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 領境の街・リッカー=ポルカ

76話 ちょういたい泣く

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「シキイを踏んではいけないのよ!」

 コラリーさんがご近所のおばあちゃんを捕まえて、とつとつと語っている現場を目撃してしまい、ぐでーとしているレアさんに代わってアシモフたんをお散歩していたわたしはあわてて建物の陰に隠れました。なんとなく。なんとなく。
 昨日はサルちゃんが、「今日はもう、飲む気分じゃないかな」と言ってさくっと帰ってしまいました。なのでコラリーさんに詰め寄られてめっちゃ「詳しく」されたのです。詳しくもなにも、『敷居を踏んではいけない』って、みんなよく聞くよね? でもたぶんわたし人生で初めて使ったので、ちょっと用法間違ったかもしれません。ちょっと。たぶん。ちょっと。

「シキイ……なにかとなにかの境目には、特別な力が働くのよ! 踏んだりしたらたいへんな目に遭うの! だから、領境には近づいちゃいけないわ!」
「あらー、ほんとかいねえ⁉」

 ――夕方、伝言ゲームでわたしの元に届いたのは。パイサン河の中にある領境は特別なくさびが打ち込まれていて、人の目に見えないそれを踏んだりすると境の主『シキイ』様のご機嫌に触れてしまい河の中に引きずり込まれる。ないし、なんらかの呪いを受ける。というものでした。はい。都市伝説が生まれる瞬間を目撃しました。わたしはわるくない。きっとわるくない。……わるくないもん!
 領境警備隊員さんたちにも伝播したみたいです。というか、住民のみなさんは心配して親切心から「あんたらだいじょうぶかい」と、派出所まで出向いて伝えたり、移動中の警備隊の馬車を捕まえて「『シキイ』様にさわっちゃなんねえぞ」とこんこんと説いたみたいです。……なんでしょう。近代的な考え方をお持ちの住人さんが少しでも残っていたら、こうはならなかったですかね。ちょっと目が遠くなってしまいますね。はい。
 雪が、しんしんと降っています。荒れてはいません。ノエミさんも、「やっと冬っぽくなったわねー!」とおっしゃっているので、これが普通なのでしょう。わたしは尋ねました。

「一両日中に……天候、荒れたりしますかね?」
「んー? あるかもねえ。この時期は変わりやすいし、まして、今までぜんぜん降ってなかったし」

 その言葉を聞いて、決心しました。この週末……そのためには、みんなを巻き込まなければ!

「ノエミさん! 週明けまで、みんなでいっしょに遊びませんか」

 わたしがそう言うと、吹き出して「いいわねえ、なにして遊ぶー?」とノエミさんがにこにことおっしゃいます。ベリテさんにもお願いしなきゃいけないですけど、きっとのりっのりで応じてくださる! 信じてる!

