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3日後の昼過ぎに2匹の飛竜がフリージアの国軍詰所の訓練場に降り立った。
気候がかなり違う為、向こうで使う衣服は下着から新しく買った方がいいとのことなので、最低限の荷物を持って訓練場の隅っこに3人は立っていた。
飛竜から乗っていた人物達が地面へと降りたのを確認すると、ナイル達は彼らに近づいた。
金髪と赤茶色の髪の背が高い男女2人である。1人はヒューゴだ。もう1人は風の神子様の長女トリッシュ様だ。
2人ともにこやかな笑顔で、歩み寄るナイル達に近づいてきた。
「どぅもぉー。お久しぶりですぅ」
「お久しぶりです。ヒューゴさん。その節は本当にお世話になりました」
「いえいえぇ。なんや大変やったみたいでぇ。あ、出世おめでとうございますぅ。小隊長にならはったんやろ?」
「はい。ありがとうございます。今回もよろしくお願いいたします」
「はぁい。こちらこそ、よろしゅうお願いしますぅ」
「ディーもナイルさんも久しぶり」
「久しぶり。トリッシュ」
「お久しぶりでございます。トリッシュ様」
「そっちの彼は?」
「そっちの彼は……クインシーさんやっけ?お名前。トリット領でナイルさん達と一緒におったやんなぁ?」
「はっ、はいっ!」
「彼は私の部下のクインシー班長です」
「ク、クインシー・フリーキー班長であります!」
「ご丁寧にどうもー。飛竜乗りのトリッシュです。よろしくー」
「はっ!はいっ!」
「ほんなら、早速ですけど出発しますぅ?今の時期的に風の流れがえぇさけ、王都ならかっ飛ばせば2日で着きますけどぉ。普通に飛びますぅ?かっ飛ばしますぅ?」
「かっ飛ばしてください」
「副隊長ぉっ!?」
「ん?なに?クインシー」
「かっ飛ばして大丈夫なんすか!?俺、飛竜に乗るの初めてなんすけど!」
「大丈夫大丈夫。ヒューゴさん熟練の飛竜乗りだし。トリッシュとは俺が乗るし」
「あ、はい」
「ほんなら、俺がナイルさんとクインシーさん乗せますねぇ。ディリオさんはトリッシュちゃんと一緒ってことでぇ。かっ飛ばすさけ、途中は野宿やでぇ」
「よろしくお願いします」
ナイル達はヒューゴに手伝ってもらいながら飛竜に乗り、空高くへと舞い上がった。王都までの短い空の旅が始まった。
ーーーーーー
サンガレアでの1日は長くキツい。
早朝4時半に起床し、5時からサンガレア公爵を筆頭とするサンガレア公爵家の面々との朝稽古でひたすらボコボコにされ、7時に朝食をとると、8時から12時までサンガレア領軍の屈強な軍人達指導の元、走り込みや筋トレ、剣の鍛練などをがっつり行い、昼食を食べると午後1時から6時まで、またみっちりサンガレア領軍の精鋭達相手にひたすら剣を振るう。それから2時間サンガレア公爵らとの夕稽古でボコボコにされて、夕食をとり、夕食後はクラーク様の授業をしっかり3時間受ける。日付が変わる頃に漸く解放され、死んだように眠るとすぐにまた朝がくる。
そんな生活を始めて早くも5日である。
マーサ様達が作ってくれる食事は美味しいが、味わって楽しむ余裕なんてない。以前は楽しんでいた温泉もただ汚れを落とすことが目的となり、身体中、傷と痣だらけで常に自分の身体から薬の匂いがしているくらいだ。ナイル達3人は各々の実力に合わせた別メニューを毎日こなしており、あの馬鹿みたいに強いディリオでさえ、訓練中に吐くくらいしごかれている。ナイルやクインシーは当然のように毎日吐いている。サンガレアは初夏だというのに気温が高く湿度も高い。じっとりとした暑い空気にガンガン体力と気力を削られる。これからサンガレアは本格的な夏を迎える。そもそもサンガレアは夏場は暑すぎて熱中症などが多い為、他所の領地からの来領自粛を通達する程である。暑さに慣れていないナイル達にとって過酷な環境で始まった訓練訓練また訓練の日々はゴリゴリ体力と精神を削っていく。
