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73:ちょっぴりお困りなリカルド

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リカルドはちょっぴり困っていた。
新年を迎えて4日目の夜。リカルドはアーベルと一緒にベッドに横になっていた。アーベルはリカルドの胸に片耳をくっつけた形ですやすやと気持ち良さそうに眠っている。

普段は、リカルドは年明けの領館でのイベントの後は毎日酒を持参して、魔術研究所が開くまでの7日間を殆んど領館で過ごしている。酒を持参したら美味しいマーサ様が作った食事にありつけるのだ。その為に毎年年末にはそれなりの量の酒を買い込んでいる。しかし今年はアーベルが宣言通り、年が明けて4日目の朝にリカルドの家に来た。多めの弁当を持参して。リカルドには十分キレイな部屋を掃除して、あとはのんびりと夕方まで椅子に座って本を読んでいた。リカルドもキレイになった部屋で、最新の魔術書を読んで過ごした。静かな部屋に頁を捲る音だけが響く時間を過ごし、夕食の時に買い込んでいた酒を出したのだ。今思えば、それが間違いだったのかもしれない。アーベルはコップ3杯程の酒で、椅子に座ったまま眠ってしまった。もしかしたら城での行事で疲れていたのかもしれないが、そもそも酒に弱い質なのかもしれない。
寝室のベッドのシーツは昼間にアーベルが新しいものに替えてくれている。リカルドはアーベルをベッドに寝かせようと、アーベルの身長のわりに軽い身体を横抱きに抱えあげた。すると、アーベルがもにゃもにゃと不明瞭な事を言いながら、リカルドの首に腕を絡めて抱きついてきた。運びやすいので、そのままベッドに運んだのだが、ベッドに寝かせてもアーベルはぎゅっとリカルドに抱きついたまま離してくれないのだ。暫く絡みつくアーベルの腕と格闘していたが、離そうとすると益々強くしがみつかれて、結局諦めて一緒にベッドに横になった。布団をしっかりアーベルにかけてやるとアーベルは更にリカルドに全身でくっついてきた。結果、アーベルはリカルドの胸に顔をくっつけ、服をしっかりと握り、脚をリカルドの脚に絡めた状態になった。動けない。

リカルドは忙しい疲れている時ほど人肌が恋しくなる質である。正直年末の疲れを引きずっている今が正にそうだ。例年だと、マーサ様の元で食事をいただいた後、魔導具作りでも、そういう意味でも遊び相手であるイアソンとセックスしているのだ。あとはたまに来る魔術師長のフェンリルや本当にたまにだがマーサ様ともセックスしている。それを断り、はや4ヶ月と少し。性的なことに淡泊な方のリカルドでも流石に溜まってくる。普段自慰はしないので、尚更である。今は酒も入っているので、その事も相まって、こんなにくっつかれるとどうにもムラムラしてしまう。リカルドは抱くのも抱かれるのもどちらも好んでいる。マーサ様相手だと、ひたすらセックスが上手いので抱かれるばかりだが、他2人とはその日の気分で変えている。ぶっちゃけ寝転がっているだけで気持ちよくしてくれるので、マーサ様とのセックスが1番好きだったりする。たまに騎乗位で腰を振ることもあるが、マーサ様相手だと、マグロな時が多い。フェラはするのもされるのも好きな方なのでわりとするが。
リカルドは人間の美醜には興味関心がない。そんなリカルドでさえアーベルは美しいと思う。気持ち良さそうに眠っている今も、まるで精巧に作られた麗しい人形のようである。
長年の付き合いがある副所長のミケーネもかなり美しいが、あれはド変態だ。ミケーネのド変態列伝をあげだしたらキリがない程の変態である。本当にあんなド変態と長年結婚生活を送っている総合庁長官が不思議でならない。総合庁長官はとても常識人なのだが。実はそんな風には見えないが、総合庁長官もド変態なのだろうか。ド変態同士だからうまくいっているのだろうか。謎である。
どうでもいいことを考えながら、熱を持ち始めた身体から意識を反らす。身長が高いわりに細身で軽いアーベルの体温や酒の匂いに混ざっている微かに香るアーベルに似合いの爽やかな練り香の香りを気にしないようにと意識をするが、あんまりうまくいかない。リカルドは思わず小さな溜め息を吐いてしまった。

