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11:意外と猪突猛進
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結婚記念日の翌朝。
ロルフは、いつもより少し遅めに目が覚めた。昨夜はワインを多めに飲んだので、少しだけ頭が重い。
ロルフは、ぼーっと天井を見上げながら、昨日は楽しかったなぁと、1人でへらっと笑った。ガルバーンからの贈り物は嬉しかったし、ガルバーンがロルフの贈り物を喜んでくれたのも嬉しかった。頑張って作った料理やケーキも、すごく美味しそうに食べてくれて、なんだか、ガルバーンが可愛くて、好きだなぁと思った。
ふわふわと昨日のことを思い出していたロルフは、ん? と思った。ガルバーンが、可愛くて好きってどういうことだろう。ガルバーンは、見た目はかなり怖い。無口だし、いつも無表情だ。だが、最近では特に、ガルバーンが発する空気で、なんとなく、ガルバーンの機嫌が分かるようになっている。昨日の、特にケーキを食べて、幸せそうな空気を発していたガルバーンは、なんだか可愛かった。普通、29歳にもなる強面の巨漢に、可愛いと思うものなのだろうか。
それに、『好きだなぁ』ってなんだろう。友達として好きってことなのか、所謂、夫婦の情ってやつなのか、すぐには判断がつかない。
ガルバーンのことは、確かに好ましく思っている。一緒に暮らしていて、毎日が穏やかで、楽しくて、ずっと感じていた寂しさなんか何処かへ消えていってしまった。ガルバーンは、確かに無口で、表情にほぼ出ないが、それでも、ロルフとの生活を一緒に楽しんでくれているのは分かる。ロルフのことを、ちゃんと大事にしてくれているのも分かる。そうじゃなかったら、あかぎれの薬や乾燥肌の薬なんて、贈ってくれない。この1年と少し、毎日、ずっと一緒に頑張ってきた。ガルバーンと夫婦になってから、ロルフは自然と笑うことが増えた。それ以前は、笑う余裕も無かった時期が長かった。
ロルフは、うんうん唸りながら考えて、この胸の奥がぽかぽかするような感情は、夫婦の情だと結論づけた。夫婦の情が湧いたのだと思うと、なんだか自分の中でしっくりくる。ロルフは、ちょっとスッキリした気分で、ベッドから下りて、寝間着を脱いだ。服を着ながら、ロルフは、僕ってガルが好きなのかぁ、と暢気に思った。ガルバーンとは、既に夫婦なのだから、ガルバーンのことを好きになっても何の問題も無い。男同士だから、夜の夫婦生活は無くて当然だし、今まで通りの暮らしをすればいいだけである。ただ、ちょっとロルフの気持ちが変わったというだけだ。そもそも、ロルフは、普通の男女の夜の夫婦生活についても、ふわふわーとした知識しか無い。そんな事に興味を持って、誰かとどうこうなる余裕なんて、欠片も無かった。ただ、生きていくのに必死だった。心の余裕が出てきたのは、ガルバーンと結婚をして、ガルバーンに慣れてからかもしれない。ガルバーンのお陰で、ロルフは前を向いて笑っていられるようになった。ガルバーンが、ロルフを大事にしてくれているように、ロルフもガルバーンのことを大事にしたい。
ロルフは、とりあえず、その事をガルバーンに伝えてみようかと思って、台所に向かった。
台所を覗けば、水汲みを終えたガルバーンが、野菜を刻んでいた。ロルフは、ちょっぴりドキドキしながら、ガルバーンに声をかけた。
「ガル。おはようございます。すいません。寝坊しちゃいました。水汲み、ありがとうございます」
「おはよう。頭痛、吐き気は」
「無いです。ちょっと頭が重いくらい?」
「昨日は飲ませ過ぎた」
「楽しかったから、つい」
「俺も楽しかった」
「えへ。えへへへへ。ガル」
「なんだ」
「僕、ガルが好きです」
