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 領境の街・リッカー=ポルカ

86話 みんなおっきいこわい

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 たぶん蒸気バスに乗っていたのは四十分くらいなんだと思いますけど、四時間くらいに感じました。さむい。主にさむい。
 イヤーマフってあるじゃないですか。雪の日にするもふもふの。わたしあれ、中高は福岡だったから本物を見たことがなかったんですよ。防音とかのしか売ってないので。で、成人して群馬来てから前橋スズランの大群馬展で出会ったわけです。すっごくかわいいイチゴ模様のやつ。ぐんまかわいいプロジェクト最高。一目惚れで買いました。そして、秋冬につけていたんです。群馬で。前橋で。元日にニューイヤー駅伝しちゃうくらい雪がないところで。今よくよく思いますけど、前橋じゃねえよ。リッカー=ポルカでしろよ。いった。耳いった。寒さって痛み。なにこれ初めてなんだけど。イヤーマフの存在意義はかわいいだけじゃなかった。ファッションで身につけるべきものではなかった。すべてのものには生まれてきた明確な意味があるんだ。わたしは今日それを学んだ。カムバックイチゴ柄イヤーマフ!!! いでよ、今ここに!!!
 頭痛までしてきました。ミトンをした手で両耳を押さえます。サルちゃんがあんまり心配してなさそうな声色で「だいじょうぶかい」と尋ねてきました。はい、だいじょうぶでもありません。深呼吸で大きく息を吸ったら冷たい息が肺に入ってきました。そりゃそうだ。体が芯から冷えるってこういうことを言うんですね。なるべく浅く息をすることにしました。
 ごうん、というひと鳴きをして蒸気バスが停車しました。やっと。領境警備隊員さんが、真っ白な中でも見える棒を振り回して合図を送っています。運転席の窓付近に来たその方のノックに、ノエミさんは窓を開けました。さっむ! 吹雪の中張り上げた声が聞こえます。

「ご要件は⁉」
「ラ・サル将軍をお連れしました!」

 ノエミさんも大きな声で応じると、車内にサルちゃんの姿を認めて、警備隊員さんが大きくうなずきました。そして開門。中へそろそろと進入すると、いくらか雪が弱くなりました。見えた光景は前回訪れたときとはまるで違います。
 門から領境基地の建物までの数十メートル。以前はなにもなかったところに、低く張られたテントがいくつもありました。規則正しく整然と並ぶそれらに、ぞわり、と背中を走る危機感を覚えます。常時とは、確実に違うのだ、というのが視認できてしまいました。「さて、行こうかー」と、サルちゃんはのんびりと、まるでなんてことないかのように言いました。
 警備隊員さんはやはり、わたしとノエミさんという部外者がいることと、わたしたちを連れて行こうとするサルちゃんに大いに困惑しています。そりゃそうだよな。でも天下のラ・サル将軍に意見なんてできないでしょうね。この方にも怒られ発生するのかな。なんかごめんなさい。
 テント内から人がたくさん出てきて蒸気バス側を向き整列しました。みなさん防寒着をまとっているとはいえ、領境警備隊員さんたちとはまったく違う装いなのはひと目でわかります。胃まで痛くなってきました。勘弁して。「行くよ、ソナコ」と、サルちゃんに降車を促されました。はい。わかってます。
 まず、サルちゃんが降ります。マディア軍のみなさんが、ざっと一斉に休めの姿勢をとりました。これがアウスリゼの敬礼なんでしょうか。「やあ、やあ、どーも。ひさしぶりみんな」と、本当に偉い人なのかよくわからないあいさつでサルちゃんが応じます。わたしはサルちゃんに手を差し出されて、おっかなびっくりそれに両手でつかまって降車しました。さすが訓練された兵士さんたちです。わたしの方にちらりとも視線を動かしません。ノエミさんは指示を受けてそのまま蒸気バスを移動させています。いっしょに来た領境警備隊員さんはどこかに行ってしまいました。

「いくよ」

 わたしはそのまま手を引かれてびくびくと歩きます。気分は小学校入学前説明会に連れて行かれる園児です。パパこわいよ、みんなおっきい。「ノエミさんは?」と尋ねると「あとから来るよ」となんだかうさんくさい感じの回答がありました。
 領境基地内に入ると、おひげ勲章おじさんが迎えてくれました。わたしのことはガンスルーな感じでサルちゃんに「お待ちしておりました」と声をかけます。「まずは状況説明を。このソナコも同席させるけど、いいよね」とサルちゃんが言うと、めっちゃガン見されました。ガンスルーからのガン見。なんかこわい。パパ、こここわい。はやく帰ろう。
 会議室みたいなところに連れられていきました。楕円のテーブルの。やっと息が白くないところに来て、ほっとします。まだ耳は痛いけど。サルちゃんはたぶん上座にあたる席を勧められてましたが、「いや、こっちで」と言って違う椅子に着きました。

「ソナコ。ほら、ここおいで。暖房あるから」

 ぽんぽん、と隣の席を叩いてサルちゃんが言います。ほんとだ、ストーブの前の席だ。パパありがとう。
 わたしたち二人の他におひげ勲章おじさんを含めてぜんぶで七人の人が部屋に入ってきました。で、みなさん入り口のところでしゃきっと並んでこちらを向き休めの姿勢になります。あわててわたしも席を立ってまねっこしました。

「……なんであなたもやるの」
「え……なんとなく」

 全員席に着きました。「やあみんな、ひさしぶり。元気だったかい。積もる話はいつかやるとして、とりあえずこちらはソナコ。軍師として僕の右腕をしてくれることになった」……は?

「なに言ってんですかサルちゃん」
「僕にはあなたが必要なんだよ」
「なんかそれっぽいこと言ってごまかさないでください」
「本心だよ」

 窓際係長っぽくなくにこっとされました。……だまされないぞ! 「とりあえずさ、順番に自己紹介してってよ。ソナコにわかるように。あと僕も名前覚えてないから」とサルちゃんがめっちゃひどいこと言いました。いい上司ではないことははっきりわかりました。
 みなさん生真面目に、時計回りに名前と所属と階級をおっしゃいました。さっぱりでした。いえ、所属と階級についてはグレⅡオタの心をくすぐりましたけど、名前がね。やっぱりね。そんなすぐ覚えられるわけがないよね。顔と名前を一致させるとか偏差値60くらい必要だからね。ひどいとか思ってごめんねサルちゃん。
 ということで、わたしを巻き込んでなし崩し的に始まりました。軍議。まじかよ。
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