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王都ルミエラ編
20話 かまってって言われるとかまいたくなくなるんですよね
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わたしどうしてオリヴィエ様が好きなのかな。
次の日。ファンサうちわの材料を求めて百貨店へ来て、そういう工作系材料は当店では扱っておりません。ときれいな受付のおねいさんにきれいな笑顔で言われて、教えてもらった大型生活雑貨店へ向かう途中で歩きながらそんなことを考えました。
眼鏡。わかる。最強。眼鏡ならなんでもいいわけじゃなくて、似合ってることが大前提。似合っていればいいのか。否! 顔と一体化していて、素顔が想像できないレベルはメガネ男子ではない。それはもう眼鏡だ。
銀髪。すてき。ただ下ろしていらっしゃるのも、束ねていらっしゃるのもすき。もうすき。なにも言えない。
紫の瞳。すきを凌駕したすき。愛してる。かっこいい。すてき。
口元。ちょうすき。黙っているときにもどこか雄弁で、そのくせ言葉少ない形の良い唇。すき。
意志が強そうな眉に現れた、その美しい心根。祈りがこもる眼差しの先にある努力が伴った希望。だいすき。尊敬している。そんな風になれたらいいと思った。状況や環境に言い訳しない、そんなあなたがすきでした。オリヴィエ様。今でもずっと好きです。
わたしね、そんなにいい人生じゃなかった。でもね、衣食住はどうにかなったし、生命を存えさせることはいくらでもできた。トビくんやオレリーちゃんみたいに、学校も通えずに働かなきゃいけないなんてこともなかった。だから総じては幸せな方だと思う。
でもね、人間て。ごはん食べているだけでは生きていけない。心の支えとか、生きる指針とか、明日は良い日になるという展望とか、そういうので精神を満たしていなければその満たされない部分から少しずつ腐敗して行くんだ。
オリヴィエ様はきっと、わたしが空白を埋めるためにあがいていたとき、わたしの背をただしてくれた方だと思う。
あのね、すごくすてきなの。とてもすてきな方なの。いつでも真っ直ぐで。迷いがなくて。間違いをおかすこともある人間だけど、てらいなく毅然としたその姿。わたしにとって憧れで、羨望の的で、ゲームの中の人だけど、とてもすきだったの。
二十七になってから考えました。来年、わたしはオリヴィエ様と同じ年になる。
わたし、あんな風に、真っ直ぐに前を向いて歩けているかなって。足元ばかり見て、くよくよしていないかなって。してる。毎日してる。あんな風になれたらいいなって、思った昔のわたしを裏切って。周囲のくだらない人々に倣うのではなくて、ゲームの中に見た高潔な魂を見習おうと思ったあのときの気持ちをどこかに置き忘れて。
……こんな大人になるつもりじゃなかったなあ。さみしいなあ。
せめてね。ここに居る間は。オリヴィエ様がいらっしゃる、ここに居る間は。背筋を伸ばして歩こう。わたしがなりたかった大人に、少しでも近くあれるように。
大型生活雑貨店、想像していたのはハンズとかロフトだったんですが。どちらかというとビバホームでした。これはこれでたのしいのでOKです。
さすがにうちわ本体は売ってないですね……と思ったらありました。めっちゃアウトドアグッズっぽいところに。白いやつ。しかもでかい。わたしの顔よりでかい。いえ、わたしの顔は標準サイズですけども。え、どうしよう。これライブ会場持ち込めるかな。そもそもお作法的にアウト? そして高い位置にあるので届かない。いえ、届きますよ? 背伸びすればひょいっと。背伸びすればひょいっと。
「……なんに使うんだよこんなもの」
後ろからひょいっとしたのはアベルです。やっぱり着いてきてましたね。受け取ってお礼を言います。ありがとうございます。わかってないなあ君は。装飾材料を探して通路を歩きながらファンサうちわについて説明します。
「……………………経団連フォーラムで?」
ぽろりぽろり。目からうろこが落ちる音が聞こえました。
……せやった……ライブじゃなかった……。
しかし両手に抱えた材料をいまさら全部売り場に戻すのも忍びなく、購入することにしました。ファンのたしなみとして作ってもいいのではないでしょうか、ファンサうちわ。持って行きませんけど。危なかった。浮きまくるところだった。
