本人はもっと違うこと考えてただろうけど。
でもさ、なんか。そうなのかなって思っちまうんだ。戦争に行くかもしれないって、小さいころから育てられて。行かなくて。ずっとやってきたエスクライムからも引き離されて。なんか、わかるんだよ。俺ら、どこまで行っても『失われた世代』なんだ。なんか、空いてんの。どっかかんか、空しいの。
……わすれられねえんだよ、ブリアックの目が。あの、真剣な紫の、真っ直ぐな目が。
あいつ言ったんだよ……「もしものときは、ジゼルのこと、おまえに頼めるか」って。もしものときってなんだよ。……もしものときってなんだよ。だれが頼まれてやるかよ、ふざけんなよ。
……わかるかな、兄さん。あいつ、いつもここで飲んでたんだ。俺の隣り。ここに立ってた。その隣りにはジゼルが居た。そういうもんだった。俺ら、そういうもんだったんだよ。
――ああ、マスター。ありがと。……兄さん、食べてよ。クーペ・ピザだ。ブリアックが好きだった。美味いから。
なあ、マスター。覚えてるよな。ブリアックがあんたにいっつも作らせて、まずいって言って、そのくせ毎回たのんで。
――そうだろ? それで上手くなったんだ。マスター、あいつはあんたの恩人だよ。……だろ? 美味いって言うようになったよな。あれいつからだっけな。
なあ、飲んでくれよ。マスターも、兄さんも。
今日さ、記念日なんだ。だからいっしょに飲んでくれよ。
――うん。うん。記念日なんだ。覚えてたらさ、また来てよ、兄さん。
俺はここに居るから。きっと、ずっと。ひとりでさ、飲んでる。この六番テーブルで。
左っ側は空けとくんだ。……あいつの位置だから。あいつのための場所だから。
泣けるな。泣けるよ。あいつさ、死んだんだよ。マスター、あいつ死んだんだよ。――言ったよな。うん、言った。
ずっと俺、後悔し続けんのかな。あんとき、なんでごまかしたんだろうって。なんでもっと、どういう意味か問い詰めなかったんだろうかって。そしたら、あいつまだ生きてたかもしれん。なあ、あいつ言ったんだよ。もしものときって。もしもってなんだ? なあ、もしもってなんだ?
だから、記念日なの。今日。あいつと、ジゼルと。最後に三人で飲んだ日。
最高に、俺がバカだった日。――飲んでよ。兄さん。マスター。
最初は、ヤロウ仲間だけで飲んでたんだけど。何年かしてから、ブリアックがジゼルも連れて来るようになった。なんかさ、たぶんあいつも不安だったんだと思う。いくら想い合うようになったからって、元は自分の弟の女なわけじゃん? だから周囲へ見せつける目的だな。自分たちがイチャイチャしてるところ。実際さ、ジゼルって見栄えがする女なのよ。昔から。
でさ、あのマスター全方位に愛想いいわけ。給仕係のときから。ジゼルがそれなりに気に入って。けっこう声かけたりなんなりしてたのよ。まあ、ブリアックはおもしろくないわなあ。
一度思いっきり絡みに行って。つかみ合いの怒鳴り合いになった。あの、真ん中あたりで。こっちも殴られそうな勢いだから止めるに止められんくてね。それでさあ、あのマスターが言ったのよ。
「あんたにベタ惚れだってわかってる女に手を出すわけがないでしょう、自覚ナシかよこの幸せ者が」
……て。いやあ、てきめんだったね。
事実そうだったんだけどな。俺ら仲間内から言われるより、外からの評価のが信憑性あったんだろ。コロッと態度変わって。もう来ねーぞとか言ってたのウソみたいに、入り浸るようになった。毎度一杯おごって。
そのうち、つるんでた他のやつらはいろんな理由で欠けて行ったけど、俺とブリアックとジゼルは、ここが定位置になった。なんか、あんたらはそこでいいでしょうって。来るとも言ってないのに予約札置いてあって。
……数年前からブリアックなしで来ることはあったんだけどな。やっぱ三人がちょうどいいなって、ジゼルとなんか言ったりしてた。じゃあ、もう一人だれか居ればいいのかって言うとそうでもない。なんか違う。
