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16:面倒臭い酔っぱらい

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ミケーネを寝かしつける時間になると、アイディーはミケーネを抱っこして2階の自室に移動した。ロバートは居間で今夜も酒を飲んでいる。
ミケーネと並んでベッドに寝転がり、ミケーネが比較的最近ロバートに買ってもらったお気に入りの絵本を広げ、アイディーは絵本を読み始めた。
絵本が終盤に差し掛かった頃。突然アイディーの部屋のドアがノックもなしに開いた。驚いてドアの方を見れば、枕を持ったロバートがすたすたと入ってきた。ロバートはベッドのすぐ側に来ると、にーっと上機嫌そうに笑った。


「俺も一緒に寝る!」

「あ?」

「……やぁぁぁぁだぁぁぁぁぁ!!パパやぁぁぁぁ!!」

「げっ」

「な、なん、なんでっ、ミケーネ、う、うぇっ、う、う、うぅ……」


眠いのもあって、不機嫌にイヤイヤ叫びだすミケーネ。そんなミケーネの反応に泣き出す酔っぱらいのオッサン。とても面倒臭い状況になったことを察したアイディーは眉間に皺を寄せた。
アイディーは俯せに寝転がっていた体勢から身体を起こし、ベッドの上に胡座をかいて座ってから、とりあえずヤダヤダ言っているミケーネを抱っこした。


「そっかー。坊っちゃん嫌かー」

「やぁぁぁぁぁん」

「だってよ」


アイディーがロバートを見上げれば、くしゃっとロバートの顔が悲しげに歪み、ボロボロと大粒の涙を溢した。完全に酔っている。


「ひど、ひどい、うっ、うっ、う……」


自分の枕を抱き締めて泣いている面倒臭いオッサンにアイディーは小さく溜め息を吐いて、そもそも何故ロバートが一緒に寝るということを言い出したのか、理由を聞くことにした。


「旦那様よぉー、何で一緒に寝んの?」

「うっ、ぐずっ、1人、寒いし、うえっ、さみしい……」

「子供か」

「うっ、うっ、うぇっ、うぇっ」

「あーちゃぁぁ!あぁぁぁぁ……」

「あ、やべ。こっちも泣き出した」


アイディーの部屋に大人と子供の2人分の泣き声が響くという中々にカオスな状態になってしまった。アイディーはミケーネを抱き締めて背中を優しくポンポンしてやりながら、子供のように泣いている面倒臭くて情けないオッサンを見上げた。泣き上戸の酔っぱらいが心底面倒臭いが、なんとかせねばなるまい。


「坊っちゃんと一緒に寝てぇの?」

「うぇ、うぇ、うん……」

「だってよ。坊っちゃん、パパが一緒に寝てぇんだって」

「やぁぁぁぁだぁぁぁぁぁ!!」

「おー。すっげぇ嫌がりようだな、おい」

「ひ、ひど……うぅっ……」

「うーわ。鼻水垂れ流し」


酔っぱらいが心底面倒臭い。アイディー的にはミケーネを最優先にしたいので、面倒臭い酔っぱらいに退場してもらうのが1番いい。とはいえ、いい歳したオッサンが1人は寂しいと泣いているのも、面倒臭いがなんだか気の毒な気もする。あんまり詳しい話は聞いていないが、どうやらロバートは伴侶に捨てられたっぽい。ロバートは気持ちが悪い変態だし、情けない馬鹿だし、酔うと心底面倒臭いので、普通に納得してしまう事実だが、1人が寂しいという気持ちは分からないでもない。アイディーだって、どうにも寂しくて、ミケーネと寝るようになった。100年以上魔術師として働いているのなら、当然身内は死んでいるだろうし、ロバートにとっての家族はミケーネただ1人だ。
ロバートは1人じゃ満足にミケーネの相手をできないが、アイディーが一緒だと割と普通にミケーネと遊んでやれるようになったし、ミケーネを喜ばせようと数日に1度はちょっとした土産を買ってきたりする。ロバートはダメ親父なりにミケーネの為に努力をしているのだと思う。ロバートは変態丸出しの情けない馬鹿なオッサンだが、ミケーネを大事に思う父親でもある。ろくでもない条件付きとはいえ、家政夫を雇うことにしたのもミケーネの為なのだろう。アイディーがミケーネを最優先にして、ロバートを割と適当に扱っても、何も文句は言わない。ロバートにとっても最優先なのはミケーネだからだと思う。
特に最近、ミケーネが笑っていると、ロバートはほっとしたような顔をする。ミケーネが自分から何かを食べると、本当に嬉しそうな顔をする。痩せて小柄だったミケーネがじわじわ太って大きくなり、少しずつではあるが、幼児らしいぷくぷく感が出てきたのがかなり嬉しいらしく、ミケーネの頬を指でふにふにして、本当に嬉しそうに微笑んでいることも多い。
ミケーネはアイディーにくっつくのが好きなので、抱っこやおんぶの時がまだ割と多いが、それでも最近は自分で歩いたり、走り回ることが増えてきている。アイディーのすぐ側をちょこちょこ歩くミケーネの後ろをロバートがついて歩き、カルガモかよ状態な時もある。ミケーネは少しずつだが日々成長しており、その成長をロバートが本当に喜んでいるのが見ていれば分かる。
ロバートは、ものすごく不器用でも、ミケーネを愛しているいい父親だ。
アイディーは鼻水を垂れ流して泣いている情けないオッサンに、少しだけ手を貸してやることにした。


