草臥れオッサンの攻略方法

丸井まー(旧:まー)

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第一部

11:休日前夜(アレックス)

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アレックスは毎日が楽しくて仕方がなかった。
憧れのヒューブ局長と、同じく薬事魔術陣研究では有名なカーティスさんと一緒に研究ができるのだ。研究自体の難易度はかなり高い。だが、だからこそやりがいがある。こんなにやりがいのある仕事は初めてかもしれない。毎日3人で何度も相談しあいながら、思いついた魔術陣を書き出しては実験していく。まだ一緒に研究を始めてから4日しか経っていない為、ぶっちゃけ何の進展もないが、兎に角楽しい。
就業時間が終わるギリギリまで頭をフル回転させ続ける。疲れるが、それ以上に充実感があり過ぎて、まるで気にならない。
今日もいくつか魔術陣を書き出したが、どれも失敗だった。その失敗を次に活かす為に、どこに問題があったか話し合う。ヒューブ局長も相変わらず草臥れた雰囲気だが、王宮にいる時よりもずっと生き生きとしていた。正直残業でもして、もっと話をしていたいが、就業時間が終わってしまった。基本的にサンガレアの公的機関では残業は認められていない。研究所はその性質から、研究が佳境だったり、切羽詰まっている時は残業してもいいそうだが、まだそんなレベルではないので、ミーシャ部長に声をかけられて帰り支度をする。

リヒト副局長の母君であるミーシャ部長を初めて見たときは驚いた。ものすごい美女だというのもあるが、兎に角背が高いのだ。平均身長よりも少し上のアレックスよりも、ヘタしたら頭1つ分は背が高い。ミーシャ部長と話すときは、いつも彼女を見上げなければならなかった。表情筋がとても残念なのだそうで、常に無表情だが、とても気さくで優しい方だ。マーサ様の長女であるとヒューブ局長から聞いた。
帰り支度をしていると、そのミーシャ部長から話しかけられた。


「ヒューブ先輩。アレックス君。明日と明後日は、うちの研究部は休みなんですよ」

「あ、そうなんだ」

「はい」

「分かりました」


明日明後日は休みか……。アレックス的には別に休みなどなくてもいいのだが。
少し残念に思っていると、ミーシャ部長の後ろからフィオナがひょいと顔を出した。


「ヒューブ局長。よかったら明日芝居を観に行きませんか?」


フィオナが頬を赤く染めて、期待を込めた目でヒューブ局長を見た。


「いいね。案内頼んでいいかい?」

「はいっ!」


フィオナが本当に嬉しそうに笑った。ヒューブ局長も穏やかな目でフィオナを見下ろしている。なんとなく、その光景を眺めていると、ヒューブ局長がアレックスの方を向いた。


「アレックスも来るだろ?」

「ご一緒してもよろしいのですか?」

「勿論。ついでに街を観光しよう」

「はい。……あ、すいません。俺、芝居を観に行けるような服は買ってないです」

「平服でも大丈夫よ、アレックス君。王都じゃ芝居は上流階級の娯楽だから正装が義務づけられてるけど、ここでは庶民の娯楽なのよ。皆普通の格好でくるし、小学生以下は観劇が無料だから、学校が休みの日には子供もたくさん芝居を観に行くのよ。子供でも楽しめるような分かりやすい内容の喜劇が多いから、きっと貴方も楽しめると思うわ」

「そうなんですか。楽しみです」


芝居なんて観たことがない。ミーシャ部長の話に期待が高まる。明日が楽しみだ。ふとフィオナの顔を見ると、ちょっと不服そうに唇を尖らせていた。ヒューブ局長と行くとなった時は、随分と嬉しそうだったのに。

フィオナのサンガレアに来てからの行動をなんとなく思い起こす。フィオナは研究所でも、外の店で食事をとる時も、宿でも、実に甲斐甲斐しくヒューブ局長の世話をしていた。それもとても嬉しそうに頬を赤く染めて。アレックス含めた他の面子といる時は、そんなことはない。子供の頃からの顔馴染みである研究部員の方々とは普通に話しているが、ヒューブ局長と話すときよりもテンション低めでクールな感じである。ミーシャ部長と話している時もそうだ。ヒューブ局長にだけ態度が全然違う。……もしかして、フィオナはヒューブ局長のことが好きなのだろうか。そうとしか思えない程、露骨にヒューブ局長とそれ以外の人との接し方に温度差のようなものがある。今、不服そうな顔をしているのは、きっとヒューブ局長と2人きりじゃなくなったからだろう。
アレックスはフィオナの恋心など心底どうでもいい。アレックスだってヒューブ局長と芝居を観に行きたいのだ。恋する乙女に気を使って遠慮してやるという選択肢はまるでない。アレックスはフィオナの恋心を気づかなかったことにした。だって本当に興味がない。
フィオナの恋心なんぞよりも、今夜の晩飯と明日の芝居の方が余程重要である。今とても空腹だから、早く晩飯を食べたい。アレックスはヒューブ局長に話しかけた。