気づかせてくれたお礼にアベルへお昼をおごりました。やはりどこにも白いごはんはありません。食べたい。異世界転移系チート話でお米とお醤油とお味噌とマヨネーズを作る気持ちが痛いほどよくわかります。残念ながらわたし自身にはチートも知識もないので作れませんけど。平々凡々の干物女なめんな。
食べ終わったらその足で公衆浴場へ。アベルは着いてきませんでした。そういやあいつ、いつお風呂入っているんでしょうか。いつも清潔感ばっちりなんですけど。わたしより高頻度でシャワってなきゃあの髪のサラサラ感は維持できないと思うんですけど。王宮か。王宮だな。借り風呂してやがるなあいつ。ずるい。
お家に帰って、いそいそとファンサうちわを作り始めました。ゆぅっ、らいぁっらいぁっと歌いながら文字を紙に書き出していたらアベルが覗き込んできました。この人本当に我が家のセキュリティをなめくさってますよね。
「なんってっ すっぱいんだっ このくにーの黒パン!」
「なにその歌」
上の兄が好きだった曲です。
問題はうちわ本体をどう黒くするかなんですよねえ。インク盛大にこぼして伸ばすくらいしか思いつかない。やってみよう。せいやっ。アベルがびくっとしました。
なんとかなりました。手が真っ黒になりましたけど。洗えばOKです。乾かしておきます。
そしてここに来て気づきました。さっきわたしが書いた『笑って!』という飾り文字……日本語ですね。通じないじゃーん。
「まあいいや」
「なにが」
実際に使うわけじゃないですしね。完成したら壁にでも飾ろうと思います。
手をごしごし洗ってから振り返ると、アベルがテーブルに突っ伏してました。
「なんですの」
「ソノコがかまってくんない……」
知ったことか。手を拭いたら、次は明日着ていく服を考えます。なにせわたし衣装持ちなので。高級古着屋さんでいっぱいもらったので。ダーリンとハニーにいただいた両開きのタンスの扉を全開にして、中身を眺めました。
えっ、どうしよう、迷う……。
でもここは推し色一択ですよね。紫のフレアスカート! それに白い半袖シャツ。銀色はさすがにない……ので、かぎ針編みの黒いレースカーディガンを羽織る感じでよしとしましょう。それに不思議黒ヒールで! バッグは白ポシェットで、ちょっとお嬢様っぽいコーデじゃないでしょうか。いい感じです!
アベルがずっとかまってちゃんでうるさかったです。
次の日。ファンサうちわの材料を求めて百貨店へ来て、そういう工作系材料は当店では扱っておりません。ときれいな受付のおねいさんにきれいな笑顔で言われて、教えてもらった大型生活雑貨店へ向かう途中で歩きながらそんなことを考えました。
眼鏡。わかる。最強。眼鏡ならなんでもいいわけじゃなくて、似合ってることが大前提。似合っていればいいのか。否! 顔と一体化していて、素顔が想像できないレベルはメガネ男子ではない。それはもう眼鏡だ。
銀髪。すてき。ただ下ろしていらっしゃるのも、束ねていらっしゃるのもすき。もうすき。なにも言えない。
紫の瞳。すきを凌駕したすき。愛してる。かっこいい。すてき。
口元。ちょうすき。黙っているときにもどこか雄弁で、そのくせ言葉少ない形の良い唇。すき。
意志が強そうな眉に現れた、その美しい心根。祈りがこもる眼差しの先にある努力が伴った希望。だいすき。尊敬している。そんな風になれたらいいと思った。状況や環境に言い訳しない、そんなあなたがすきでした。オリヴィエ様。今でもずっと好きです。
わたしね、そんなにいい人生じゃなかった。でもね、衣食住はどうにかなったし、生命を存えさせることはいくらでもできた。トビくんやオレリーちゃんみたいに、学校も通えずに働かなきゃいけないなんてこともなかった。だから総じては幸せな方だと思う。
でもね、人間て。ごはん食べているだけでは生きていけない。心の支えとか、生きる指針とか、明日は良い日になるという展望とか、そういうので精神を満たしていなければその満たされない部分から少しずつ腐敗して行くんだ。
オリヴィエ様はきっと、わたしが空白を埋めるためにあがいていたとき、わたしの背をただしてくれた方だと思う。
あのね、すごくすてきなの。とてもすてきな方なの。いつでも真っ直ぐで。迷いがなくて。間違いをおかすこともある人間だけど、てらいなく毅然としたその姿。わたしにとって憧れで、羨望の的で、ゲームの中の人だけど、とてもすきだったの。
二十七になってから考えました。来年、わたしはオリヴィエ様と同じ年になる。
