ニナの解放

丸井まー(旧:まー)

文字の大きさ
6 / 6

6:お礼がしたい

しおりを挟む
 カフカが家に帰ると、マルトルが興奮気味に出迎えてくれた。


「お父さん! ナールさんからいっぱい本を貰っちゃった! ニナさんにも、手荒れ用の軟膏の作り方を教えてもらった!」

「え? そうなの?」

「うん! 街の本屋さんで会って、初級者向けの本はもう読まないからって」

「それじゃあ、お礼を言いに行かなきゃ。何か持っていかないと。この近くにお菓子屋さんってあったかな?」

「クッキー作ったよ」

「あ、じゃあ、とりあえず今日はそれを持っていこうか」

「うん」


 カフカは、マルトルが作ったクッキーを紙袋に入れると、マルトルと一緒に家を出た。左隣の家の玄関の呼び鈴を押すと、すぐにナールが顔を出した。


「あ、カフカ先輩。お疲れ様でーす」

「ありがとう。ごめんね。休みの日に。マルトルに沢山本をくれたって聞いて、とりあえずお礼を言いに来たんだ。あ、これ、マルトルが焼いたクッキーなんだけど、よかったら食べてよ。後日、改めてお礼をさせてもらいたいんだけど……あ、ニナさんはいらっしゃる?」

「お礼なんていいですよー。でも、クッキーはありがたくいただきます。母さんを呼んできますねー」

「うん」


 ナールがにこーと笑って、クッキーを受け取ってくれた。ナールが家の奥に向かい、すぐにエプロンを着けたニナと一緒に戻ってきた。ニナは、前回同様無表情だ。


「ニナさん、息子がお世話になりました。本当にありがとうございます」

「いえ。後進の育成も大事ですから」

「あ! お父さん、焼肉もご馳走になったよ。あと、魔力コントロールの鍛え方も教えてもらった」

「え? そうなの? 重ね重ねありがとうございます。えーと、何かお礼をさせていただきたいんですけど……」

「結構です。先程も言った通り、後進の育成は大事ですから」


 本当にお礼をしたいのだが、ニナの完璧な無表情を見るに、お礼をさせてもらえないっぽい。カフカがどうしたものかと困っていると、ナールがニコニコ笑って、助け舟を出してくれた。


「母さん。カフカ先輩はお礼がしたいみたいだし、ありがたくなんか奢ってもらったら?」

「別にお礼をして欲しくてしたことじゃないわ」

「まぁ、そうなんだけどね」

「あのー、お好きなお菓子とかないですか? 専門書は初級者向けでもそれなりの値段がしますし、それを沢山いただいてしまったので、後日にはなりますが、お礼をさせてください」


 カフカの言葉に、ニナが微かに眉間に皺を寄せた。


「本当にお礼をされる程のことではないのですけど……『秋月亭』の四軒先にお菓子屋さんがあります。そこのジャムクッキーが好きです」

「あ、それは僕が好きなやつで、母さんは林檎パイが好きです」

「ナール」


 ニナの眉間の皺が少し深くなった。カフカに好きなものが知られるのが嫌なのだろうか。何にせよ、好きなお菓子とお菓子屋さんを知ることができたので、ナールに感謝である。
 カフカはゆるく笑って、ぺこりと頭を下げた。


「後日になりますけど、また改めてお礼をさせていただきますね」

「……本当に結構なんですけど」

「まぁまぁ。母さん。美味しいお菓子食べたいし、いただけるものはいただいとこうよ」

「……そうね。それでは、ありがたくちょうだいします。マルトル君」

「はい!」

「クッキー、ありがとう。2人で美味しくいただくわ」

「お口に合うといいです!」


 マルトルに向かって、ニナが微かに微笑んだ。思ったとおり、笑うと愛嬌があって可愛らしい。お礼をさせてもらえることになったし、マルトルのクッキーを喜んでもらえたのが嬉しい。マルトルはクッキーが大好きで、自分でも頻繁に作っている。


「マルトルはクッキーが大好きで、よく作ってるんです。親の贔屓目除いても美味しいので、召し上がってください」

「ありがとうございます」


 カフカが話しかけると、ニナがまた無表情に戻った。カフカが何か失礼なことでもしてしまったのだろうかとちょっと不安になる。
 あまり長居しても悪いので、カフカはマルトルと一緒にニナの家から自分の家に戻った。