いっそ気絶したい程の疲労と身体の痛みに耐えながら受けるクラーク様の授業も割と、いや、かなりしんどい。クラーク様の授業中に寝るわけにはいかないので毎日必死である。クラーク様の授業は分かりやすく、正直素直に面白いが、ナイル達が知っていいのか微妙な国軍の裏事情や貴族の後ろ暗い情報、その他これ知ってたら本気でヤバいんじゃないか?というような情報をちょいちょいサラッとぶっこんでくるので精神衛生上よろしくない。ちなみに、初日にクラーク様が作ったテストで惨憺たる結果を叩き出したクインシーだけは別授業である。講師は乱読家で軍関係の事にも造詣が深いマーサ様である。軍学校で教わる基礎中の基礎からクラーク様手製の資料片手にクインシーに教え込んでいる。子供の頃から勉強が苦手で嫌いなクインシーは毎日吐きそうな顔でマーサ様から授業を受けていた。
どう控えめに言っても地獄の日々である。
領軍の1人にぶっ飛ばされた後、小休止ということで水分補給をするように言われて、ナイルはよろよろと訓練場の隅っこにある通称・補給所に向かった。
補給所で塩と砂糖を溶かしてレモンを絞って入れてある水を貰い、その場で飲み干す。座り込んで、いやいっそ倒れてしまいたいくらい疲れているし、身体中が痛い。しかしそんな無様な真似したくない。ナイルはぐっと奥歯を強く噛み締めて、短い休息を近くの木陰で過ごすために重い足を引きずるようにして移動した。
木陰には先客がおり、水の入ったコップ片手にクインシーがぐったり座り込んでいた。1度座ったら立ち上がれない気がして、ナイルは立ったまま木に背中を預けた。
「……小隊長」
「なんだ」
「俺ら生きて帰れるんすか?いやマジで」
「さぁな」
「ここ本当に地獄だった……」
全面的に同意である。
視界の隅でディリオが思いっきりぶっ飛ばされた。すぐに崩れた体勢を変えようとするディリオに容赦なく軍人が斬りかかり、ディリオの腹を思いっきり蹴り飛ばした。またディリオの身体がぶっ飛ばされた。
手加減されているので、骨が折れたりとかは今のところしていないが、常に限界ギリギリまでしごかれている。
まだ地獄が始まって、たったの5日である。先は長い。途中でやめて投げ出すのは負けず嫌いのプライドが許さない。
ナイルはぐっと訓練用の刃を潰した剣を強く握り、クインシーを励ましてからまた地獄の訓練へと戻った。
ーーーーーー
ディリオは疲労で重い上にあちこち痛んで悲鳴をあげている身体を無視して、クインシーの部屋をノックした。クインシーの名前をしつこく呼びながらノックし続けていると、部屋のドアが開いた。
「…………なんすか?」
「遊びに行くぞ!」
「………………は?」
「折角サンガレアに来たんだから、旨いもん食いに行こうぜー。案内するし」
「……副隊長」
「ん?」
「今日って初めての休みっすよね」
「そうだな」
「休みって休むためにあるんすよ。ということで俺寝ます」
「はっはっは。何言ってんだ。休みは遊ぶためにあるんだぞ?」
「アンタが何言ってんだ。もぉー、寝かせてくださいよぉ……つーか、折角寝てたのにぃ……」
「ダーメ。街に行くぞ。ほら。小隊長だって、ちゃんと来てるだろ?」
「いや、副隊長が担いでるじゃないっすか。小隊長、完全に寝てるじゃないっすか」
「だって起きないんだもん。着替えさせてから担いできた。街に着く頃には起きるだろ」
「……なんでそこまでして連れていくんすかぁー。行くなら1人で行ってきてくださいよぉー」
「やだよ。ボッチ飯なんて」
「えぇーーー……俺あんま金使いたくないんすけどぉー」
「飯くらいなら奢ってやっから」
「うーーん……」
「今すぐ俺に服をひんむかれたくないなら着替えてこい。3分待ってやる」
「…………うーっす」
