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王都ルミエラ編
30話 なにそれ、ちょっと待って
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おはようございます! 晴れました! 今日は問題なくお仕事できそうです。昨日ユーグさんからいただいたリボンを、ひとまとめにした髪の根元に結びました。かわいい!
午前中はちょっとだけアベルがいて、ふっと消えました。シャリエさんが交代に来たとき、なんだか心配そうな顔をしていたんですけどどうしてでしょう。トビくんとの約束があるので聞けませんでした。
ちょっと待って蒸気バスに乗車。バス停三つ分移動します。
停車場から早足で五分! 約束の時間ぎりぎりでした。トビくんはもう中で待っていて、奥の席でした。わたしの後にも人が何人か入って来て、いつも通り盛況なオレリーちゃんの職場です。
「そのリボン、似合ってる」
すぐ気づいてほめてくれるとか、かなりのイケメンですね。イケショタ。お姉さんは君の成長が楽しみだよ。
ランチプレートを二人で頼みました。今日はミートソースパスタです。スープつきでした。トビくんも、きっとわたしも口周りが真っ赤です。ティッシュを出しました。こんなこともあろうかと。トビくんに一枚渡したら、恥ずかしそうに拭いました。「ここ、もうちょっとついてる」とお母さんっぽく拭いてあげたら、トビくん真っ赤になりました。かわいい。
お店が混んで来たので、バス停までぶらぶら歩いて話そうか、ということになりました。現場に戻るのにも時間かかりますし。
「ソノコ、この前、経済の会議行ってきたの?」
「え、行くって言ったっけ?」
「ううん、経済面担当の記者さんが、ソノコが話してたって言ってたから」
なんかそれ話がおおげさになってませんかね? 質問されたことに答えただけだってちゃんと伝えました。
「そうなの? 明後日の朝刊にまとめ記事載るから、ソノコの話も載せるって言ってたよ」
まじかあああああああああ。勘弁してくれええええええええええええ。
「それやめてほしいんだけど‼」
拝み倒す気持ちでトビくんに訴えました。でも「うーん、一応伝えてみるけど、先に刷っちゃう部分だから、もう原稿出しちゃってるかも」とすげないお言葉。ええええええ。今日帰りにラ・リバティ社寄ろう……勘弁してってお願いしに行こう……。
じゃあまた会えたら夕方にねって言って別れました。来週も同じ日にお昼いっしょに食べようねって約束して。バスが出発しても手を振ってくれていました。かわいい。トビくんだいすき。
シャリエさんとまた交代すると、「だいじょうぶかい、なんともなかったかい?」と聞かれました。なんのことでしょう。お尋ねしたら、「いやいや、なんともなかったならいいんだ」とおっしゃって、そそくさと帰って行かれました。え、気になるんですけどいったいなんなんですかね。
しばらくしてアベルが来ました。必死にカチカチしているので声掛けとかできませんでしたけども。椅子の背に腕を預けて、後ろからわたしの手元を覗き込むようにしています。なにが楽しいんでしょうか。
「……おまえさあ。この仕事、続けんの」
必死。こちとら必死。今聞くのそれ。「うん!」と答えました。
「――身分証来るだろ? 転職できる。選び放題だ」
「わたしっこれっすきっ」
「そうかよ」
わたしの必死さ加減が伝わったのか、それ以上はなにも言われませんでした。そのまま終業までずっとカチカチ業務を見ていました。本当になにが楽しいんでしょうか。
終わって、椅子を預けて、ラ・リバティ社のヤニックさんに渡す袖の下お菓子も買いました! よし、いざ往かん!