手際よく野菜を刻んでいたガルバーンが、ピタリと固まった。ロルフは、ガルバーンの反応に、きょとんとした。ロルフとガルバーンは夫婦なのだから、夫婦の情が湧いてもおかしくないし、『好きだ』と言ってもおかしくない筈である。ロルフが小首を傾げていると、ギギギッとどこかぎこちなく、包丁を持ったままのガルバーンが、ロルフの方を見た。
「その……」
「はい」
「その、『好き』は、どういうものだ」
「え? 多分ですけど、夫婦の情ってやつじゃないですかねぇ」
「夫婦の情」
「ガルが可愛くて好きです」
「俺が!? 可愛いっ!?」
「はい」
ガルバーンが素っ頓狂な声を上げて、慌てた様子で包丁を置き、何故か、ロルフの額に掌を当てた。剣胼胝があるゴツくて硬い手は、とても温かい。
「……熱はないな……」
「普通に元気です」
「目の医者か? 目の医者なんてこの村にはいないぞ!」
「まぁ、お爺ちゃん先生がいるだけですね」
「とっ、とりあえず、お爺ちゃん先生の所に行くぞ!」
「え? なんで?」
「お前の様子がおかしいからだ! 俺が可愛いなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない!」
「あ、見た目は普通に怖いと思ってますよ」
「……だったら、何故、俺が可愛いだなんて言い出した」
「えーと、えーと、いつも一緒にいてくれて、僕が作ったご飯を美味しいって食べてくれて、一緒に楽しい事を楽しんでくれるし、僕のことをすごく大事にしてくれてるところ? が、なんか好きだなぁって」
「…………その……」
「はい」
「……本当に、俺なんかに夫婦の情を抱いているのか」
「はいっ! 多分、間違いないです!」
「そ、そうか……」
ガルバーンが、目を泳がせて、自分の口元を片手で押さえた。ロルフは、単刀直入に聞いてみた。
「ガルは、僕のこと好きですか」
「すっ…………好き、ではあるが、その、なんだ、あれだ」
「どれ?」
「……ふ、夫婦の情かは、まだ分からん」
「もうとっくに夫婦になっているので、気長に待ちますよー」
「……その、お前は……俺と、その、アレをしたいとか思うのか」
「あれ?」
「アレだ。アレ」
「どれ」
「~~~~っ、セックス!!」
「…………へ?」
自棄糞みたいに叫んだガルバーンの日焼けした顔が真っ赤になっている。ロルフは、ぽかんとした後で、ちゃんと訂正した。
「ガル。男同士ではセックスなんてできませんよ」
「……は?」
「男同士だから、夜の夫婦生活は無くて当然ですし。でも、夫婦の情があってもおかしくないですよね? だって、夫婦だし」
「……ちょっと待ってくれ。混乱してきた」
「あ、はい」
「お前は俺に夫婦の情を抱いている。それは間違いないのか」
「多分」
「……知らないなら教えておくが、男同士でもできるぞ。アレ」
「どれ?」
「よ、夜の夫婦生活! セックス!」
「…………」
「…………」
「えー? またまたぁ。夜の夫婦生活は男女でするものですよ?」
「……それができるんだよ。やろうと思えば」
ガルバーンが、なんだか疲れたような顔をした。無表情だが、空気が心なしかどんよりしている。
ガルバーンが、眉間に皺を寄せ、自分の眉間の皺を指先でぐりぐりしながら、問いかけてきた。
「念の為、確認しておく。夜の夫婦生活についての知識はあるのか」
「ふわっと?」
「ふわっとしか無いのか……」
「えーと、その、ぶっちゃけ、そういうのに興味を持つ余裕が無かったので」
「……なるほど」
ガルバーンが、天井を見上げ、何故か、大きな溜め息を吐き、どこか据わった目で、ロルフを見下ろした。
「朝飯は後回しだ。先に夜の夫婦生活について説明する」
「あ、はい。え? なんで?」
「知っておかないといけない事だからだ」
「あ、はい。よろしくお願いします?」
ロルフは、ガルバーンの反応の意味がよく分からなくて、首を傾げた。何故、自分達と夜の夫婦生活は関係ないのに、ロルフに必要な知識なのだろうか。
ロルフは、ただ、ガルバーンに、素直に自分の気持ちを伝えて、ガルバーンを大事にしたいことを伝えたいだけだったのだが。
