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3:もう一人の『幸福の導き手』
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ベルタが居間に戻ると、中性的な容姿の美しい華奢な人がいた。年頃は多分ベルタの両親よりも大分年上だと思う。おじさんと言っていい年齢なのに、どこか年齢不詳な感じで、本当にキレイな人だ。
ベルタが戻ってきたことに気がついたカジョが、ちょいちょいと手招きしたので、ベルタはおずおずと、大きなソファーに座るカジョの隣に座った。カジョの向こう側に座っているシモンが、キレイな人に話しかけた。
「ミリィさん。この子がベルタ。『幸福の導き手』」
「へぇ。シモンの新しい友達は『幸福の導き手』なんだ」
「そ。ベルタ。この人がミリィさん。お医者さん」
「は、はじめまして。ベルタ・バルダーノンです」
「はい。はじめまして。僕はミレーラ。ミリィでいいよ。君はこの街に来たばかり?」
「あ、はい」
「ふーん。君さえよければ、君の主治医になろうか? ここは大きな街だから、『幸福の導き手』も割といるけど、『幸福の導き手』専門の医者は、多分僕くらいだからね。ニーの主治医もしてるんだ。ふたなりには、ふたなりにしか分からないこともあるしね。僕は子供を2人産んでるし、将来的なことも考えて、どうかな」
「あ、あの、本当にいいですか?」
「いいよー。ニー。セーベ。ちょっと2人で話していい? シモンとカジョは剣の稽古をするんでしょ。ニーとやっておいでよ」
「「はぁい」」
「ん」
「じゃあ、俺はおやつ作ってきますね。アルマさんから美味しいクラッカーの作り方を習ったんで。昨日、苺のジャムを作ったから、おやつはクラッカーと苺ジャムですよ」
「やったぁ! セーベおじさんのジャム好き!」
「父さん。クラッカーは多めがいい」
「はいはい。いっぱい動いてお腹減らしておいで」
「「はーい!」」
ソファーに座っていたカジョとシモンが、勢いよく立ち上がり、バタバタと走って居間から出ていった。ニルダも一緒に出ていき、セベリノはミレーラと顔を合わせて苦笑すると、ソファーから立ち上がって、『台所にいますねー』と言って、家の奥の方へと向かっていった。
ベルタはミレーラと正面から向き合い、緊張で胸がドキドキしていた。
ミレーラがじっとベルタを見つめてから、ニコッと優しく笑った。
「そんなに緊張しなくていいよ。家はどのあたり?」
「えっと、学校の近くです」
「いきなり突っ込んだこと聞くけど、精通や初潮は?」
「せいつう。しょちょう」
「あれ? もしかして、知らない? 初等学校で性教育ってなかった?」
「あったような……?」
「子供のつくり方は知ってる?」
「結婚して、お父さんとお母さんが仲良くしてたら、子供ができます」
「……うん。間違ってはいないんだけど、正解でもないかな」
何故かミレーラが苦笑しながら、マグカップに入った珈琲を飲んだ。んー、と少し考えるような声を小さく出した後、ミレーラがパンッと手を打った。
「そうだ。シモン達もお年頃になってきたし、ちょうどいいからアルに性教育講座をさせてみようかな。アルは上の子でね。医者なんだけど、僕の跡を継がせようと思ってるんだよね。ふたなり専門医。勿論、普通の人も診るけど、ふたなりは身体の構造からして普通の人とは違うし、特に妊娠・出産に関しては、普通の女の人より大変な場合が多いから、やっぱりふたなり専門の医者が1人は街に常駐してた方がいいしね。ふたなりは、まぁ色々あるからね。心のケアまでできるような医者になってもらいたいのよ。僕としては。本人を割とその気だし。うん。アルに性教育講座をやってもらおう。決―めた。ねぇ、ベル。あ、ベルって呼んでいい? 僕は親しい人は愛称で呼びたい派なんだ」
「あ、はい。大丈夫です」
