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小学校の卒業式を一週間後に控えた休日。
クリスは1ヶ月程ずっと忙しくしていたが、やっと少し一息つけるまで仕事が落ち着いていた。
昨夜はニーファと2人で酒を飲み、もはや何度目か分からないセックスをして、2人揃って昼前に目覚めた。
風呂に入った後、クリスが日用品と昼ご飯の買い出しに行き、遅めのお昼ご飯を食べると、2人でソファーに並んで座り、クリスは本を読み、ニーファは刺繍をしていた。
卒業式用の新しいネクタイが完成間近である。ニーファは集中して丁寧に針を使っていた。
そんなニーファを邪魔しないように、クリスは静かに今人気の娯楽小説を読んでいる。
仕事に関するもの以外の本が読めるのは久しぶりで、ニーファが用意してくれたお茶を飲みながら、ゆったり楽しんでいた。
そろそろ、おやつ時だろうか。
休憩にしようとクリスがニーファに声をかけようとした時、玄関の方から呼び鈴の音がした。ニーファが手を止め、立ち上がろうとするのを制し、本を置いて玄関に向かう。
おそらく神子様方の誰かだろう。
年が変わってから、マーサ様もだが、火の神子のリー様がちょこちょこ訪れてくれている。日頃、話し相手が少なすぎるニーファを心配しているだけに、神子様方の来訪はありがたい。
クリスは狭い家のなかを小走りで玄関に向かい、覗き穴を確認せず、玄関のドアを開けた。
そこには神子様ではなく、いつぞやのプロポーズ?してきた小柄な女性か立っていた。
クリスは無言で玄関のドアを閉めようとしたが、先にドアに手をかけられた。手を挟んで怪我でもされたら面倒臭い事になる。クリスは内心舌打ちをしながら、ドアを半分だけ開けた。
「ごきげんよう。クリス先生」
ぶっちゃけ名前もうろ覚えな女性が微笑んだ。不躾にもドアを掴んだまま、更に大きくドアを開こうとしてくる。香水の匂いが鼻につく。
「こんにちは。どうしてこちらに?」
「デートのお誘いに参りましたの。本来なら殿方から誘うものですけど、クリス先生は奥手でらっしゃるようですから」
奥手も何も、そもそも貴女に興味がないのだが。クリスは喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
クリスは迷惑そうな顔を隠さなかった。
「申し訳ないのですが、貴女とデートする気は毛頭ありませんので。お引き取り下さい」
「いいえ。クリス先生は私とデートをするのです。デートを一度もせず、結婚なんて少し性急でした。先ずはデートをしてお互いの事を知り合いましょう?」
諾と応えが帰ってくるのが当然といった様子にイラッとする。自信あり気に佇む女性はどうしてクリスの自宅を知っているのか。まぁ、官舎に住んでいるのだから、調べようと思えば、いくらでも調べられる。だからといって押し掛けられても迷惑以外の何物でもない。
「お帰りください。予定が入ってますので」
「私より大事な予定なんてありません」
「……その訳がわからない自信はどこから来るのですか?帰ってください。貴女とデートなんてする気は更々ありません」
「デートをするまで帰りませんわ」
「お帰りください」
「芝居のチケットも私がわざわざ用意したんですの。さぁ、参りましょう」
「行きません。帰ってください」
「できれば私と並んで見劣りしない程度には着飾って欲しいのですが、今の服装でも妥協致しましょう。感謝してください」
「……お帰りください」
心の底からイラッとする。
無理矢理にでもドアを閉めたいが、女性がドアから手を離さないし、離させるために女性の手に触れるのは嫌だ。
どうしたものかと思った次の瞬間。
背後からの気配に背筋がゾッとした。
振り返るとニーファが無表情で立っていた。殺気と呼ばれる類いのものだろうか。空気が重苦しく呼吸がしづらい程の圧を感じる。
(……まずい!)
