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マディア公爵領編

56話 MA JI KA ☆

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 ――みなさん、罪を犯したことはありますか。

 刑法で裁かれるもの、そうでないもの。表層に見えるもの、そうでないもの。日々わたしたちは、大きくても小さくても、罪を犯す。
 たとえば、殺人。それはすべからく法律に則り扱われるべき罪。たとえば、偽証。それも明らかになれば裁かれるでしょう。たとえば、怠惰。それは罪に含まれますか? 自身の怠惰ゆえに生じた不利益は、あなたを咎めるでしょうか。……場合によってはあなたは罪に定められないでしょう。
 そう。罪とは、とてもあやふやでありながら、そのじつ確かな手触りを持つ深みの泥濘。はまってしまえば、這い出せそうでそうではない。力を込めてあがけばあがくほど、深く沈み込んでしまう、泥濘。
 わたしは、罪を犯しました。それはだれかにとっては笑い事で、だれかにとっては蔑むことで、だれかにとっては取るに足りないことなのでしょう。……知っています。
 それでも。わたしは、罪を犯しました。そう告白します。そのあがきは、あるいはわたしの心のため。わたしの奥底にある気持ちの救済のため。――そうやって生きていくほかない。そう思ったことはありませんか。
 ……わたしは、嘆く。その泥濘の深さを思い。

「――たべものを粗末にしてしまったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 七回表のトイレタイムで、わたしは個室で叫びました。隣の個室からガタンと音がしました。もったいないおばけはアウスリゼにもいるのでしょうか。わかりません。生息区域ではない気がします。しかしそもそもが生息をしていない気もします。ということは区域も関係ないのではないでしょうか。まじか。……来る。きっと、来る。あああああああああああああ。
 いえ信じてないですよ? べつにおばけとか。寝ぼけた人が見間違えたに決まっているじゃないですか。ははは。
 手を洗っていると、肩になにかがそっと触れました。

「ぎゃああああああああああ」
「……なぜ?」

 レアさんでした。まぎらわしいなあーもうー。今日はいっしょの部屋で寝る刑に処します。しかたないなあーもうー。

「下のお店に、おいしそうなの売ってた! 行こ!」
「いいですね~」

 ……三回裏に粗末にしてしまったお好みピザのお店でした。だよねー、おいしそうよねー、わかるー。さっきとは違う方向のお手洗いに来たはずなのにー。なんででしょうねー。スタジアムの造りがきっと左右対称なんですねー。はいー。
 何人か並んでいたのでその後ろにつきます。レアさんが「なんかねー、さっきそこら辺にいた人が言ってたんだけどー」とおっしゃいました。

「四回くらい? のときにー、三塁側のプレミアムシートに居た子どもがー、誘拐未遂されたんだってー」
「……へええええええええ!」
「それでー、観客の黒髪女性が助けたらしいんだけどー、なんか名乗り出てないとかでー」
「ソウナンダー」
「なんか、被害者いいとこのお嬢様だったみたいよ? 尋ね人になるかもねー」
「ヘエエエエエエエ」

 可及的速やかに帰宅したいです。いま三対三でめちゃくちゃこの後気になりますけど。そんな民間のごたごたに関わっているヒマはわたしにはないわけですよ。わたしにはグレⅡシナリオを書き換えるという使命があるのです。はい。とりあえず席に戻ってお好みピザを食べました。んまい。チーズたっぷりのもちもちお好み焼きっぽいピザでした。結果は引き分けで延長戦にもつれ込んだのですが(ファピーは七回で終了ですが、オープン戦でも延長戦はやるみたいです)、最後までいたら帰りの道が渋滞になりそうですねーみたいなことを言ったら、「あらあ、そうねえ。結果は新聞でわかるし、今のうちに帰っちゃう?」とレアさんがおっしゃいました。よっしゃ。売店でコメッツブルーエーローズのティミー選手のユニフォーム……は売り切れだったので、この前練習場でいっしょに肉巻きおにぎりを食べた、背番号24番リュシアン・ポミエ選手のを買いました。いっぱいありました。
 やっぱりわたしたちみたいに早めに帰ろうとされる方は少なくないみたいです。駐車場へ向かう人がけっこういました。なにごともなくぶーんとお家に帰りました。ぶーん。
 アシモフたんが荒ぶっていました。ちょっとお出かけでひとりにしすぎたでしょうか。お庭で遊ぼー、とマディア父さんを使って言ってもご機嫌を直してくれません。お怒りが解けるのを待ちましょう。
 いっしょにごはんを作りながら、レアさんに今日は三階の屋根裏部屋で一緒に寝ましょうと提案しました。きょとん、としてから「いいわねえ! そうしよう!」と言ってくれました。やった。

 おはようございます! 昨日はお布団を三階に持ち寄って、キャンプみたいにレアさんといっしょに寝ました。朝起きたらアシモフたんもいました。かわいい。ついでにお布団干そうかなーと思ってルーフバルコニーに出ました。めっちゃ広いんですよ、たぶんダンスパーティができる。嘘です、できません。ああー、新しい朝が来た感じがしますねー。希望の朝ですねー。端っこの日だまりに、にゃんこが丸まっていました。黒にゃんこ。にゃんこー。なにも興味なさそうにそっぽを向きながらちょっとずつ近づいていくと、なにもかもを見透かしたかのような瞳でじっと見つめられました。ちょっと心をえぐられました。そっぽ向いたまんま撫でようと手を伸ばしたらすっと歩いて行ってしまいました。つれない。ねこ太さんつれない。
 布団を干しました。レアさんもごそごそ起きていらして、「あたしもー」とおっしゃって隣に干しました。風も強くないのでこのままでだいじょうぶだと思います。
 ところでラ・リバティ新聞社はこちらにも支店があって、そこから朝刊を配達していただいています。顔を洗ってから外のポストまで新聞を取りに行きました。ちょうどお隣のポールくんがお散歩から帰って来たところだったのでごあいさつ。おはようございますー。
 レアさんがちゃっちゃと手早く朝食の用意をしてくれていました。「ソノコー、昨日の試合の結果なんて書いてあるー?」と聞かれたので、スポーツ欄を見ようと新聞を開きました。
 で、そのまま硬直しました。

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 休日の午後にあらわれた黒髪の天使‼
 ――少女を救って球場を去った、女性の素性を探る――

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