早く帰って来ればいいよなって話してた。なんかでかい仕事してくるらしいから、そんときは貸し切りでもして祝うかって。
なんかさ、ブリアックから「マディア行く」って聞いたのもここなのよ。ジゼルがなんか、席立ってるとき。なんでって聞いて。そしたら、なんかどっか見るような目で「やるべきことをやって来る」って言うのよ、あいつ。
なんだよそれって。なんか、そんな真剣な感じ、エスクライムの件で「俺の管理担当者にならねえか」って俺に言ったときみたいで。そんでさー。それと同じノリで俺に言ったわけよ。俺の目見て。
「もしものときは、ジゼルのこと、おまえに頼めるか」
……ってさ。ガチで。真剣に。
俺、びびって。まじでびびって。
もしもってなんだよって。詰めて聞いた。まあ、軍隊所属なんだから、命張るようなことも、可能性としてあるのはわかってた。しかもさ、あいつ強いし。元エスクライムの代表選手だし。なんか、そういう、戦争みたいなことがあれば、前線行かされるのは当然だと思った。まじかよって。
戦後第一世代としては考えたくない可能性だったねー。でも、ちょうど王太子とマディア公爵が睨み合い始めたとこで、その段階でブリアックには、俺ら一般人が知らない情報入ってたんだと思う。怖くてさ。あ、こいつ、戦争行くのかなって。また戦争になるのかなって。
……俺さー、なんか、こう、問題に向き合うの、得意じゃないのよ。今も。だから、笑いにごまかしちまった。ジゼルなんか俺の手に負えるわけないだろ、あんなじゃじゃ馬乗りこなせるのはおまえくらいだって。それに、ぜんぜん俺の好みじゃねーよって。焦って。早口で。
ブリアックは、笑ってた。俺も、なんとか笑って。
それきり、なにも言わなかった。
……そしたら、まじであいつマディア行って、しかも一年くらいして、まじで開戦して。まじで怖かったね、あのときは。本当に。
でも、戦闘ないまま停戦、そして終戦した。ほっとして。
あー、じゃあ、そろそろ帰って来るかなーとか、事後処理とか時間かかるのかなーとか。でも、ジゼルと飲みながら、お疲れさま会するかーって言って。
……帰って来なかったんだよ、あいつ。戦争関係なく。新聞広告に出てて。職場の昼休みにそれ見て。病死とか。ブリアックだぞ? まじで、みんな風邪引きで咳き込んでる中、ひとりでケロッとしてるやつだぞ? 信じられんくて……てゆーか、グラス侯爵家の金かけた冗談だろって思って。
でもさ、すぐジゼルのとこに人をやって。そしたらあいつ、なんか知ってたみたいで。ブリアックが死んだって。まじかよって。
他にもさ、何人かに声かけて、グラス領飛んで。まじで哀悼期間入ってた。しかも、領主家の息子だからさ。ディルゼー駅からもう、哀悼章下げてんのよ。
びびって。まじでびびって。信じられんくて。
棺見るまで俺は信じねーぞって思った。でも、もう埋葬済みだって言うんだぜ? なんでだよ。俺らには、最後のあいさつもさせてくんねーのかよ。嫌われてるのは知ってたけどさ。悪友だし。
……でさ、哀悼餐のもてなし人が、オリヴィエの婚約者だったのよ。女主人として。それでさ、あー、まじかーって。
嫡男が、オリヴィエになったって、これ以上のない周知の仕方だよね。びびってさ。ちょっと、婚約者ちゃんにいじわるいこと言っちまったな。
……兄さん、飲んでる? そう。食べてる? ……そう。
あのさー。だれにも言ったことないんだけど。ジゼルにも。もしかしたら、あいつも思ってたかもしれないけど。でも、言ったら事実になっちまうかもしれないなって、言えなかったんだけど。
言ってみてもいい? 兄さん口固そうだし。……うん。そう。吐き出したい。ごめん。……ありがとう。
ああ、ため息出んな。言っていいかな。……小声ならいいかな。
……あいつ……ブリアック。……自殺だったんじゃねえかな。