クリスが咄嗟に女性の手を払い、ドアを閉めようとするが、ニーファの動きの方が早かった。
無言でクリスを押し退け、ニーファが女性に手を伸ばした。女性は突然の殺気に固まっている。ニーファが女性に触れる寸前、クリスは後ろから抱き締めるようにしてニーファの腕を拘束した。外に向かって叫ぶ。
「早く逃げろ!」
ニーファの背から外を見るが、女性はニーファの放つ強い殺気に腰を抜かしていた。
ニーファがクリスの腕を振りほどこうとするのを全力で抑える。
(くそっ!)
そもそも力で子供の頃から鍛えているニーファに敵うはずがないのだが、ここで離したらニーファが何をするか分からない。クリスはニーファの恐ろしい殺気に冷や汗を大量に流しながら、どうしたらいいか、必死で考えた。
(……そうだ!通信具!)
ニーファの着けているピアス型の通信具を起動させるには片手でピアスに触れなければならない。かなり分の悪い賭けだが、やるしかない。
クリスは片手により力を入れて、素早くニーファの耳につけられた通信具に一瞬触れ、全力で叫んだ。
「マーサ様っ!!」
再び両手でニーファを拘束する。
しかし、ニーファは全力で踏ん張るクリスをものともせず、怯えて這いつくばりながら後ろに下がる女性に一歩一歩確実に近づいていく。
「ニーファ君!ダメだ!ニーファ君っ!」
全力で拘束しながらニーファの名前を呼ぶが反応がない。ただ殺気を巻き散らかしながら、ニーファが無表情で女性に近づいていく。
ニーファが手を伸ばせば、女性に触れられる距離まできてしまった。女性は震えて動けない。ニーファは腕の拘束を解こうとする。クリスは必死でニーファにしがみついていた。
腕の拘束を解くのを諦めたのだろうか。身動ぎしていたニーファの動きが止まった。
(落ち着いたか!?)
一瞬ほっとしかけた時、ニーファが長い足を振り上げた。
「ニーファ!!ダメだ!!」
咄嗟に声を上げるが止められない。
ニーファの足が女性の顔面に当たる……と思われたその瞬間、ニーファが糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
クリスは慌ててニーファを抱き止めた。
「ふぅ……ギリギリ間に合ったわね」
「マーサ様!」
すぐ側にマーサが立っていた。
クリスは1ヶ月程ずっと忙しくしていたが、やっと少し一息つけるまで仕事が落ち着いていた。
昨夜はニーファと2人で酒を飲み、もはや何度目か分からないセックスをして、2人揃って昼前に目覚めた。
風呂に入った後、クリスが日用品と昼ご飯の買い出しに行き、遅めのお昼ご飯を食べると、2人でソファーに並んで座り、クリスは本を読み、ニーファは刺繍をしていた。
卒業式用の新しいネクタイが完成間近である。ニーファは集中して丁寧に針を使っていた。
そんなニーファを邪魔しないように、クリスは静かに今人気の娯楽小説を読んでいる。
仕事に関するもの以外の本が読めるのは久しぶりで、ニーファが用意してくれたお茶を飲みながら、ゆったり楽しんでいた。
そろそろ、おやつ時だろうか。
休憩にしようとクリスがニーファに声をかけようとした時、玄関の方から呼び鈴の音がした。ニーファが手を止め、立ち上がろうとするのを制し、本を置いて玄関に向かう。
おそらく神子様方の誰かだろう。
年が変わってから、マーサ様もだが、火の神子のリー様がちょこちょこ訪れてくれている。日頃、話し相手が少なすぎるニーファを心配しているだけに、神子様方の来訪はありがたい。
クリスは狭い家のなかを小走りで玄関に向かい、覗き穴を確認せず、玄関のドアを開けた。
そこには神子様ではなく、いつぞやのプロポーズ?してきた小柄な女性か立っていた。
クリスは無言で玄関のドアを閉めようとしたが、先にドアに手をかけられた。手を挟んで怪我でもされたら面倒臭い事になる。クリスは内心舌打ちをしながら、ドアを半分だけ開けた。
「ごきげんよう。クリス先生」
ぶっちゃけ名前もうろ覚えな女性が微笑んだ。不躾にもドアを掴んだまま、更に大きくドアを開こうとしてくる。香水の匂いが鼻につく。
「こんにちは。どうしてこちらに?」
「デートのお誘いに参りましたの。本来なら殿方から誘うものですけど、クリス先生は奥手でらっしゃるようですから」