「坊っちゃん」

「あぁぁぁぁぁ!」

「3人で寝ようぜー。3人ならぬっくぬくだぜ。ぬっくぬく」


ミケーネは1度泣き出すと中々泣き止まないので多少時間はかかったが、最終的に頷いてくれた。
アイディーは泣き疲れてうとうとし始めたミケーネを抱きしめたまま、未だにぐずぐず泣いているロバートを手招きした。


「旦那様。寝るぞ」

「……うん」


垂れ流しの鼻水や涙で汚いロバートの顔をロバートの枕に巻いていた大判のタオルでごしごし拭き、アイディーはロバートと枕を並べてベッドに寝転がった。ミケーネをいつも通り自分の身体の上に乗せると、ロバートがうとうとしているミケーネの小さな手を握った。泣きすぎて瞼が腫れている目を細め、ロバートが小さく笑った。その後、アイディーの腕を抱き枕のように片手で抱き締めながら寝落ちやがったことはどうにも解せないが、ミケーネの小さな手をやんわり握ったまま眠るロバートはとても穏やかな寝顔をしていたので、まぁいいかとアイディーも目を閉じた。酒臭いのは今夜くらいは我慢してやろう。腕を拘束されているのも、まぁ許してやろう。今日は新しい年の始まりの日なのだし。
アイディーはいつもより温かい中、ストンと眠りに落ちた。






ーーーーーー
ロバートは鈍い頭痛で目が覚めた。じわじわ感じる吐き気に、ロバートは目を閉じたまま、低く唸った。間違いなく二日酔いである。ロバートは自分の腕の中のなんだか温かいものをぎゅっと抱き締め、額をぐりぐり擦り付けた。抱き枕なんて持っていないので、自分はまた毛布を丸めて抱き締めてしまっているのだろう。それにしては温い。眠くなりそうな温かさだが、鈍い頭痛と吐き気が眠りを邪魔してくる。ロバートは再び低く唸って、嫌々目を開けた。
目の前には淡いピンク色が広がっていた。ロバートの毛布は深い緑色だ。ピンク色の毛布なんて持っていない。ロバートは訝しく思い、少しだけ頭を動かした。ミケーネの穏やかな寝顔が視界に入った。ロバートはパチパチと瞬きをした。少しだけ視線を動かすと、今度はアイディーの寝顔が見えた。ロバートは驚いて、ピシッと固まった。何故、3人で同じベッドで寝ているのだ。ロバートの脳裏に昨日の記憶が甦る。ロバートはどれだけベロベロに酔っぱらっても、記憶はしっかり残る方だ。昨日の自分の恥態もしっかり覚えている。ロバートは片手で顔を覆い、低く唸った。なんということだ。あまりにもあんまりな自分の行動の記憶が、ロバートの心をゴリゴリ削ってくる。
ロバートは自分のあまりの情けなさに涙目になった。涙目のまま、ロバートはミケーネの可愛らしい寝顔を眺めた。ミケーネと一緒に寝るのは実は初めてだ。ミケーネがもっと小さい頃は赤ちゃん用の小さなベッドに寝かせていたし、今は子供部屋で寝かせている。休日にミケーネがアイディーと一緒に昼寝をしている様子を、少し離れた所から眺めるのが実は密かな楽しみだったりする。本当はミケーネと一緒に寝たいと、中々言い出せなかった。
ロバートは眠るミケーネの小さな手をそーうっと慎重にやんわり握った。ミケーネの手は、小さくて、柔らかくて、温かい。じんわり胸に温かいものが広がっていく。
ロバートは鈍い頭痛と吐き気と昨夜の自分の恥態を忘れ、ふっと微笑んだ。ミケーネが本当に可愛くて、愛おしい。本当に少しずつだが、日々成長していくミケーネの今の姿をハルファにも見せてやりたい。ロバートは小さな棘が刺さるようなチクンとした胸の切ない痛みに少しだけ眉間に皺を寄せた。ミケーネのことを本当に愛して大切に思い、いつも必死だったハルファ。もっとロバートがしっかりしていれば、今もハルファはここにいたのかもしれない。ロバートはぎゅっと強く目を閉じた。酔いがまだ残っているのかもしれない。本当にまた泣いてしまいそうだ。ミケーネがいてくれるというのに、寂しくて堪らないと思ってしまう弱くて情けない自分が大嫌いだ。ロバートは泣くのを堪える為に、強く下唇を噛んだ。ハルファが今ここにいないのは、ロバートに原因がある。それなのに自分勝手な感情でめそめそ泣くなんて、情けないにも程がある。ミケーネの世話はほぼ全てアイディーがしてくれているが、ミケーネの父親は自分なのだ。この愛おしい小さな温もりを守る為に、もっとちゃんとしっかりしなくてはいけない。ロバートはぎゅっとすがりつくように、アイディーの腕を抱き締めたままの片腕に力を入れた。そして次の瞬間に、はっと慌ててアイディーの腕から手を離した。幸い、アイディーはまだ寝ている。ロバートはしゅんと眉を下げた。自分はどこまで情けないのだろう。まだ10代の少年に頼りきって、甘えている。特に昨日の自分はさぞ面倒くさかっただろう。ロバートはそっとミケーネの手から手を離し、眠る2人を起こさないように、静かにベッドから抜け出た。

寂しいけど、寂しいなんて思ってはいけない。ミケーネがいてくれるのだから。アイディーに頼りきってもいけない。アイディーは仕事だからロバートを助けてくれるのだ。

ロバートは静かにアイディーの部屋を出て、寒い廊下でぐっと握り拳を強く握った。
昨日、新しい年を迎えた。今年こそは、もっとしっかりしなければ。ミケーネの家族は自分しかいないのだから。ミケーネを守るのは父親である自分の役目だ。
ロバートは今にも泣き出しそうな心を見ないフリして、のろのろと冷たい自分の部屋へと戻った。

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