ロルフは頭の中に疑問符を浮かべたまま、ガルバーンに首根っこを掴まれて、居間へと連行された。
ロルフは、いつもより少し遅めに目が覚めた。昨夜はワインを多めに飲んだので、少しだけ頭が重い。
ロルフは、ぼーっと天井を見上げながら、昨日は楽しかったなぁと、1人でへらっと笑った。ガルバーンからの贈り物は嬉しかったし、ガルバーンがロルフの贈り物を喜んでくれたのも嬉しかった。頑張って作った料理やケーキも、すごく美味しそうに食べてくれて、なんだか、ガルバーンが可愛くて、好きだなぁと思った。
ふわふわと昨日のことを思い出していたロルフは、ん? と思った。ガルバーンが、可愛くて好きってどういうことだろう。ガルバーンは、見た目はかなり怖い。無口だし、いつも無表情だ。だが、最近では特に、ガルバーンが発する空気で、なんとなく、ガルバーンの機嫌が分かるようになっている。昨日の、特にケーキを食べて、幸せそうな空気を発していたガルバーンは、なんだか可愛かった。普通、29歳にもなる強面の巨漢に、可愛いと思うものなのだろうか。
それに、『好きだなぁ』ってなんだろう。友達として好きってことなのか、所謂、夫婦の情ってやつなのか、すぐには判断がつかない。
ガルバーンのことは、確かに好ましく思っている。一緒に暮らしていて、毎日が穏やかで、楽しくて、ずっと感じていた寂しさなんか何処かへ消えていってしまった。ガルバーンは、確かに無口で、表情にほぼ出ないが、それでも、ロルフとの生活を一緒に楽しんでくれているのは分かる。ロルフのことを、ちゃんと大事にしてくれているのも分かる。そうじゃなかったら、あかぎれの薬や乾燥肌の薬なんて、贈ってくれない。この1年と少し、毎日、ずっと一緒に頑張ってきた。ガルバーンと夫婦になってから、ロルフは自然と笑うことが増えた。それ以前は、笑う余裕も無かった時期が長かった。
ロルフは、うんうん唸りながら考えて、この胸の奥がぽかぽかするような感情は、夫婦の情だと結論づけた。夫婦の情が湧いたのだと思うと、なんだか自分の中でしっくりくる。ロルフは、ちょっとスッキリした気分で、ベッドから下りて、寝間着を脱いだ。服を着ながら、ロルフは、僕ってガルが好きなのかぁ、と暢気に思った。ガルバーンとは、既に夫婦なのだから、ガルバーンのことを好きになっても何の問題も無い。男同士だから、夜の夫婦生活は無くて当然だし、今まで通りの暮らしをすればいいだけである。ただ、ちょっとロルフの気持ちが変わったというだけだ。そもそも、ロルフは、普通の男女の夜の夫婦生活についても、ふわふわーとした知識しか無い。そんな事に興味を持って、誰かとどうこうなる余裕なんて、欠片も無かった。ただ、生きていくのに必死だった。心の余裕が出てきたのは、ガルバーンと結婚をして、ガルバーンに慣れてからかもしれない。ガルバーンのお陰で、ロルフは前を向いて笑っていられるようになった。ガルバーンが、ロルフを大事にしてくれているように、ロルフもガルバーンのことを大事にしたい。
ロルフは、とりあえず、その事をガルバーンに伝えてみようかと思って、台所に向かった。
台所を覗けば、水汲みを終えたガルバーンが、野菜を刻んでいた。ロルフは、ちょっぴりドキドキしながら、ガルバーンに声をかけた。
「ガル。おはようございます。すいません。寝坊しちゃいました。水汲み、ありがとうございます」
「おはよう。頭痛、吐き気は」
「無いです。ちょっと頭が重いくらい?」
「昨日は飲ませ過ぎた」
「楽しかったから、つい」
「俺も楽しかった」
「えへ。えへへへへ。ガル」
「なんだ」
「僕、ガルが好きです」
手際よく野菜を刻んでいたガルバーンが、ピタリと固まった。ロルフは、ガルバーンの反応に、きょとんとした。ロルフとガルバーンは夫婦なのだから、夫婦の情が湧いてもおかしくないし、『好きだ』と言ってもおかしくない筈である。ロルフが小首を傾げていると、ギギギッとどこかぎこちなく、包丁を持ったままのガルバーンが、ロルフの方を見た。
