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『三田園子』という人

155話 なんかもう感無量

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「なんかここらへん、変わっちゃったねえ」
「再開発で。『天神ビッグバン』とか言われてる」
「あー、なんか聞いた」
「ひさしぶりに来たん?」
「いちおう福岡には毎年夏に来てるけどねー。お墓の掃除とか。天神はスルーしてた」

 コーヒーでも飲まないか、と言われて、じつは今飲んだばっかりと言ったら、なんとなく二人でおもちゃ売り場を見て回る流れになりました。なんでこんなところにいるの、と聞いたら、姪っ子さんが、ピアノのコンクールへ送った動画の審査結果が今月出るんですって。それですごく気持ちが不安定になっているそうで。動画を撮った叔父バカである加西くんは、ぜったい姪っ子さんが全国優勝だと疑っていない。けれど、プレッシャーで押しつぶされそうになっている姪っ子さんへ、「結果がどうあれ、真緒はかわいい」っていうことを伝えるために今プレゼントをしたいと。仕事が早く終わったので、なにがいいか探しに来たと。なんだそのステキ叔父。
 最近の若い子の感性とか流行りとかはわかりませんけれど、小学一年生のとき自分がどんなものに憧れていたかを思い出しながらアドバイスしました。彩花ちゃんのお姉ちゃんが持っていた、ジェニーのお家、ステキだったなあ。
 とりあえず「プリキュア好き? それともディズニーとか?」と尋ねてみました。「めっちゃプリキュア好き」と返ってきました。

「じゃあ、これ一択」

 変身スカイミラージュ、という新商品を指差しました。その名の通りプリキュアに変身できるかもしれない願望を満たしてくれるやつです。サンプル品のボタンを押したら「ナイスっ!」と言われたので、きっとベストチョイスだと思います。はい。

「まじか、これか。じゃあこれにする」
「迷いないな!」
「三田が選んだから。……間違いない」

 さくっとお会計へ向かいました。「包装紙は何色にいたしましょう?」「……何色がいい?」「姪っ子さんが好きなプリキュアのカラーで」「……ピンクでお願いします」――よかったねえ、真緒ちゃん。あなたは愛されているよ。

 いっしょに岩田屋さんを出ました。夕飯いっしょにどうだと誘われましたけど、そもそも夕飯にはまだ早いし「姪っ子さんへはやくあげに行きなよ、おじさん」と言うと、加西くんは黙りました。

「今日、どこに泊まんの」
「わかんない、これから探す」
「電話番号変わってない?」
「変わってないけど、そもそもスマホ、群馬に置いてきた」
「はあ?」

 置いてきたっていうか、持ち出せなかったというか。そういえば今電番とかどうなってるだろう。あとでためしに電話してみよう。

「それでどうやってホテル取るんだよ」
「気合い?」
「バカじゃん」

 結局加西くんがスマホ検索してくれて、女性用カプセルホテルをその場で予約してくれました。しかも料金払ってくれちゃって。渡そうとしたら「いい」と言われました。

「その代わり……晩飯つきあってくれ。姪っ子に渡して、戻ってくるから」

 お言葉に甘えまして。とりあえずちょっと頭の中整理したかったこともあり、取ってもらったカプセルホテルへ行きました。シャワー室へ行ったら、これからご出勤っぽいお姉さんたちがドレッサーに向かって気合いメイク中でした。シャワーに入って約九カ月ぶりにコンディショナーを使ったので、髪の毛のキューティクルがあからさまに余所行き顔に変身して笑いました。指通りなめらか。日本の化学技術すごい。
 髪を乾かしてからあてがわれた自分のカプセル部分に入って、加西くんが迎えに来ると言っていた18時にアラームをセットし横になりました。十分前とかにセットしろよと思わなくもありません。まあいいや。とりあえず状況把握しよう。まず。

 ・わたしが群馬県前橋市の自宅から、アウスリゼ・ルミエラのエリメダ宮に飛ばされたのは2022年の9月の後半。今日は2023年6月12日。なのでまるまる九カ月、こちらではわたしがいなくなったことになっているはず。
 ・『王杯』がわたしを福岡へ飛ばしたことは確定。そして、話したときの口ぶりから、わたしをアウスリゼへ連れて行ったのも『王杯』だと思われる。
 ・『王杯』はわたしを「選んだ」と言い、わたしの行動によりその目的が達成されたということを会話の中で示唆していた。目的とは、内戦の回避か?

 内戦回避が目的だったとして、それが達成されたとするならば……オリヴィエ様は無事にルミエラへ到着するってことですね。……よかった。本当に、よかった。
 むしょうに泣けて、泣きました。わたしが行ってキリキリ舞いした甲斐は、ちょっとくらいあったかなって。オリヴィエ様が亡くなることなく、そして無闇に他の人々が危険にさらされることもなく、ことを収められたのだとしたら、こんなにいいことはないから。そのためにわたしが選ばれたんだって言うなら、それはそれで。それはそれで。むしろ感謝したいくらいです。本当に。
 あの、ゲームではあり得なかった現実の世界に、シナリオで描かれた悲劇以外の未来が拓かれた……それはとてもすごいことだと思えました。
 そして、もうひとつ。
 
 ・『王杯』が「選ばせてあげる」と言ったこと。

「……まあ。わたしに、どうするか覚悟決めろってことなんでしょうよ」

 低い声になりました。そりゃなりますよ。
 役目は終わった、とわたしについて『王杯』は述べていました。用済みってことですね。でも功労賞として、「選ばせてあげる」。いったい何様のつもりでしょうか。コップ様ですね失礼しました。
 わたしに一言も相談なくアウスリゼへ連れて行って、そしてなんの説明もなく日本へ戻されて。ちょっとムカついてきました。なんなんでしょうかあのコップ。人の人生左右するようなこと、当人になにも言わずに決行するのやめてくれないですかね。人外にそんなこと求めてもムリなのかもしれないですけど。
 泣いたりムカついたりちょっと情緒忙しくしましたが、とりあえず当面のことを考えなければなりません。さてどうしますかね。なんだかひどく冷静にこの状況を見ているのは、一度アウスリゼに放り出されるという経験をしているからでしょうか。まあそうでしょうね。ないわー。あらためて考えるとないわー。
 まず、群馬のわたしの家がどうなっているのかを確認しなければ。でも保証人になってくれていた愛ちゃんの連絡先とかぜんぶスマホに登録してあったからわからない。まずためしにわたしのスマホへ電話してみよう。公衆電話ここにあるかな。
 ありませんでした。ので、お願いしてホテルの電話を貸していただきました。受け付けのお姉さんめっちゃいい人。
 かけました。――コールしてる。え、まじで?
 八コールくらいで切ろうとしたときにつながりました。

『――はい! はい! どちらさま⁉』

 あきらかにあわてて取ったんだろうな、というその声に、わたしは泣きそうになりました。いえ、泣きました。

「……愛ちゃん? ひさしぶり」
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