眠れないまま、ぼーっと天井を見上げていると、アーベルがリカルドの胸の辺りでもぞもぞし始めた。起きたか?起きたのなら、できたら身体を離してほしい。

少し乱れた髪のまま、アーベルが半分閉じた目でリカルドの顔を見た。


「頭」

「え?」

「撫でて」

「えーと……」

「撫でて」

「あ、はい」


リカルドはアーベルがくっついていない方の手で、アーベルの頭を優しく撫でた。アーベルはまるで猫のようにリカルドの手にすり寄って懐き、そのまま満足そうにニコーッと笑うと、再びリカルドの胸に顔をつけてまた寝てしまった。リカルドはアーベルの柔らかい髪を撫でながら、再び溜め息を吐いた。これはもう今夜は眠れないかもしれない。人肌の温もりと匂いで完全にムラムラしてしまっている。

リカルドは恋人はつくらないし、結婚もしないつもりである。なんだか面倒で億劫だからだ。子供は好きだが、別に自分の子供は欲しいとは思わない。それよりも好きな研究や仕事を思う存分やりたい。アーベルと恋人のフリをすることに了承したのは、前にフリオからアーベルの話を聞いていたからだ。『人見知りで身内以外に触られるのが嫌な子。でも懐いたらとても可愛い。俺には懐いているから、めちゃくちゃ可愛いぞ』と。後半は単なる甥っ子自慢だが、リカルドにとっては前半が大事だ。リカルドは自分の目付きの凶悪さを自覚している。人見知りならば早々顔が怖いリカルドには懐かないだろうと考えていた。恋人のフリも1度デートでもすれば後は名前を貸すだけでもいいだろうと思っていたのだ。
それが意外とアーベルはリカルドに懐いた。休みの度にリカルドの元へ来て、掃除をしたり世話をやいてくれている。正直かなり助かっている。そこそこキレイ好きなミケーネでさえキリがないと諦めた所長室が、アーベルが頻繁に掃除をしてくれるので、魔術研究所ができてリカルドが所長室の住人になって以来のキレイさをキープできている。部屋がキレイで物が整頓されていると、必要なものを部屋中ひっくり返して探し回る必要がないため、仕事も研究も今まで以上に捗るのだ。アーベルが休みでリカルドの部屋で本を読んだりする時には、美味しいお茶や珈琲を淹れてくれるし、少し甘いものでも摘まみたいと思ったタイミングでクッキーやキャラメルなどのお菓子や砂糖とミルクで甘くしてある珈琲を差し出してくれる。所長室に隣接している給湯室もいつもピカピカだし、物の場所が分からない時はアーベルに聞いたらすぐに分かる。そもそも整理する度に、どこに何をしまったか教えてくれるし、床やローテーブル、ソファー等に積んでいた書類等は全てファイリングして、ファイルの背表紙に何を入れているのか一目で分かるように書いてくれているので、アーベルがいない時でも探すのにそこまで時間がかからない。本棚もジャンル別にタイトル順で並べてくれているので、大変使いやすくなった。いっそ秘書として働いて欲しい程である。とても気が利くし、リカルドの仕事や研究に口出ししてこない。嫌味や小言も言わずにテキパキと生活能力が低いリカルドの世話をしてくれるのだ。かといって、リカルドに何か求めるわけでもない。リカルドにとって、アーベルの存在はかなり都合がいい。いつまで恋人のフリをすればいいのか分からないが、できるだけ長く続いて欲しいと願う程、今の生活は快適なのである。こうして埃の匂いが全然しない清潔なシーツと布団で眠れるのもアーベルのお陰なのだ。
……アーベルと結婚したら、この生活がずっと続くのだろうか。ふと、そんなことを思ってしまった。いやいや。とすぐにそんな考えを否定する。結婚したらこの生活が続くとか、まるで身の回りのことをしてくれるアーベルを結婚関係というだけで無償でこき使うようなものではないか。それはよろしくない。人としてどうかと思う。結婚とはもっとこう……なんというかお互いを尊重しあって協力しあうものなのだと思う。リカルドがアーベルと結婚しても、アーベルにおんぶにだっこな状態になるだけだ。それは良くない。仮にどうしても結婚しなければならない状況になったとしても、アーベルとだけはしてはいけないと思う。リカルドなりの感謝の気持ちである。アーベルには、もっと生活能力があって、顔も中身も優しい穏やかな人物が合っていると思う。リカルドはアーベルにもビビられていた程顔が怖いし、生活能力はない。アーベルとはなんとなく波長が合うのか、一緒にいて必要以上に気を使わずにすんで、リカルドとしてはかなり楽なのだが、アーベルがそう思っているとも思えない。結論。リカルドは絶対にアーベルと結婚すべきではない。恋人がいたことも花街に行ったこともない初なアーベルに手を出すつもりは更々ない。たとえ今夜眠れなかったとしても、リカルドはひたすらムラムラする身体と気分に耐えるつもりだ。
リカルドは眠るアーベルの長い金色の睫を眺めながら、もう1度だけ小さく溜め息を吐いた。





