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4:2人のパンツ

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カインは食料品の買い出しのついでに、服屋に立ち寄った。リーンデルトのパンツがそろそろへたってきている。自分の分を買うついでに、リーンデルトのパンツも買った。

帰宅すると、リーンデルトが居間で洗濯物を畳んでいた。リーンデルトが顔を上げ、飄々とした笑みを浮かべた。


「おかえり」

「ただいま。新しいパンツを買ってきた」

「お。ありがと」


カインは買い物袋から新しいリーンデルトのパンツを取り出して、リーンデルトに手渡した。


「……カインさんや」

「なんだ」

「なんでお前のパンツはいつも無地なのに、俺のパンツは可愛いひよこさんやうさぎさんな訳?」

「間違えなくていいだろう」

「確かに間違えねぇけどね!おっさんが穿いていい柄じゃねぇだろ!!」

「どうせ俺しか見ない」

「お前のパンツだって俺しか見ないじゃないか」

「俺は職場で着替えることがある」

「だったらパンツに名前を刺繍すればいいだろ」

「この歳で名前の刺繍入りパンツを穿けというのか」

「微笑ましくていいだろ」

「どこがだ。晩飯作ってくる」

「へーい」


パンツを見下ろして小さく溜め息を吐くリーンデルトを放置して、カインは台所へと向かった。
今日はリーンデルトが好きな鶏皮を買ってきた。甘辛く味付けをして、パリッと焼いたものがリーンデルトの好物である。カインは手早く料理を作りながら、ほんの少しだけ口角を上げた。

季節が本格的な夏に近づくにつれ、じわじわと熱い日が増えてきている。リーンデルトが風呂上がりにパンツ一枚で過ごす時期がやって来た。
夕食後、風呂上がりに早速新しいひよこ柄のパンツを穿いたリーンデルトが居間で寝酒を飲むのを見て、カインは気づかれないように微かに笑った。子供が好きそうな可愛いパンツが妙に似合っている。

カインも寝酒を飲みながら、隣に座るリーンデルトの脇腹の肉を摘んだ。


「また太ったんじゃないか。下っ腹だけじゃなくて、ここも摘める」

「摘むな。まだギリギリ大丈夫だろー。頻繁に夜の運動してるしー」

「夜の運動しかしていないだろう。一緒に筋トレをやるか」

「嫌。セックス以外の運動嫌い」

「健康に悪いぞ」

「まだ大丈夫だって。いよいよ太ってきたら散歩でもするし」

「そうしろ」

「今日は夜の運動するか?」

「……今日はいい。今日はずっと机仕事だった」

「あっそ。じゃあ、明日は卵が多いな。産むのも地味に大変なんだぞー」

「がんばれ」

「棒読み」


カインは寝酒を飲み終えると、リーンデルトと一緒にリーンデルトの部屋に入った。セックスをしない日でも、なんとなく毎晩一緒に寝ている。カインの部屋にもベッドはあるのだが、ほぼ使ったことがない。
眠そうな欠伸を連発しているリーンデルトにくっついて、カインは静かに目を閉じた。




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翌朝。珍しくカインが起きた時に、リーンデルトの姿が無かった。いつもはカインが起きる時間には、リーンデルトはまだ寝ている。トイレに起きたのだろうかと思っていると、部屋のドアがバァンと勢いよく開き、リーンデルトが部屋に入ってきた。
リーンデルトがニヤニヤと悪いながら、じゃーん!とカインの無地のパンツを見せてきた。いや、厳密に言うと、嘗て無地だったパンツだ。カインの無地のパンツにデカデカとカインの名前が刺繍してある。しかも妙に刺繍が上手い。


「はっはっはー!夜なべしてお前のパンツ全部に名前を刺繍してやったぜ!!」

「何やってやがる。この野郎」

「死んだばあちゃんに刺繍習っといてよかったわ。30年ぶりくらいにやったけど、存外できるもんだな」

「まさか、俺のパンツ全部にじゃないよな」

「全部ですけど」

「この野郎。職場で着替える時に見られるだろうが」

「面白いからいいじゃん」

「心の底から殴りたい」

「暴力反対。名前だけじゃなくて飾りも刺繍したんだぜ。俺ってば器用過ぎー。ははっ」


ふざけたことを抜かすリーンデルトを本気で殴りたい。今から新しいパンツを買いにはいけない。まだ服屋は開いてない時間だ。
カインはギリギリと奥歯を噛み締めながら、『カイン』とデカデカと刺繍されたパンツを穿いた。よりにもよって、今日は体術の講義がある。職場のロッカー室で確実に着替えることになる。絶対に他の教官に見られる。
カインは徹夜でテンションがおかしいリーンデルトの腕をとり、薄い腕毛を数本まとめて引き抜いた。


「地味にいてぇ!」

「夜にお前のチン毛もこうしてやる」

「やめて。絶対痛いじゃん」

「はぁ……朝飯作ってくる……」

「俺は今日は目玉焼きの気分」

「分かった」


カインは早くも痛み始めた頭をガリガリ掻きながら、いつの間にか脱がされていたパジャマのズボンを穿きなおした。
リーンデルトの事だから、本当にカインのパンツ全部に刺繍をしたのだろう。料理はできないくせに、無駄に器用な奴である。

カインは遠い目をして色々諦めて、名前の刺繍入りパンツを穿いて仕事に出かけた。
体術の講義の後の着替えでは、別の教官にパンツを二度見された。誰も何も突っ込んでこなかったが、実に居心地が悪かった。
どうせ刺繍するなら、もっと別のまともなものにしてくれたらよかったのに。
カインは普段以上に眉間の皺を深くして、一日を過ごした。

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