「局長。晩飯食いに行きませんか?」

「そうだな。俺も腹が減った」

「ご案内します!」


不服そうな顔をしていたフィオナが、再び頬を赤らめてヒューブ局長に話しかけた。


「今日はどんなものが食べたいですか?」

「んー……なんかひたすら肉が食いたいかなぁ。あ。あと、明日休みなら、酒の種類が多い店がいいね」

「じゃあ、焼き肉なんてどうですか?美味しい店知ってますし、飲み足りなくなったら、近くにバーもありますし」

「あぁ。いいね。案内よろしく」

「はいっ!」


研究室にいる他の人達に挨拶をしてから、嬉しそうにしているフィオナの後ろを歩いて、研究室から出て、研究所前の馬車乗り場に向かう。薬事研究所は街から少し離れているので、毎日馬車で通っている。カーティスさん達は、研究所から程近い所にある官舎に住んでいるのだそうだ。
馬車は結構混んでいた。退勤時間に合わせて馬車が来るらしいのだが、研究所所員は皆同じ時間帯に帰るので、いつも人が多くて混んでいる。馬車は僅かな時間差で4台来るので乗れないことはないのだが、いつも座席はぎゅうぎゅう詰めである。

街の入り口に着いて、馬車から降りるとホッと息を吐いた。アレックスの両隣に座るヒューブ局長とフィオナに身体を挟まれていたのだ。ピッタリと腕がくっついたまま馬車に揺られていた。なんとなく解放感を感じながら、今夜の店へと案内するフィオナの後ろを歩く。
焼き肉はかなり美味かった。肉は上質なものだとアレックスでも分かる程のものだったし、焼いた肉をつけるタレが兎に角美味い。米にも酒にも合う。肉をテーブルについている網で焼くのも、ちょっと楽しい。アレックスは夢中で肉を焼いて食べた。フィオナはヒューブ局長の肉を焼いてやったりしながら、やはりアレックスが引く程の量を食べていた。山盛りの米を既に5杯は食べているし、肉もかなりの量がフィオナの胃袋に消えている。酒もかなり飲んでいるようだ。それでもまだ追加注文していた。どんだけ食う気なんだよ、お前。


「やー。いつ見てもフィオナちゃんの食べっぷりは気持ちいいね」

「ありがとうごさいます!あ、局長もまだ召し上がりますか?」

「ん?俺はもう肉はいいかな。十分満腹になるまで食べたから。俺のことは気にしないで、好きなだけ食べなよ」

「はい」

「アレックスもだぞ」

「いえ、俺も満腹になりました」

「お2人が満腹なら、お酒を飲みにバーに行きますか?」

「ん?フィオナちゃんがしっかり食べきってからでいいよ。見ていて楽しいから、俺達のことは気にしないでいいよ」

「えーと……でも、ちょっとお待たせてしてしまうことになるんですけど……」

「いいよいいよ。明日休みだし。芝居って確か午後もやってるよね?」

「午前と午後と夜の3回公演です」

「うん。芝居は午後か夜に行けばいいしね。明日の午前中はゆっくり寝とくつもりだから遅くなっても全然構わない。いくらここで時間がかかっても問題ないよ」

「……じゃあ、あとちょっとお肉追加してもいいですか?あと口直し用に冷たい麺も」

「どうぞどうぞ」

「あ、冷たい麺は局長も召し上がりますか?サッパリしますよ!」

「んー……満腹だから今日はいいかな。また次に来た時にするよ」

「はい」

「アレックスは頼んでみたら?」

「俺も腹一杯なので、次の機会にしときます」

「そ。あ、俺酒だけ頼もうかな」

「俺ももう1杯エールが飲みたいです」

「じゃあ注文しますね」

「うん。よろしく」


フィオナが店員を呼んで、追加注文をした。フィオナが満腹になるまでは、酒を飲みながら、ずっとヒューブ局長と薬事魔術陣の話をしていた。
フィオナが食べ終わると会計をして店を出て、再びフィオナの案内で近くの落ち着いた雰囲気のバーに入った。
王都では珍しい酒がいくつも置いてあり、店員に酒の話を聞きながら、日付が変わる頃まで、ゆっくりと美味しい酒を楽しんだ。
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