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王都ルミエラ編

6話 邂逅は突然に

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 くっるーんと手のひらを返されました。わかりやすくていいですね。商売人は嫌いじゃないです。お名刺いただきました。ガエタン・レスコーさんです。これ、集めてコンプしたら(ry。
 大金なので今は持ち合わせから二カ月分だけ払いますね、とポシェットから出します。財布も買わなきゃだめですね。とりあえず、ラ・リバティ社の方たちがいいって言ってくれた地域の物件のうち、女性が単身で住めるところを三箇所見せていただくことになりました。

「はい、ここに決めます」
「早っ」

 エンタメはテンポが大事ですからね。ええ。雑貨店が入っているビルの二階部分で、人通りが多く見通しも良くていい感じです。お隣さんは若いご夫婦だそうで。いいんじゃないでしょうか。
 しかも群馬のわたしの2DKのマンション(3.4万円)より採光が良くて、仕切りがないワンルームなので広く見えます。たぶん十二帖くらい。お手洗いは共用とのことですが、たぶんそんなものだと思うのでしかたがありません。洗面所っぽいキッチンはあります。ストーブを兼ねた石窯もあります。そして前の住人さんが置いていった文机と椅子がありました。ぎーって開けるやつです。かっこいい。

 ちょっとだけ、群馬の生活のことを考えてしまいました。仕事はサボったことになっていると思います。初めてのことなのでちょっと騒ぎになっているかもしれません。帰っても菓子折りでは済まなさそうです。それともわたしが消えてもなにも問題はなくて、誰も心配しないでしょうか。そんな気もします。
 ただ、あのマンションを借りるに当たって保証人になってくれた友人に迷惑がかかりそうなのが気がかりです。合い鍵を渡しているので、わたしが消えたことに気づくのはきっと彼女なんでしょう。いつ帰れるでしょうか。いい友だちじゃなくてごめん。

 即日入居でお願いしました。金払いが良さそうな客に見えたのでしょう、二つ返事でした。お布団とかなにもないですけど、とりあえず安心して横になれる場所があれば上々です。明日残りの前金お持ちしますね、と約束して、鍵を受け取り契約書にサイン。
 なぜかこちらの言語がわかるわたしですが(書けることもわかりました)、異国から来た人っぽく英語でサインしました。かっこいいので中学時代に筆記体を練習しましたのでそれっぽく。めちゃくちゃ手元見られましたね。読めてなさそう。念のために拇印も求められました。指紋認証の概念があるんですね、グレⅡ世界‼
 
 ひとまず、一階にある雑貨店へご挨拶がてら買い物に行ってみました。まさかグレⅡやりこんだ経験がいろいろな小売価格を把握するのに役立つとは思いませんでしたが、これまでの売買でぼられたことはありません。
 雑貨屋さんは食料品も少しだけ扱っているみたいで、とても助かる感じでした。レジのお兄さんへ上に引っ越してきました、と会計時にご挨拶すると、目を真ん丸にしてしげしげと見られました。すみませんロードス島の血が薄くて。

 買ったのはお財布と晩ごはんにするビスケット、名刺入れになりそうなケースとブランケット、タオルっぽいものとハンカチそれぞれ二枚。クッションもひとつ。そしてご近所とアウスリゼ全体の地図ですね! それと筆記具一式を買いました。カーテンはありますか、とお尋ねしたら、カタログを出してくれてオーダー生産だって言われました。上の部屋のは寸法わかるのですぐ作れるとのことだったので、群馬の部屋と同じペールグリーンにしました。後払いでいいそうです。
 今後のことと、これまでのことを考えて、がらんとした部屋でちょっと泣いて寝ました。

 おはようございます。朝です。エンタメはテンポが(ry。お腹が空きました。朝ごはん調達しがてら、散策などしたいと思います。お隣さんにご挨拶する用意も必要ですし。
 なにはともあれやりこんだゲームの世界というのは強いですね。地図を確認して、行ってみたいところの名前と住所をメモしました。カフェと、公園と、ちょっと大きい百貨店みたいなお店と、アウスリゼを巡る蒸気バスの停車場です。すごいでしょ、グレⅡの世界には蒸気バスがあるんですよ。機関車はないのに‼
 それと、女性警察官エメリーヌさん(かっこいい)に教えていただいた古着屋さんの場所と、ラ・リバティ社と、不動産屋さんの住所を確認してメモしました。午後に全部回ります。どうだろう、同じ区内だから行けると思うんだけどなー。公衆浴場の場所も確認。寄れたら行きたい。今日は無理そう。

 顔を洗うために水道の蛇口をひねりました。当然ながら最初は汚い水が出て、これを飲用に使っていいものか悩んで、結局飲みませんでした。こもっていたらメソメソしそうな予感があったので、調べ終えたらすぐに外に出ます。

 快晴‼ いいですね。あんまり暑くならないでいただけるとありがたいですが。

 コンビニとかありませんので、さすがにすぐに朝食ゲットとかはできませんでした。その代わり街行く人たちをたくさん観察できてたのしかったです。わたしが見ていると街の人も視線を返してきます。すみませんロードス島の血が薄くて。
 気を利かせて、道に迷っているのではないかと声をかけてくれた方がいました。それ以前にどこに向かっているのかわからないんですがね! とりあえず、近場でもう開いている食事ができる店はないか尋ねました。すぐそばにあって、お店のおすすめという鶏胸肉のリゾットみたいのをいただきました。おいしかったです。生水はちょっと怖かったので、紅茶をたくさんいただきました。

 それでですね、バスに乗りました! 蒸気で動くバス! エコ! たぶんSDGs! これで中央警察署までびゅーんと行けてしまいます。事務所まで通していただきましたがエメリーヌさんがいらっしゃらなかったので、とりあえず住所が定まったことを言付けました。そしてお手洗いを借りました(ちゃんと手を洗う洗面台がありました)。そこからハンカチで手を拭きながら出たときです。

 入り口付近が騒がしいような静かなような、ちょっとへんな空気感でした。なんでしょうか。
 入り口から中庭へと真っ直ぐに伸びている廊下沿いに、制服警官さんたちが立ち止まって敬礼体勢で止まります。わたしはその背後から、むしろその長い脚のすきまから、しゃがんで廊下側を見ました。なんかよく見えませんでした。
 仕方がないのでちょっと離れてその背中を観察していると、ほどなくその高い位置にある制帽の頭を超える高さの金髪頭が通り過ぎます。そして思わず叫びました。

「リシャール‼」
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