……あいつさー、バカで。すげーバカで。俺くらいバカなのに、でも、俺ほどひねてないんだよ。なんか、真っ直ぐなの。なんでなんだよ。育ちの違いか? たぶんそうだな。
一途なんだよ。すげー一途なの。だから、ジゼルのこともすげー大事にしてた。
あいつさ、エスクライム大好きで。選手辞めさせられても、続けて。
あー、なんかごめん、話がこんがらがってる。酔ってるな俺。でも酔ってなきゃできないよな、こんな話。
さっき、あいつの叔父さんが死んだ話した? したよね。――そう。自殺って言われて片付けられたやつ。……あれさー、結局他殺だったの。軍部の上の人が公金使い込んで、それを嗅ぎつけたあいつらの叔父さんを、自殺に見せかけてさくっと殺っちゃったの。それを、オリヴィエが暴いてさ。すげー話題になったから、知ってるでしょ? ――そう。その功績で宰相になったの、オリヴィエは。
……じつはさ。叔父さんとオリヴィエが、軍部のこと嗅ぎ回って。そのしわ寄せって言うか、腹いせで、ブリアックが肩身狭い思いしてたの。
エスクライムの選手辞めさせられたのも、その流れ。
――ああ、知らねえと思うよ、オリヴィエは。俺も、言う気はない。本人がなにも言わなかったこと、俺が告げる資格なんかない。
なんかさー、戦争になったら。一旗揚げられるとか、なんか、そんなこと考えたんかなーって。そんな単純な話じゃないかもしれんけど。たぶん、あいつはあいつなりに、なんか違うこと考えたのかもしれんけど。
……あいつはさ、行き場がなかったんだよ。実家帰るのが一番丸かっただろうけど。惚れた女は実家に毛嫌いされていて、連れて行ける状況じゃなかっただろうし。マディアの内戦で功績上げて、それで結婚して、どうだ! って示したかったのかなって。……いや、ただの俺の想像だし、本人はもっと違うこと考えてただろうけど。
でもさ、なんか。そうなのかなって思っちまうんだ。戦争に行くかもしれないって、小さいころから育てられて。行かなくて。ずっとやってきたエスクライムからも引き離されて。なんか、わかるんだよ。俺ら、どこまで行っても『失われた世代』なんだ。なんか、空いてんの。どっかかんか、空しいの。
……わすれられねえんだよ、ブリアックの目が。あの、真剣な紫の、真っ直ぐな目が。
あいつ言ったんだよ……「もしものときは、ジゼルのこと、おまえに頼めるか」って。もしものときってなんだよ。……もしものときってなんだよ。だれが頼まれてやるかよ、ふざけんなよ。
……わかるかな、兄さん。あいつ、いつもここで飲んでたんだ。俺の隣り。ここに立ってた。その隣りにはジゼルが居た。そういうもんだった。俺ら、そういうもんだったんだよ。
――ああ、マスター。ありがと。……兄さん、食べてよ。クーペ・ピザだ。ブリアックが好きだった。美味いから。
なあ、マスター。覚えてるよな。ブリアックがあんたにいっつも作らせて、まずいって言って、そのくせ毎回たのんで。
――そうだろ? それで上手くなったんだ。マスター、あいつはあんたの恩人だよ。……だろ? 美味いって言うようになったよな。あれいつからだっけな。
なあ、飲んでくれよ。マスターも、兄さんも。
今日さ、記念日なんだ。だからいっしょに飲んでくれよ。
――うん。うん。記念日なんだ。覚えてたらさ、また来てよ、兄さん。
俺はここに居るから。きっと、ずっと。ひとりでさ、飲んでる。この六番テーブルで。
左っ側は空けとくんだ。……あいつの位置だから。あいつのための場所だから。
泣けるな。泣けるよ。あいつさ、死んだんだよ。マスター、あいつ死んだんだよ。――言ったよな。うん、言った。
ずっと俺、後悔し続けんのかな。あんとき、なんでごまかしたんだろうって。なんでもっと、どういう意味か問い詰めなかったんだろうかって。そしたら、あいつまだ生きてたかもしれん。なあ、あいつ言ったんだよ。もしものときって。もしもってなんだ? なあ、もしもってなんだ?