問答するのも面倒になったのか、クインシーが寝間着の甚平の紐をほどきながら、のろのろと部屋の奥へ向かった。
ドアが開けっ放しなので、ぎこちない動きのクインシーの生着替えを眺める。特に意味はない。着替えたクインシーを連れて、街まで行くために馬車乗り場へと目指して歩く。ナイルは担がれたまま寝息を立てている。着替えさせても全然起きなかった。
地獄の日々の楽しい休日の始まりである。
気候がかなり違う為、向こうで使う衣服は下着から新しく買った方がいいとのことなので、最低限の荷物を持って訓練場の隅っこに3人は立っていた。
飛竜から乗っていた人物達が地面へと降りたのを確認すると、ナイル達は彼らに近づいた。
金髪と赤茶色の髪の背が高い男女2人である。1人はヒューゴだ。もう1人は風の神子様の長女トリッシュ様だ。
2人ともにこやかな笑顔で、歩み寄るナイル達に近づいてきた。
「どぅもぉー。お久しぶりですぅ」
「お久しぶりです。ヒューゴさん。その節は本当にお世話になりました」
「いえいえぇ。なんや大変やったみたいでぇ。あ、出世おめでとうございますぅ。小隊長にならはったんやろ?」
「はい。ありがとうございます。今回もよろしくお願いいたします」
「はぁい。こちらこそ、よろしゅうお願いしますぅ」
「ディーもナイルさんも久しぶり」
「久しぶり。トリッシュ」
「お久しぶりでございます。トリッシュ様」
「そっちの彼は?」
「そっちの彼は……クインシーさんやっけ?お名前。トリット領でナイルさん達と一緒におったやんなぁ?」
「はっ、はいっ!」
「彼は私の部下のクインシー班長です」
「ク、クインシー・フリーキー班長であります!」
「ご丁寧にどうもー。飛竜乗りのトリッシュです。よろしくー」
「はっ!はいっ!」
「ほんなら、早速ですけど出発しますぅ?今の時期的に風の流れがえぇさけ、王都ならかっ飛ばせば2日で着きますけどぉ。普通に飛びますぅ?かっ飛ばしますぅ?」
「かっ飛ばしてください」
「副隊長ぉっ!?」
「ん?なに?クインシー」
「かっ飛ばして大丈夫なんすか!?俺、飛竜に乗るの初めてなんすけど!」
「大丈夫大丈夫。ヒューゴさん熟練の飛竜乗りだし。トリッシュとは俺が乗るし」
「あ、はい」
「ほんなら、俺がナイルさんとクインシーさん乗せますねぇ。ディリオさんはトリッシュちゃんと一緒ってことでぇ。かっ飛ばすさけ、途中は野宿やでぇ」
「よろしくお願いします」
ナイル達はヒューゴに手伝ってもらいながら飛竜に乗り、空高くへと舞い上がった。王都までの短い空の旅が始まった。
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サンガレアでの1日は長くキツい。
早朝4時半に起床し、5時からサンガレア公爵を筆頭とするサンガレア公爵家の面々との朝稽古でひたすらボコボコにされ、7時に朝食をとると、8時から12時までサンガレア領軍の屈強な軍人達指導の元、走り込みや筋トレ、剣の鍛練などをがっつり行い、昼食を食べると午後1時から6時まで、またみっちりサンガレア領軍の精鋭達相手にひたすら剣を振るう。それから2時間サンガレア公爵らとの夕稽古でボコボコにされて、夕食をとり、夕食後はクラーク様の授業をしっかり3時間受ける。日付が変わる頃に漸く解放され、死んだように眠るとすぐにまた朝がくる。
そんな生活を始めて早くも5日である。
マーサ様達が作ってくれる食事は美味しいが、味わって楽しむ余裕なんてない。以前は楽しんでいた温泉もただ汚れを落とすことが目的となり、身体中、傷と痣だらけで常に自分の身体から薬の匂いがしているくらいだ。ナイル達3人は各々の実力に合わせた別メニューを毎日こなしており、あの馬鹿みたいに強いディリオでさえ、訓練中に吐くくらいしごかれている。ナイルやクインシーは当然のように毎日吐いている。サンガレアは初夏だというのに気温が高く湿度も高い。じっとりとした暑い空気にガンガン体力と気力を削られる。これからサンガレアは本格的な夏を迎える。そもそもサンガレアは夏場は暑すぎて熱中症などが多い為、他所の領地からの来領自粛を通達する程である。暑さに慣れていないナイル達にとって過酷な環境で始まった訓練訓練また訓練の日々はゴリゴリ体力と精神を削っていく。