「ニナさん、お父さんのことが苦手なのかな? 僕には普通に笑ってお話してくれたよ?」

「うーん。心当たりがないなぁ。会うのは二回目だし」

「クッキー、喜んでくれるかな」

「マルトルのクッキーは美味しいから、きっと喜んでくれるよ」


 カフカはゆるく笑って、マルトルの頭を撫で回した。

 翌日。出勤すると、すぐにナールに声をかけられた。


「おはようございますー。カフカ先輩、昨日はありがとうございました。クッキー、すっごく美味しくて、昨日のうちに母さんと2人で食べきっちゃいました!」

「おはよう。ナール君。お口に合ってよかったよ。マルトルが聞いたら、すごく喜ぶなぁ。こっちこそ、本当にありがとう。マルトルが、本当に喜んでて、『ニナさんみたいな薬師になる!』って、張り切ってるよ」

「あ、そうなんですねー」

「……あー、あのね? 僕、ニナさんに何か失礼なことでもしちゃったかな?」

「え? してませんよ? あ、うちの母さん、僕以外の人間は基本的に嫌いなんです」

「え?」

「子供は割と好きだし、マルトル君のことは気に入ったみたいですけど」

「そうなの?」

「なんか色々あったみたいで、僕以外の人には基本的に笑いませんよー」


 ナールの言葉に少し驚いたが、あの素っ気ない対応が通常状態だと知って、ちょっと安心する。何か失礼なことをしてしまっていたんじゃないかと、ちょっと気にしていたので。


「明後日は休みだから、お菓子を持って、夕方に少しだけお邪魔するね」

「ありがとうございます! 美味しくいただきます! へへっ。あそこの店のお菓子って、どれも美味しいから、オススメですよー。よかったら、カフカ先輩もマルトル君と一緒に試してみてください」

「ありがとう。そうしようかな。あ、薬師街で、食料品が安いお店とか知らない?」

「ありますよー。薬事研究所からは少しだけ離れてるんですけど、研究所から出て、右に真っ直ぐ進んで、乾物屋さんの所を左に曲がった先にあります。野菜が安くて新鮮だし、ちょっと遠いけど、いつもそこで買い物してるんです。お隣がお肉屋さんで、量り売りもしてくれるから、割と安くで量を買えますよー」

「ありがとう! すごく助かるよ。官舎の近くのお店は、ちょっと高いかなぁと思ってて」

「あー。あそこは確かにちょっとお高めなんですよねー。これ作るのにどうしてもこれがない! って時にしか行かないです」

「なるほど。薬師街に慣れるまでは、色々聞いてもいいかな?」

「いいですよー。ずっと薬師街に住んでるから、ある程度は分かります。それに! 仕事では教えていただくことばっかりなんで!」

「ははっ。ありがとう。本当に助かるよ。……他人が好きでないなら、あんまりニナさんとは顔を合わせない方がいいかな?」

「んー。どうでしょ? 僕としては、できたら、僕以外の人とも仲良くできる人がいて欲しいなぁと思っているので、カフカ先輩が嫌じゃなかったら、たまーーにでいいんで、声をかけてやってもらえると嬉しいです!」

「あ、うん。じゃあ、とりあえず明後日の夕方にお伺いするね」

「はい! お待ちしてます!」


 ナールがにこーっと笑った。ナールはどこにでもいそうな平凡な顔だが、笑うと愛嬌があって可愛い。ニナも笑ったら可愛かったので、なんだか勿体無いなぁと思った。

 女1人で子育てしている間に、きっと沢山苦労したのだろう。そうじゃなかったら、多分、人間嫌いにはならないと思う。ナールを見ていると、愛されて育ったことがなんとなく分かる。ニナは、家族を愛して大事にできる人なのだろう。

 カフカは、朝礼が終わって、品種改良中の薬草を育てている畑に向かいながら、お礼のお菓子をいっぱい買おうと決めた。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

夏なつ
2024.08.09 夏なつ

作者様の作品はほとんど読んでますが、BLじゃない作品は初めてなのでワクワクしてます!

BL作品も、ガッツリとエロがはいりますが、それ以上にストーリーが面白いし、内容が深い。
題名がおふざけ(笑)だったとしても、すごく文学的な話もあって、ほっこりしたり、気持ちがキュ〜ッとなったりするから、何度も読み返す作品が多い。
サンガレア領シリーズとか大好きで何回も読み直してる。

これからも楽しみにしてます!!



2024.08.12 丸井まー(旧:まー)

感想をありがとうございますっ!!
本当に嬉しいです!!

嬉し過ぎるお言葉をいただけて、感無量でありますっ!!
本当に!全力で!ありがとうございますっ!!

男女ものを書くのは久しぶりなので、ドッキドキしながらも楽しんでおります。
年内に完結できるといいなー、くらいのゆるーーい感じで書いておりますので、のーーんびりお付き合いいただけますと幸いであります!!

暑い日々が続いておりますので、どうぞご自愛くださいね。

解除

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。