だから、記念日なの。今日。あいつと、ジゼルと。最後に三人で飲んだ日。
最高に、俺がバカだった日。――飲んでよ。兄さん。マスター。
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完結おめでとうございます。
人間の葛藤を文字にすると、こんな感じなのかも…と思いながら 心を寄せて読んでいくうちに、どこに出口があって どんなきっかけで浮上していくのだろうか?と気になり、先を楽しみに拝読しておりました。
私にも「もっと やれる事があったかもしれないのに」と後悔する相手が存在しましたので、物語の中とは言え、テオフィルがキチンと制服を着ることが出来て、それを見たレヴィ先生が 指輪を手放す事が出来た事は とても嬉しかったです。
私も テオフィルの未来がどんなものかとても楽しみで、まるで 若者に未来を託す熟年(壮年?老年?w)の気分を味わいました。
悩みは深かったですが、手探りでも前向きになっていき、いろんな事にぶつかっていっても 成長を感じさせ、未来を向いたテオフィルの物語を読み終わった時、とても清々しい気持ちになりました。
レヴィ先生の語る 院長先生の言葉も印象的ですね。そうだなぁ…と沁みわたります。
大人は、なかなか想いを昇華出来ないんでしょうかね。ノエルさんの「左っ側は空けとくんだ。あいつの位置だから…」という処、目の奥が熱くなり、
ジゼルさんの「やあねえ。ぴったりだわ。」の言葉と共に、ブリアックは愛されていたんだなぁ…とジワッと来ます。
ジゼルさんもノエルさんも、時間薬が必要なのでしょうね。
ソノコの物語も面白かったですが、今作品もとても印象深く、面白かったです。素晴らしい物語をありがとうございました。
こちらも最後までおつきあいくださり、本当にありがとうございます。
書いてあげられたことにほっとした作品でした。
ブリアックのことをあのまま宙ぶらりんにしたくなかったですし、テオフィルが抱えている気持ちをしっかり整理させたかった。
わりと短期間で、気合いを入れて書き上げました。
レヴィのこともずっと書きたかったです。こういう形でケリを着けられて本当によかった。
院長先生の言葉は、過去にわたしが本当に言われたことでして。
当時は若すぎて意味がわかりませんでしたが、今は指針になっている言葉です。
ノエルもジゼルも、内心にいろいろな葛藤があったことを、少しでも書けてよかった。
二人は二人で、いい年した大人なりの右往左往をして、成長して行くんだと思います。
いろいろな方面から心を寄せていただき感謝です。
読んでいただきありがとうございます。
彼らはこれからも、必死にあがいて生きて行くと思います。
違う側面を書く機会を持てたら、ぜひまた見守っていただければと幸甚です。
ソノコ目線では語れなかったいろいろなことを、今話で語れて本当によかったと思っています。
ブリアックも、ジゼルも、ノエルも、それぞれの立ち位置からそれぞれの目線で物事を見て、生きていたので、
それを書けたのはわたしにとっても幸せでした。
かなり長い読み返しをしていただけたとのこと、ありがとうございます!
直したいところは多々あれども、わたしにとって思い入れの深い物語なのでありがたいです。
胸に関しては、オリヴィエはソノコ自身から確定的ななにかを聞いていないので、
「自分から切り出したら気にしていることにならないか?」
的ななにかで言えていないですね……たぶんしばらくこの状態だと思います……。
今話が転換点なのは間違いないです。わたし自身、指輪をどうすべきなのか、テオと一緒に本当に悩みました。
感想ありがとうございます。もうちょっと続きますが、よろしければお付き合いください。
いつも感想感謝しております。
こんにちは。全話の告知を拝見して参りました。美ショタから美少年に変化してのご登場ですね。
クラヴァットの下の痕を想像してから、首元を締めるのが苦しくなったんでしょうか……
テオフィルとオリヴィエの話は有っても、テオフィルとブリアックの話は無かったので、こんな深刻な思いを抱えるとは考えもしませんでした。
これからの展開がどうなるのか、
更新を楽しみにお待ちしております。
覚えていてくださって、こちらまで来てくださってうれしいです、ありがとうございます!
わたしなりにテオのことは、ずっと気にかかっていたので、今回書けて本当によかったです。
ソノコの話のように笑い成分多めにはならないのですが、よろしければ最後まで見届けていただけるとうれしいです。
毎日数話投稿しますので、お時間あるときにでもお立ち寄りいただけると幸甚です。