「その……」
「はい」
「その、『好き』は、どういうものだ」
「え? 多分ですけど、夫婦の情ってやつじゃないですかねぇ」
「夫婦の情」
「ガルが可愛くて好きです」
「俺が!? 可愛いっ!?」
「はい」
ガルバーンが素っ頓狂な声を上げて、慌てた様子で包丁を置き、何故か、ロルフの額に掌を当てた。剣胼胝があるゴツくて硬い手は、とても温かい。
「……熱はないな……」
「普通に元気です」
「目の医者か? 目の医者なんてこの村にはいないぞ!」
「まぁ、お爺ちゃん先生がいるだけですね」
「とっ、とりあえず、お爺ちゃん先生の所に行くぞ!」
「え? なんで?」
「お前の様子がおかしいからだ! 俺が可愛いなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない!」
「あ、見た目は普通に怖いと思ってますよ」
「……だったら、何故、俺が可愛いだなんて言い出した」
「えーと、えーと、いつも一緒にいてくれて、僕が作ったご飯を美味しいって食べてくれて、一緒に楽しい事を楽しんでくれるし、僕のことをすごく大事にしてくれてるところ? が、なんか好きだなぁって」
「…………その……」
「はい」
「……本当に、俺なんかに夫婦の情を抱いているのか」
「はいっ! 多分、間違いないです!」
「そ、そうか……」
ガルバーンが、目を泳がせて、自分の口元を片手で押さえた。ロルフは、単刀直入に聞いてみた。
「ガルは、僕のこと好きですか」
「すっ…………好き、ではあるが、その、なんだ、あれだ」
「どれ?」
「……ふ、夫婦の情かは、まだ分からん」
「もうとっくに夫婦になっているので、気長に待ちますよー」
「……その、お前は……俺と、その、アレをしたいとか思うのか」
「あれ?」
「アレだ。アレ」
「どれ」
「~~~~っ、セックス!!」
「…………へ?」
自棄糞みたいに叫んだガルバーンの日焼けした顔が真っ赤になっている。ロルフは、ぽかんとした後で、ちゃんと訂正した。
「ガル。男同士ではセックスなんてできませんよ」
「……は?」
「男同士だから、夜の夫婦生活は無くて当然ですし。でも、夫婦の情があってもおかしくないですよね? だって、夫婦だし」
「……ちょっと待ってくれ。混乱してきた」
「あ、はい」
「お前は俺に夫婦の情を抱いている。それは間違いないのか」
「多分」
「……知らないなら教えておくが、男同士でもできるぞ。アレ」
「どれ?」
「よ、夜の夫婦生活! セックス!」
「…………」
「…………」
「えー? またまたぁ。夜の夫婦生活は男女でするものですよ?」
「……それができるんだよ。やろうと思えば」
ガルバーンが、なんだか疲れたような顔をした。無表情だが、空気が心なしかどんよりしている。
ガルバーンが、眉間に皺を寄せ、自分の眉間の皺を指先でぐりぐりしながら、問いかけてきた。
「念の為、確認しておく。夜の夫婦生活についての知識はあるのか」
「ふわっと?」
「ふわっとしか無いのか……」
「えーと、その、ぶっちゃけ、そういうのに興味を持つ余裕が無かったので」
「……なるほど」
ガルバーンが、天井を見上げ、何故か、大きな溜め息を吐き、どこか据わった目で、ロルフを見下ろした。
「朝飯は後回しだ。先に夜の夫婦生活について説明する」
「あ、はい。え? なんで?」
「知っておかないといけない事だからだ」
「あ、はい。よろしくお願いします?」
ロルフは、ガルバーンの反応の意味がよく分からなくて、首を傾げた。何故、自分達と夜の夫婦生活は関係ないのに、ロルフに必要な知識なのだろうか。
ロルフは、ただ、ガルバーンに、素直に自分の気持ちを伝えて、ガルバーンを大事にしたいことを伝えたいだけだったのだが。
ロルフは頭の中に疑問符を浮かべたまま、ガルバーンに首根っこを掴まれて、居間へと連行された。
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