なんだかすっごくひさしぶりに来た気がします、ラ・リバティ社。今からが書き入れ時のため、ちょうど街灯と同じように、オイルランプへと火が入れられていくところでした。窓の中が次第に明るくなっていきます。
「こーんばーんはー……」
入り口で小声であいさつしてみたら、通りかかった男性が気づいてくださいました。「おお、ソノコー」と。一方的に知られてるってなかなかむずがゆいですね。
「ヤニックさん、お忙しいですよね?」
「うん? まだ戻ってないかな。中で待ってなよ」
「あの、できれば経済欄担当の方とお話しできないかなって……」
「経済? ああ、記事の件? 大活躍だったってね。おーい、ピエロー! いるかー?」
男性が大声で中に呼びかけました。ちょっと遅れて二階から返事が返ってきます。
「いるみたいだ、二階の左奥。上がっていいよ」
「ありがとうございます」
大活躍ってなんでしょうか。いったいぜんたいどんな記事にされてしまったのでしょうか。不安は尽きない。言われた部屋の前に来て、ドアは開けっ放しでしたけど一応ノックしました。「あ”ー? なに?」と書類の山の向こうから声が聴こえました。
「あの……経済欄担当の方、いらっしゃいますか?」
沈黙が落ちます。そして音がするぐらい派手に立ち上がった男性がいらっしゃいました。書類なだれが起きかけてあわてて支えます。
「……ソノコたん……!」
たんて。たんて。ものっすごい勢いで面前まで来られてのけぞりました。たぶん、アウスリゼの男性としては小柄な感じの方です。ちょっと見上げるだけで済むので首が疲れません。そして灼けた茶髪に瞳がぼやけるくらい厚いメガネ。
「俺に会いに来てくれたのソノコたん……⁉」
「はい、あのー……経済欄の方ですか?」
「そんな他人行儀はよしてくれ! ピエロだよ、君の奴隷のピエロ・ラブレだ!」
「いえ、奴隷を持った記憶はございません」
「君の声を聴いたあのときから……俺は君の奴隷だ! 呼んでみてくれないか、俺の名を、その声で‼」
左手を取って両手でぐっと握られます。……と同時に後ろからピエロ・ラブレさんの頭に誰かのチョップが入りました。アベルですね、はい。手は放していただけました。
あー、はい。昔むかし、よく言われました。声優なればいいのにーって。ちょいアニメ声だって。アウスリゼにもいらっしゃるんですね、声オタさん。
「なにをするんだ、誰だ貴様は!」
「ソノコの今彼です、よろしく!」
抗議しようとしたら顎をつかまれて阻止されました。口をふさぐじゃなくて顎をつかむって新しいな? ピエロ・ラブレさんがぐぬぬって感じで本当に「ぐぬぬ」って言いました。本当にぐぬぬって言う人がいるなんて‼ 感動‼
話が進まないのでアベルの腕をよけて、ピエロ・ラブレさんにお願いします。
「あの、経団連フォーラムの記事の件なんですけど……」
「君の女神加減が世に知れ渡ったあのすばらしい会議の記事がどうしたの?」
すっごく距離が近い。アベルがチョップ体勢に入って威嚇したらちょっと間が空きました。「わたしのこと、書いたって聞いて……」と伺うと、「ああ、心配しなくていい、君の女神性だけを取り上げて、君の個人情報なんかは一切書いていないから」とのこと。あ、そうなんだ。
「あのー、見せてもらうことってできますか? もう印刷に回しちゃいました?」
「おーけーおーけー、俺のすばらしい記事を誰よりも早く読みたいんだね! ちょっと待ってて」
ピエロ・ラブレさんが席に戻って書類の山に手をつっこみます。あれで目当てのものがちゃんとつかめるんでしょうか。と眺めていたら。
突然一階の方から女性の鋭い悲鳴が聴こえました。それに続く男性の怒号。怒号。怒号。悲痛な声が断続的にあがって、ただ事ではないことが起こったのがすぐにわかります。ピエロ・ラブレさんも身を起こしました。アベルはわたしを背中に隠します。たくさんの声に混ざって耳に飛び込んできたのは信じられない言葉でした。
「トビが刺された‼」
午前中はちょっとだけアベルがいて、ふっと消えました。シャリエさんが交代に来たとき、なんだか心配そうな顔をしていたんですけどどうしてでしょう。トビくんとの約束があるので聞けませんでした。
ちょっと待って蒸気バスに乗車。バス停三つ分移動します。
停車場から早足で五分! 約束の時間ぎりぎりでした。トビくんはもう中で待っていて、奥の席でした。わたしの後にも人が何人か入って来て、いつも通り盛況なオレリーちゃんの職場です。
「そのリボン、似合ってる」
すぐ気づいてほめてくれるとか、かなりのイケメンですね。イケショタ。お姉さんは君の成長が楽しみだよ。
ランチプレートを二人で頼みました。今日はミートソースパスタです。スープつきでした。トビくんも、きっとわたしも口周りが真っ赤です。ティッシュを出しました。こんなこともあろうかと。トビくんに一枚渡したら、恥ずかしそうに拭いました。「ここ、もうちょっとついてる」とお母さんっぽく拭いてあげたら、トビくん真っ赤になりました。かわいい。
お店が混んで来たので、バス停までぶらぶら歩いて話そうか、ということになりました。現場に戻るのにも時間かかりますし。
「ソノコ、この前、経済の会議行ってきたの?」
「え、行くって言ったっけ?」
「ううん、経済面担当の記者さんが、ソノコが話してたって言ってたから」
なんかそれ話がおおげさになってませんかね? 質問されたことに答えただけだってちゃんと伝えました。
「そうなの? 明後日の朝刊にまとめ記事載るから、ソノコの話も載せるって言ってたよ」
まじかあああああああああ。勘弁してくれええええええええええええ。
「それやめてほしいんだけど‼」
拝み倒す気持ちでトビくんに訴えました。でも「うーん、一応伝えてみるけど、先に刷っちゃう部分だから、もう原稿出しちゃってるかも」とすげないお言葉。ええええええ。今日帰りにラ・リバティ社寄ろう……勘弁してってお願いしに行こう……。
じゃあまた会えたら夕方にねって言って別れました。来週も同じ日にお昼いっしょに食べようねって約束して。バスが出発しても手を振ってくれていました。かわいい。トビくんだいすき。
シャリエさんとまた交代すると、「だいじょうぶかい、なんともなかったかい?」と聞かれました。なんのことでしょう。お尋ねしたら、「いやいや、なんともなかったならいいんだ」とおっしゃって、そそくさと帰って行かれました。え、気になるんですけどいったいなんなんですかね。
しばらくしてアベルが来ました。必死にカチカチしているので声掛けとかできませんでしたけども。椅子の背に腕を預けて、後ろからわたしの手元を覗き込むようにしています。なにが楽しいんでしょうか。
「……おまえさあ。この仕事、続けんの」
必死。こちとら必死。今聞くのそれ。「うん!」と答えました。
「――身分証来るだろ? 転職できる。選び放題だ」
「わたしっこれっすきっ」
「そうかよ」
わたしの必死さ加減が伝わったのか、それ以上はなにも言われませんでした。そのまま終業までずっとカチカチ業務を見ていました。本当になにが楽しいんでしょうか。
終わって、椅子を預けて、ラ・リバティ社のヤニックさんに渡す袖の下お菓子も買いました! よし、いざ往かん!