ーーーーーー
アーベルがふっと意識が上昇して覚醒すると、なんだか違和感を感じた。なにか温かいものに自分がくっついている。祖父のクラウディオと寝るときはいつもこんな感じだが、なんだか嗅ぎ慣れたクラウディオの匂いではない気がする。耳には規則正しい心臓の鼓動が聞こえている。誰かの胸の上で寝ている証拠だ。起きて、誰と寝ているのか確認しなければならない。微かに身動ぎすると、誰かに頭を優しく撫でられた。優しい手つきの温かい手の感触が気持ちよくて、再び眠りに誘われそうになる。クラウディオではないと思う。ではこの優しい手の持ち主は誰だ。眠たい。でも起きなければ。
アーベルはなんとか目を開けた。パチパチと何度か瞬きをする。黒いシャツが視界に広がっている。よくよく見れば自分の手がシャツを握りしめているのも見えた。顔ごと視線を上げていくと、少し髭の伸びた顎が見え、凶悪な目付きの目と目があった。思わずビクッと身体が震えた。


「リ、リカルド?」

「おはようございます」

「お、お、おはよう……えーと、この状況、なに?」

「それは昨夜ですね……」


リカルドがアーベルが酔って寝た時の話をしてくれた。思わず低く唸ってしまう。勿論自分の所行に対してだ。アーベルはある一定以上酔うと自覚はないが甘えたになると聞いたことがある。間違いなく、それをやらかしてしまった。恥ずかしいことこの上ない。普段、外や身内以外の人がいる所では酔う程酒を飲まない。それが昨夜はついつい飲んでしまったのだ。それだけリカルドに気を許してしまっているのだろう。不覚である。
アーベルはそっとリカルドにくっついていた身体を離した。リカルドはすぐに起き上がってトイレへと行った。……我慢させてしまっていたようだ。いっそ起こしてくれたらよかったのに。アーベルは1人ベッドの上で、飲み過ぎて微妙に痛む頭を抱えた。やらかしてしまった感がすごい。あー、とか、うー、とか意味のない声を出して唸るアーベルの頭を、トイレから戻ってきたリカルドが優しく撫でた。


「二日酔いですか?」

「……少し」

「どうしましょう。薬がないのです」

「平気。水でも飲んだらすぐにおさまる」

「では水をお持ちしますね」

「……ありがとう」


寝室から出ていくリカルドの背中を見送って、アーベルはパタリとベッドの上に寝転がった。やっちまったもんは仕方がない。リカルドと一緒に寝て頭を撫でられて、少なくともアーベルは別に嫌ではなかった。リカルドにきっと身内並みに気を許しているのだろう。じゃなかったら、いくら酔っていても抱きついたり、頭を撫でろと言う訳がない。やっちまった感満載で恥ずかしいが、不快ではない。
アーベルは水の入ったグラスを持ったリカルドが戻ってくると、お礼を言ってグラスを受け取り、水を一息で飲み干した。頭が少しスッキリする。
昨夜から今朝にかけてのことをリカルドに謝ると、アーベルは昨夜のまま放置されていた食べかけの料理や酒の入ったグラス等を手早く片付けた。大量の料理を弁当にしてきたので、朝食分くらいはまだ残っている。2人で朝食を食べて、領館へと向かうためにリカルドの家を出た。リカルドを馬の後ろに乗せて、タンデムで領館への道を馬に歩かせる。リカルドの手には大きな酒瓶が握られている。毎年酒を持参して、領館で食事をもらっているらしい。サンガレアで年末年始を過ごしたのは確か6歳までだから、かなりうろ覚えではあるが、そういえば領館でマーサ様の酒飲み仲間が集まって、連日酒盛りをしていた。その面子にリカルドもいたのだろう。領館に着くと、先に酒盛りを始めていた面々に挨拶をしてからリカルドもその輪に加わった。アーベルは今日はなんだか酒を飲む気分ではない。温かいお茶を自分で注いで、なんとなく酒の入ったグラスを持つリカルドの隣に座った。その日は夜になるまで、酒を飲むリカルドの横にずっといた。帰るというリカルドを馬で送ってやって、酒も入っていないというのに、この日もリカルドと一緒のベッドで寝た。別に理由はない。ただ、本当になんとなくだ。結局、研究所が開き、互いの仕事が始まるまでの3日間まるっとアーベルはリカルドと過ごしたのであった。
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