「精通や初潮なんかの基本的なことは僕の息子から教えてもらうとして……あ、勿論僕も立ち会うから安心してね。君はとても可愛いから、良くも悪くも人が集まってくる。君自身を守る為にも、ニーから護身術を習った方がいいと思うんだ。うちの子達も、僕に似て小柄で美人さんだから、ルド、僕の伴侶やニーから護身術を習ったんだよね」
「護身術……」
「大きな街である分、人の出入りも多い。治安が悪い所もあるし、力づくでどうこうしようって輩もいない訳じゃない。自分の身体と心を守る為にも、護身術は身につけておいて損はないと思うよ。どうかな?」
「あの、僕、運動をあまりしたことがなくて……できるでしょうか」
「おや。まぁそこは君の頑張り次第かな。ルドやニーより先にアーロに教えさせた方がいいかなぁ。ルドもニーもぶっちゃけあんまり人に教えるのに向いてる方じゃないし。ルドは説明が大雑把だし、ニーは口数が少ないし。基礎中の基礎くらいならアーロも教えられるし、体格も僕に似てるから、ベル向けの護身術を習えると思うよ。あ、アーロって下の息子ね。硝子細工職人をしてるんだ。それと、一度君の健康診断をしたいかな。基礎データがないと、身体に何かあった時に、普段との変化が分からないからね。あと、君のご両親にも挨拶をして、君の話を聞いておきたいかな。来週の休日って、ご両親は家にいる?」
「あ、はい。お父さんは初等学校に先生をしているので、学校が休みの日には家にいます。お母さんは主婦なので、いつも家にいます」
「あ、そうなんだ。じゃあ、来週の休みに君の家にちょっとお邪魔するね。ご両親に話しておきたいこともあるし。シモンは君の家を知ってる?」
「はい。今日、此処に来る前に僕の家に寄ったので」
「じゃあ、シモンに案内してもらうよ。ベル。これからよろしくね」
「よ、よろしくお願いします!」
ベルタはミレーラに軽く頭を下げながら、頼もしい人に出会えたなと、ほっとした。アブリルや父親とは、自分の身体の話をしたことがないし、自分の身体なのに知らないことばっかりだ。ミレーラはお医者さんだから、きっと必要な知識をしっかり教えてくれるだろう。両親以外に、相談ができる大人ができて、本当によかった。思い切って、紹介してもらって正解だったかもしれない。『危ないことはしちゃ駄目』とアブリルに言われて、今まであんまり運動や外で走り回ったりとかしたことがないが、護身術は習ってみたい。折角、新しい街に来たのだ。同じ『幸福の導き手』とも出会えたし、新しいことにも挑戦してみたい。
ミレーラから、『今日の話は一応終わったから、シモン達を見に行こうか』と誘われて、ベルタは頷いて、ソファーから立ち上がった。
広い庭では、花を植えていない一角で、シモンとカジョが2人並んで、剣を振っていた。素振りというらしい。ニルダが時折ボソッとアドバイスをしながら、2人の指導をしている。ミレーラから聞いた話では、2人とも初等学校に入学した頃から、ニルダに剣を習っており、街で行われる剣術大会にも、出場したことがあるそうだ。ガランドラは大きな街だから、初等学校と中等学校は三つ、高等学校は二つあるらしい。剣術大会は、三つの学校合同で行われるので、出場しようと思えば、まずは自分が所属する学校の中で行われる選抜試合で勝たないといけないそうだ。シモンは背が高いから、剣術大会に出られるのも納得だが、カジョも剣術大会に出場できるくらい強いのには驚いた。カジョは小柄で、比較的小柄な方のベルタよりも背が低い。ミレーラ曰く、カジョの努力と工夫の成果なのだそうだ。カジョはシモンが初等学校に入学した頃からの友達で、ニルダに怯えて泣きながらも、ほぼ毎週、ニルダからシモンと一緒に剣を習っていたのだとか。
ベルタは、剣の打ち合いを始めた2人を眺めながら、羨ましいなぁと思った。そんなに何年も友達でいられることも、一緒に頑張れることも。ベルタには、そんな友達はいなかった。