わたし、あんな風に、真っ直ぐに前を向いて歩けているかなって。足元ばかり見て、くよくよしていないかなって。してる。毎日してる。あんな風になれたらいいなって、思った昔のわたしを裏切って。周囲のくだらない人々に倣うのではなくて、ゲームの中に見た高潔な魂を見習おうと思ったあのときの気持ちをどこかに置き忘れて。
……こんな大人になるつもりじゃなかったなあ。さみしいなあ。
せめてね。ここに居る間は。オリヴィエ様がいらっしゃる、ここに居る間は。背筋を伸ばして歩こう。わたしがなりたかった大人に、少しでも近くあれるように。
大型生活雑貨店、想像していたのはハンズとかロフトだったんですが。どちらかというとビバホームでした。これはこれでたのしいのでOKです。
さすがにうちわ本体は売ってないですね……と思ったらありました。めっちゃアウトドアグッズっぽいところに。白いやつ。しかもでかい。わたしの顔よりでかい。いえ、わたしの顔は標準サイズですけども。え、どうしよう。これライブ会場持ち込めるかな。そもそもお作法的にアウト? そして高い位置にあるので届かない。いえ、届きますよ? 背伸びすればひょいっと。背伸びすればひょいっと。
「……なんに使うんだよこんなもの」
後ろからひょいっとしたのはアベルです。やっぱり着いてきてましたね。受け取ってお礼を言います。ありがとうございます。わかってないなあ君は。装飾材料を探して通路を歩きながらファンサうちわについて説明します。
「……………………経団連フォーラムで?」
ぽろりぽろり。目からうろこが落ちる音が聞こえました。
……せやった……ライブじゃなかった……。
しかし両手に抱えた材料をいまさら全部売り場に戻すのも忍びなく、購入することにしました。ファンのたしなみとして作ってもいいのではないでしょうか、ファンサうちわ。持って行きませんけど。危なかった。浮きまくるところだった。
気づかせてくれたお礼にアベルへお昼をおごりました。やはりどこにも白いごはんはありません。食べたい。異世界転移系チート話でお米とお醤油とお味噌とマヨネーズを作る気持ちが痛いほどよくわかります。残念ながらわたし自身にはチートも知識もないので作れませんけど。平々凡々の干物女なめんな。
食べ終わったらその足で公衆浴場へ。アベルは着いてきませんでした。そういやあいつ、いつお風呂入っているんでしょうか。いつも清潔感ばっちりなんですけど。わたしより高頻度でシャワってなきゃあの髪のサラサラ感は維持できないと思うんですけど。王宮か。王宮だな。借り風呂してやがるなあいつ。ずるい。
お家に帰って、いそいそとファンサうちわを作り始めました。ゆぅっ、らいぁっらいぁっと歌いながら文字を紙に書き出していたらアベルが覗き込んできました。この人本当に我が家のセキュリティをなめくさってますよね。
「なんってっ すっぱいんだっ このくにーの黒パン!」
「なにその歌」
上の兄が好きだった曲です。
問題はうちわ本体をどう黒くするかなんですよねえ。インク盛大にこぼして伸ばすくらいしか思いつかない。やってみよう。せいやっ。アベルがびくっとしました。
なんとかなりました。手が真っ黒になりましたけど。洗えばOKです。乾かしておきます。
そしてここに来て気づきました。さっきわたしが書いた『笑って!』という飾り文字……日本語ですね。通じないじゃーん。
「まあいいや」
「なにが」
実際に使うわけじゃないですしね。完成したら壁にでも飾ろうと思います。
手をごしごし洗ってから振り返ると、アベルがテーブルに突っ伏してました。
「なんですの」
「ソノコがかまってくんない……」
知ったことか。手を拭いたら、次は明日着ていく服を考えます。なにせわたし衣装持ちなので。高級古着屋さんでいっぱいもらったので。ダーリンとハニーにいただいた両開きのタンスの扉を全開にして、中身を眺めました。
えっ、どうしよう、迷う……。
でもここは推し色一択ですよね。紫のフレアスカート! それに白い半袖シャツ。銀色はさすがにない……ので、かぎ針編みの黒いレースカーディガンを羽織る感じでよしとしましょう。それに不思議黒ヒールで! バッグは白ポシェットで、ちょっとお嬢様っぽいコーデじゃないでしょうか。いい感じです!
アベルがずっとかまってちゃんでうるさかったです。
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