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王都ルミエラ編

9話 しぬ

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「……へぇ。異国人と聞いたけど。一応の礼儀はわかっているんだ」

 知ってます、この部屋マジックミラーみたいなしかけがあって、外から覗けるんですよね。反対側のドアから入ってきたんでしょう。リシャール王太子殿下です。
 実をいうとあんまりこいつのことは好きじゃないんですが、わたしの推しの親友だったり、わたしの推しを重用していたり、わたしの推しの出番を増やしてくれた存在なのでたいへん恩義は感じております。
 それにプレイヤーキャラクター(PC)なのでね、好きじゃないとは言いつつも愛着はありますよ。こいつの皮を借りて何度推しに話しかけに行ったことか。好感度上がってセリフ変わらないかなって。「それゲーム間違ってる」と友人に言われましたね。
 椅子が引かれて、誰かが座る音が聞こえました。

「いいよ、顔見せて。直答も許す」

 お許しが出たので体を起こします。衛兵さんたちは違う構えを取りました。
 まっすぐにリシャールを見ます。長い卓を挟んでいるのでけっこう距離がありますが、議長席に座ってちょっとかわいこぶりっこ気味のゲンドウポーズでこっちを見ているのはリシャールです。動いてます。動画じゃなくて実写です。あんまり好きじゃないとか言いながら、かなり感動していますねわたし。今話せって言われたらちょっとしどろもどろになりそうです。後ろの方に従者っぽい人が控えています。あれは第二章の王宮編でたびたびモブとして描かれていた茶髪そばかすくんです‼ ぎゃー‼

「小さいなあ、いくつ?」
「二十七です」

 左手側に控えていた衛兵さんがちょっとびくっとしました。修行が足りませんね。リシャールは目を真ん丸にして「本当? せいぜい成人したてくらいかと思ったよ」と言いました。
 
「世界は広いな。まさか小人族に会えるとは思わなかった」

 日本人女性の平均から六センチ低いだけで小人扱いはないですねー、さすがにないですー。わたしの職場の宮崎さんは148センチでしたー、わたしより低い成人女性なんてたくさんいますー‼ 身体的特徴あげつらって言うのセクハラなんだー‼ と言いつつわたしも宮崎さん見たら毎度「ちっさ!」って思うんですけどー。

「君が書いた『反省文』、おもしろかったよ。おもしろすぎて、今内務省と軍部で大問題になってるの。最近アウスリゼに来たんだってね? しかも身ひとつで入国記録も身分証すらもない。居住歴も出生記録もない」

 本当にたのしそうに笑いながらリシャールは言いました。たぶんこの笑い方は本当におもしろがっているやつです。だいじょうぶ。それでも背中を汗が伝って行きました。

「あんまりにおもしろいから……それに僕に関することで書かせた『反省文』だし、君の件、僕預かりになったの。感謝してくれていいよ」

 ちょっと息を止めていたみたいです。少しずつ吐き出しながら頭を下げて「ありがとうございます」と言いました。
 ――なにか問題になることを書いた記憶はないんですが、軍部で問題になってるとか、おっかないどころじゃないですね。下手すりゃ拷問とかされるやつ。

「僕直々に尋問とかなかなかないよ? いろいろ聞かなきゃならないことがあるんだけど、とりあえず一番確認したいこと聞くね。君、誰?」

 なんて哲学的な質問なんでしょうか。心が自分探しの旅に出るところでした。これ答えるの難しいだろ。声が震えそうになります。がんばれ園子、物書きの即興はったりスキル見せてやれ。

「お求めの回答を差し上げられるかわかりませんが……姓は三田、名は園子と申します。生まれは日本と呼ばれる国で、その中の群馬という土地に居住しております」
「グンマー? 聞いたこともないね」
「はい、偉大なるアウスリゼ王国からみれば、辺境の小さな土地です。お耳にいれることも心苦しく思います」
「ふーん。で、どうしてそんな遠いところからここまで来たの? 警察からの情報では、アウスリゼ信奉者ってあったけど」
「まさしく、わたくしはそのような者でございます。群馬の友人たちはみな、わたくしが偉大なるアウスリゼ王国を敬愛していると証言するでしょう。けれど、この度はわたくしの意志で馳せ参じたわけではございません」

 息を大きく吸い込む。だいじょうぶ。落ち着け。
 
「ご存じの通り、わたくしは今身ひとつでおりまして、これは予期せぬ事態に巻き込まれたからでございます。四日ほど前のことですが、目が覚めたらこちらに、まさしくこちらにおりました。麗しきエリメダ宮の、どこか門の内側に。お調べいただければすぐにそのときのことがわかるかと」

 リシャールが左手の指を鳴らしました。これきっと外から見ている従者への合図ですね。情報を照合に行かせたんでしょう。
 微笑みながらわたしを観察しています。緊張で喉が痛いくらいに渇きました。

「最初は、夢を見ているのだと思いました。あまりにも貴国への思いが強くなり、幻を見ているのだと。と、申しますのも、それまでの、記憶がまるでございません。どのように移動し、こちらに入国したのかなど、まるでわかりません」

 リシャールが首を傾げました。その瞳の色は深くて、笑顔ながら感情が読み取れませんでした。

「偉大なるアウスリゼ王国のみならず、そもそもわたくしは自国を出て、他国に渡ったことがなかったのです。この四日間はただひたすらに、異国の地に放り出されて途方に暮れ、多くの人に助けられ、なんとか生き存えていた次第でございます」

 そしてわたしは息を吸ってからもう一度深く頭を下げて淑女の礼を取りました。小芝居でどうにかなるならなんでもやってみせましょう。物書き妄想力なめんな。

「聡慧なるリシャール王太子殿下へ憚りながらお願い申し上げます。わたくしは偉大なるアウスリゼ王国へ、仇をなす者ではございません。この非力な矮躯になにがなせましょう。どうか御寛恕いただけますよう」

 返事がなかった。怖い、本当にこわい。

 足が辛くなったころ、こんこん、こん、とリシャールの後ろのドアにノックがありました。びくっとしました。えっ、待って、ちょっとまってほんとまって、えっ、それ、そのノック。まってまってまってまって、心の準備といろいろな準備が。心の準備といろいろな準備が。まってー‼

 声なき叫び空しく、リシャールが承認の合図として指を鳴らしました。
 ドアが開いて、衣擦れの音とともに誰かが入って来ました。むり、むり、むり、むり。しぬ。しぬ。鼓動が早すぎて吐きそう。しぬ。
 
「君自ら来るとはなあ。なにかわかったかい?」
「あなた自ら尋問しながら、なにを言っているのです」

 絶叫するのと倒れるのをすんでのところで抑えました。うそです、倒れました。
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