最初に話しかけてくれたカジョとシモンと、友達になりたい。ベルタはミレーラとポツポツ話しながら、汗をかきながら一生懸命頑張る2人を、セベリノに呼ばれるまで眺めていた。
ベルタが戻ってきたことに気がついたカジョが、ちょいちょいと手招きしたので、ベルタはおずおずと、大きなソファーに座るカジョの隣に座った。カジョの向こう側に座っているシモンが、キレイな人に話しかけた。
「ミリィさん。この子がベルタ。『幸福の導き手』」
「へぇ。シモンの新しい友達は『幸福の導き手』なんだ」
「そ。ベルタ。この人がミリィさん。お医者さん」
「は、はじめまして。ベルタ・バルダーノンです」
「はい。はじめまして。僕はミレーラ。ミリィでいいよ。君はこの街に来たばかり?」
「あ、はい」
「ふーん。君さえよければ、君の主治医になろうか? ここは大きな街だから、『幸福の導き手』も割といるけど、『幸福の導き手』専門の医者は、多分僕くらいだからね。ニーの主治医もしてるんだ。ふたなりには、ふたなりにしか分からないこともあるしね。僕は子供を2人産んでるし、将来的なことも考えて、どうかな」
「あ、あの、本当にいいですか?」
「いいよー。ニー。セーベ。ちょっと2人で話していい? シモンとカジョは剣の稽古をするんでしょ。ニーとやっておいでよ」
「「はぁい」」
「ん」
「じゃあ、俺はおやつ作ってきますね。アルマさんから美味しいクラッカーの作り方を習ったんで。昨日、苺のジャムを作ったから、おやつはクラッカーと苺ジャムですよ」
「やったぁ! セーベおじさんのジャム好き!」
「父さん。クラッカーは多めがいい」
「はいはい。いっぱい動いてお腹減らしておいで」
「「はーい!」」
ソファーに座っていたカジョとシモンが、勢いよく立ち上がり、バタバタと走って居間から出ていった。ニルダも一緒に出ていき、セベリノはミレーラと顔を合わせて苦笑すると、ソファーから立ち上がって、『台所にいますねー』と言って、家の奥の方へと向かっていった。
ベルタはミレーラと正面から向き合い、緊張で胸がドキドキしていた。
ミレーラがじっとベルタを見つめてから、ニコッと優しく笑った。
「そんなに緊張しなくていいよ。家はどのあたり?」
「えっと、学校の近くです」
「いきなり突っ込んだこと聞くけど、精通や初潮は?」
「せいつう。しょちょう」
「あれ? もしかして、知らない? 初等学校で性教育ってなかった?」
「あったような……?」
「子供のつくり方は知ってる?」
「結婚して、お父さんとお母さんが仲良くしてたら、子供ができます」
「……うん。間違ってはいないんだけど、正解でもないかな」
何故かミレーラが苦笑しながら、マグカップに入った珈琲を飲んだ。んー、と少し考えるような声を小さく出した後、ミレーラがパンッと手を打った。
「そうだ。シモン達もお年頃になってきたし、ちょうどいいからアルに性教育講座をさせてみようかな。アルは上の子でね。医者なんだけど、僕の跡を継がせようと思ってるんだよね。ふたなり専門医。勿論、普通の人も診るけど、ふたなりは身体の構造からして普通の人とは違うし、特に妊娠・出産に関しては、普通の女の人より大変な場合が多いから、やっぱりふたなり専門の医者が1人は街に常駐してた方がいいしね。ふたなりは、まぁ色々あるからね。心のケアまでできるような医者になってもらいたいのよ。僕としては。本人を割とその気だし。うん。アルに性教育講座をやってもらおう。決―めた。ねぇ、ベル。あ、ベルって呼んでいい? 僕は親しい人は愛称で呼びたい派なんだ」
「あ、はい。大丈夫です」
「精通や初潮なんかの基本的なことは僕の息子から教えてもらうとして……あ、勿論僕も立ち会うから安心してね。君はとても可愛いから、良くも悪くも人が集まってくる。君自身を守る為にも、ニーから護身術を習った方がいいと思うんだ。うちの子達も、僕に似て小柄で美人さんだから、ルド、僕の伴侶やニーから護身術を習ったんだよね」