「――ハルハル王座決定戦……第一回リッカー=ポルカ杯、開催しましょう!」

 ノエミさんが「は?」という顔をされました。はい。

「やるやるやるやるぅー! ぜったいやるう!」

 翌朝にお訪ねしてお尋ねしたら、ベリテさんが全力で賛同してくださいました。ありがとうございます。メゾン・デ・デュの協力がなかったらできませんからね、ハルハル合宿! 食堂で朝食をとっていたレアさんがしらーっと「ソノコ……あなた……また、なにを……」とわたしをご覧になりました。そんな目で見ないで。
 ベリテさんはさっそくハルハル仲間に連絡を取るとのこと。ひとりへ伝えたら全員に伝わるんですって。うん、知ってる! なんだかんだ言ってレアさんも協力してくれるみたいです。やさしい。レアさんやさしい。ベリテさんが「みんなの数日分の食料、どうしようかしらね」と悩ましげに言うと、自動車を出してくれました。馬車だと丸一日かかる街まで、ベリテさんを乗せて買い出しへ。「洗車したばっかりなのに」とちょっとおっしゃってました。すみません。ありがとう。アシモフたん、お留守番ごめんねー!
 で、わたしはノエミさんに「開催決定しましたー!」と伝えに戻りました。「なんだか、あなたすごいわね、ソノコ」と感心したような苦笑したような口調でおっしゃり、なんと送迎バスを出してくださるって! やったー! バスのフロント部分に、紙をつぎたして大きく書いた『第一回ハルハル王座決定戦リッカー=ポルカ杯参加者送迎車』を掲示したら完璧でした。いい仕事した。市内を巡って、参加者回収です!
 ベリテさんのハルハル仲間さんは、まるで送迎車が来るのを予見していたかのように集まってひとつのバス停のところにいらっしゃいました。仲良しこよしなのに火花をちらしています。負けられない戦いがそこにあるのでしょう。他にも「なんかお祭りみたいでいいねえ」という、ライト参加者さんたちがちらほら、週末の数日だけなのにめちゃくちゃ大きいカバンを持って乗り込まれました。徒歩で向かわれた方もいるみたいです。
 で。わたしは。とあるバス停で一時停車していただいて、「ちょっと呼んできます!」と下車しました。「だれをさー?」と声が上がったので、「優勝候補です!」と言うと、ハルハルトッププレイヤーたちの目の色が変わりました。
 個人情報保護感覚皆無のリッカー=ポルカなので、昨日のうちにわたしでもお家を把握できていました。ノックして「おはようございまーす!」と言います。

「……きたね」
「来ました! さあ、行きましょう、サルちゃん!」

 満面の笑顔を作ってそう言いましたが、サルちゃんは「いかない」と一言。「なんでですか!」「なんでも。いかない」というやり取りをしていたら、サルちゃんの表情が固まりました。気配を感じて振り返ると、燃える瞳のハルハルプレイヤーズが。

「……あんたかい、サルちゃん。腕に覚えがあるそうじゃないか。参加しないとは言わせんよ」
「いや僕はいいよ……」
「あんたがふらっとこの街に来たとき、仕事の世話してやったのは先日おっ死んだうちの亭主だってことわすれたのかい」
「覚えてますって。本当に世話になって……」
「じゃあ出るんだよ。うちのがいなくなって、ちょうどてっぺんが空席だ。――決めようじゃないか。この街でだれが最強かを、ね」

 ハルハルマダムかっこいい。無駄にかっこいい。「あんたが勝ったら……『千手めくりのベレニス』の名を返上してやるよ」とおっしゃり、他のハルハルプレイヤーズにどよめきと衝撃が走りました。

「ベレちゃん……あんた、そこまで……」
「弔い合戦だ。いつまでもてっぺん開けたまんまで、どっちつかずが良くないのはお上を見りゃわかることさね。……あん人も、きっとそれを望んでいる」

 ハルハルプレイヤーズがおんおん泣き始めました。千手めくりのベレニスさんは、気丈にも涙をこらえています。圧倒されてもらい泣きしそうになりました。空気感で。なんとなく。
 その後もちょっとの間押し問答がありましたが、結局サルちゃんは引っ立てられました。ハルハルプレイヤーズ強い。最高。優勝。
 メゾン・デ・デュに着くと、コラリーさんと二人のマダムが。その他に何人かのお祭り参加希望者たちが玄関ホールに。夕方から顔出す方もいらっしゃるみたいです。総勢何名になりますかね。わかりません。はい。
 雪が、しんしんと降っています。積もるかもしれません。アシモフたんが、初めて見る雪に前足で飛びかかっては不思議そうに首をひねりました。かわいい。
 はい、これで舞台は整いました。先日、ノーチートのわたしでは、領境のマディア北東部事変発生現場へ行って張り込むのは事実上むりだとわかりました。ではどうすれば。
 実行犯容疑者を軟禁して、そもそも現場に行けなくしてしまいしょう!

「ソナコー、なんで逃げるのー」

 サルちゃんがぜったいぐりぐりする目的で追っかけてくるので、玄関フロア内を縦横無尽に競歩おにごっこしました。捕まりました。はい。
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