奥手も何も、そもそも貴女に興味がないのだが。クリスは喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
クリスは迷惑そうな顔を隠さなかった。
「申し訳ないのですが、貴女とデートする気は毛頭ありませんので。お引き取り下さい」
「いいえ。クリス先生は私とデートをするのです。デートを一度もせず、結婚なんて少し性急でした。先ずはデートをしてお互いの事を知り合いましょう?」
諾と応えが帰ってくるのが当然といった様子にイラッとする。自信あり気に佇む女性はどうしてクリスの自宅を知っているのか。まぁ、官舎に住んでいるのだから、調べようと思えば、いくらでも調べられる。だからといって押し掛けられても迷惑以外の何物でもない。
「お帰りください。予定が入ってますので」
「私より大事な予定なんてありません」
「……その訳がわからない自信はどこから来るのですか?帰ってください。貴女とデートなんてする気は更々ありません」
「デートをするまで帰りませんわ」
「お帰りください」
「芝居のチケットも私がわざわざ用意したんですの。さぁ、参りましょう」
「行きません。帰ってください」
「できれば私と並んで見劣りしない程度には着飾って欲しいのですが、今の服装でも妥協致しましょう。感謝してください」
「……お帰りください」
心の底からイラッとする。
無理矢理にでもドアを閉めたいが、女性がドアから手を離さないし、離させるために女性の手に触れるのは嫌だ。
どうしたものかと思った次の瞬間。
背後からの気配に背筋がゾッとした。
振り返るとニーファが無表情で立っていた。殺気と呼ばれる類いのものだろうか。空気が重苦しく呼吸がしづらい程の圧を感じる。
(……まずい!)
クリスが咄嗟に女性の手を払い、ドアを閉めようとするが、ニーファの動きの方が早かった。
無言でクリスを押し退け、ニーファが女性に手を伸ばした。女性は突然の殺気に固まっている。ニーファが女性に触れる寸前、クリスは後ろから抱き締めるようにしてニーファの腕を拘束した。外に向かって叫ぶ。
「早く逃げろ!」
ニーファの背から外を見るが、女性はニーファの放つ強い殺気に腰を抜かしていた。
ニーファがクリスの腕を振りほどこうとするのを全力で抑える。
(くそっ!)
そもそも力で子供の頃から鍛えているニーファに敵うはずがないのだが、ここで離したらニーファが何をするか分からない。クリスはニーファの恐ろしい殺気に冷や汗を大量に流しながら、どうしたらいいか、必死で考えた。
(……そうだ!通信具!)
ニーファの着けているピアス型の通信具を起動させるには片手でピアスに触れなければならない。かなり分の悪い賭けだが、やるしかない。
クリスは片手により力を入れて、素早くニーファの耳につけられた通信具に一瞬触れ、全力で叫んだ。
「マーサ様っ!!」
再び両手でニーファを拘束する。
しかし、ニーファは全力で踏ん張るクリスをものともせず、怯えて這いつくばりながら後ろに下がる女性に一歩一歩確実に近づいていく。
「ニーファ君!ダメだ!ニーファ君っ!」
全力で拘束しながらニーファの名前を呼ぶが反応がない。ただ殺気を巻き散らかしながら、ニーファが無表情で女性に近づいていく。
ニーファが手を伸ばせば、女性に触れられる距離まできてしまった。女性は震えて動けない。ニーファは腕の拘束を解こうとする。クリスは必死でニーファにしがみついていた。
腕の拘束を解くのを諦めたのだろうか。身動ぎしていたニーファの動きが止まった。
(落ち着いたか!?)
一瞬ほっとしかけた時、ニーファが長い足を振り上げた。
「ニーファ!!ダメだ!!」
咄嗟に声を上げるが止められない。
ニーファの足が女性の顔面に当たる……と思われたその瞬間、ニーファが糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
クリスは慌ててニーファを抱き止めた。
「ふぅ……ギリギリ間に合ったわね」
「マーサ様!」
すぐ側にマーサが立っていた。
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