なんだかすっごくひさしぶりに来た気がします、ラ・リバティ社。今からが書き入れ時のため、ちょうど街灯と同じように、オイルランプへと火が入れられていくところでした。窓の中が次第に明るくなっていきます。
「こーんばーんはー……」
入り口で小声であいさつしてみたら、通りかかった男性が気づいてくださいました。「おお、ソノコー」と。一方的に知られてるってなかなかむずがゆいですね。
「ヤニックさん、お忙しいですよね?」
「うん? まだ戻ってないかな。中で待ってなよ」
「あの、できれば経済欄担当の方とお話しできないかなって……」
「経済? ああ、記事の件? 大活躍だったってね。おーい、ピエロー! いるかー?」
男性が大声で中に呼びかけました。ちょっと遅れて二階から返事が返ってきます。
「いるみたいだ、二階の左奥。上がっていいよ」
「ありがとうございます」
大活躍ってなんでしょうか。いったいぜんたいどんな記事にされてしまったのでしょうか。不安は尽きない。言われた部屋の前に来て、ドアは開けっ放しでしたけど一応ノックしました。「あ”ー? なに?」と書類の山の向こうから声が聴こえました。
「あの……経済欄担当の方、いらっしゃいますか?」
沈黙が落ちます。そして音がするぐらい派手に立ち上がった男性がいらっしゃいました。書類なだれが起きかけてあわてて支えます。
「……ソノコたん……!」
たんて。たんて。ものっすごい勢いで面前まで来られてのけぞりました。たぶん、アウスリゼの男性としては小柄な感じの方です。ちょっと見上げるだけで済むので首が疲れません。そして灼けた茶髪に瞳がぼやけるくらい厚いメガネ。
「俺に会いに来てくれたのソノコたん……⁉」
「はい、あのー……経済欄の方ですか?」
「そんな他人行儀はよしてくれ! ピエロだよ、君の奴隷のピエロ・ラブレだ!」
「いえ、奴隷を持った記憶はございません」
「君の声を聴いたあのときから……俺は君の奴隷だ! 呼んでみてくれないか、俺の名を、その声で‼」
左手を取って両手でぐっと握られます。……と同時に後ろからピエロ・ラブレさんの頭に誰かのチョップが入りました。アベルですね、はい。手は放していただけました。
あー、はい。昔むかし、よく言われました。声優なればいいのにーって。ちょいアニメ声だって。アウスリゼにもいらっしゃるんですね、声オタさん。
「なにをするんだ、誰だ貴様は!」
「ソノコの今彼です、よろしく!」
抗議しようとしたら顎をつかまれて阻止されました。口をふさぐじゃなくて顎をつかむって新しいな? ピエロ・ラブレさんがぐぬぬって感じで本当に「ぐぬぬ」って言いました。本当にぐぬぬって言う人がいるなんて‼ 感動‼
話が進まないのでアベルの腕をよけて、ピエロ・ラブレさんにお願いします。
「あの、経団連フォーラムの記事の件なんですけど……」
「君の女神加減が世に知れ渡ったあのすばらしい会議の記事がどうしたの?」
すっごく距離が近い。アベルがチョップ体勢に入って威嚇したらちょっと間が空きました。「わたしのこと、書いたって聞いて……」と伺うと、「ああ、心配しなくていい、君の女神性だけを取り上げて、君の個人情報なんかは一切書いていないから」とのこと。あ、そうなんだ。
「あのー、見せてもらうことってできますか? もう印刷に回しちゃいました?」
「おーけーおーけー、俺のすばらしい記事を誰よりも早く読みたいんだね! ちょっと待ってて」
ピエロ・ラブレさんが席に戻って書類の山に手をつっこみます。あれで目当てのものがちゃんとつかめるんでしょうか。と眺めていたら。
突然一階の方から女性の鋭い悲鳴が聴こえました。それに続く男性の怒号。怒号。怒号。悲痛な声が断続的にあがって、ただ事ではないことが起こったのがすぐにわかります。ピエロ・ラブレさんも身を起こしました。アベルはわたしを背中に隠します。たくさんの声に混ざって耳に飛び込んできたのは信じられない言葉でした。
「トビが刺された‼」
応援ありがとうございます!
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