「護身術……」
「大きな街である分、人の出入りも多い。治安が悪い所もあるし、力づくでどうこうしようって輩もいない訳じゃない。自分の身体と心を守る為にも、護身術は身につけておいて損はないと思うよ。どうかな?」
「あの、僕、運動をあまりしたことがなくて……できるでしょうか」
「おや。まぁそこは君の頑張り次第かな。ルドやニーより先にアーロに教えさせた方がいいかなぁ。ルドもニーもぶっちゃけあんまり人に教えるのに向いてる方じゃないし。ルドは説明が大雑把だし、ニーは口数が少ないし。基礎中の基礎くらいならアーロも教えられるし、体格も僕に似てるから、ベル向けの護身術を習えると思うよ。あ、アーロって下の息子ね。硝子細工職人をしてるんだ。それと、一度君の健康診断をしたいかな。基礎データがないと、身体に何かあった時に、普段との変化が分からないからね。あと、君のご両親にも挨拶をして、君の話を聞いておきたいかな。来週の休日って、ご両親は家にいる?」
「あ、はい。お父さんは初等学校に先生をしているので、学校が休みの日には家にいます。お母さんは主婦なので、いつも家にいます」
「あ、そうなんだ。じゃあ、来週の休みに君の家にちょっとお邪魔するね。ご両親に話しておきたいこともあるし。シモンは君の家を知ってる?」
「はい。今日、此処に来る前に僕の家に寄ったので」
「じゃあ、シモンに案内してもらうよ。ベル。これからよろしくね」
「よ、よろしくお願いします!」
ベルタはミレーラに軽く頭を下げながら、頼もしい人に出会えたなと、ほっとした。アブリルや父親とは、自分の身体の話をしたことがないし、自分の身体なのに知らないことばっかりだ。ミレーラはお医者さんだから、きっと必要な知識をしっかり教えてくれるだろう。両親以外に、相談ができる大人ができて、本当によかった。思い切って、紹介してもらって正解だったかもしれない。『危ないことはしちゃ駄目』とアブリルに言われて、今まであんまり運動や外で走り回ったりとかしたことがないが、護身術は習ってみたい。折角、新しい街に来たのだ。同じ『幸福の導き手』とも出会えたし、新しいことにも挑戦してみたい。
ミレーラから、『今日の話は一応終わったから、シモン達を見に行こうか』と誘われて、ベルタは頷いて、ソファーから立ち上がった。
広い庭では、花を植えていない一角で、シモンとカジョが2人並んで、剣を振っていた。素振りというらしい。ニルダが時折ボソッとアドバイスをしながら、2人の指導をしている。ミレーラから聞いた話では、2人とも初等学校に入学した頃から、ニルダに剣を習っており、街で行われる剣術大会にも、出場したことがあるそうだ。ガランドラは大きな街だから、初等学校と中等学校は三つ、高等学校は二つあるらしい。剣術大会は、三つの学校合同で行われるので、出場しようと思えば、まずは自分が所属する学校の中で行われる選抜試合で勝たないといけないそうだ。シモンは背が高いから、剣術大会に出られるのも納得だが、カジョも剣術大会に出場できるくらい強いのには驚いた。カジョは小柄で、比較的小柄な方のベルタよりも背が低い。ミレーラ曰く、カジョの努力と工夫の成果なのだそうだ。カジョはシモンが初等学校に入学した頃からの友達で、ニルダに怯えて泣きながらも、ほぼ毎週、ニルダからシモンと一緒に剣を習っていたのだとか。
ベルタは、剣の打ち合いを始めた2人を眺めながら、羨ましいなぁと思った。そんなに何年も友達でいられることも、一緒に頑張れることも。ベルタには、そんな友達はいなかった。
最初に話しかけてくれたカジョとシモンと、友達になりたい。ベルタはミレーラとポツポツ話しながら、汗をかきながら一生懸命頑張る2人を、セベリノに呼ばれるまで眺めていた。
応援ありがとうございます!
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