いっそ気絶したい程の疲労と身体の痛みに耐えながら受けるクラーク様の授業も割と、いや、かなりしんどい。クラーク様の授業中に寝るわけにはいかないので毎日必死である。クラーク様の授業は分かりやすく、正直素直に面白いが、ナイル達が知っていいのか微妙な国軍の裏事情や貴族の後ろ暗い情報、その他これ知ってたら本気でヤバいんじゃないか?というような情報をちょいちょいサラッとぶっこんでくるので精神衛生上よろしくない。ちなみに、初日にクラーク様が作ったテストで惨憺たる結果を叩き出したクインシーだけは別授業である。講師は乱読家で軍関係の事にも造詣が深いマーサ様である。軍学校で教わる基礎中の基礎からクラーク様手製の資料片手にクインシーに教え込んでいる。子供の頃から勉強が苦手で嫌いなクインシーは毎日吐きそうな顔でマーサ様から授業を受けていた。
どう控えめに言っても地獄の日々である。
領軍の1人にぶっ飛ばされた後、小休止ということで水分補給をするように言われて、ナイルはよろよろと訓練場の隅っこにある通称・補給所に向かった。
補給所で塩と砂糖を溶かしてレモンを絞って入れてある水を貰い、その場で飲み干す。座り込んで、いやいっそ倒れてしまいたいくらい疲れているし、身体中が痛い。しかしそんな無様な真似したくない。ナイルはぐっと奥歯を強く噛み締めて、短い休息を近くの木陰で過ごすために重い足を引きずるようにして移動した。
木陰には先客がおり、水の入ったコップ片手にクインシーがぐったり座り込んでいた。1度座ったら立ち上がれない気がして、ナイルは立ったまま木に背中を預けた。
「……小隊長」
「なんだ」
「俺ら生きて帰れるんすか?いやマジで」
「さぁな」
「ここ本当に地獄だった……」
全面的に同意である。
視界の隅でディリオが思いっきりぶっ飛ばされた。すぐに崩れた体勢を変えようとするディリオに容赦なく軍人が斬りかかり、ディリオの腹を思いっきり蹴り飛ばした。またディリオの身体がぶっ飛ばされた。
手加減されているので、骨が折れたりとかは今のところしていないが、常に限界ギリギリまでしごかれている。
まだ地獄が始まって、たったの5日である。先は長い。途中でやめて投げ出すのは負けず嫌いのプライドが許さない。
ナイルはぐっと訓練用の刃を潰した剣を強く握り、クインシーを励ましてからまた地獄の訓練へと戻った。
ーーーーーー
ディリオは疲労で重い上にあちこち痛んで悲鳴をあげている身体を無視して、クインシーの部屋をノックした。クインシーの名前をしつこく呼びながらノックし続けていると、部屋のドアが開いた。
「…………なんすか?」
「遊びに行くぞ!」
「………………は?」
「折角サンガレアに来たんだから、旨いもん食いに行こうぜー。案内するし」
「……副隊長」
「ん?」
「今日って初めての休みっすよね」
「そうだな」
「休みって休むためにあるんすよ。ということで俺寝ます」
「はっはっは。何言ってんだ。休みは遊ぶためにあるんだぞ?」
「アンタが何言ってんだ。もぉー、寝かせてくださいよぉ……つーか、折角寝てたのにぃ……」
「ダーメ。街に行くぞ。ほら。小隊長だって、ちゃんと来てるだろ?」
「いや、副隊長が担いでるじゃないっすか。小隊長、完全に寝てるじゃないっすか」
「だって起きないんだもん。着替えさせてから担いできた。街に着く頃には起きるだろ」
「……なんでそこまでして連れていくんすかぁー。行くなら1人で行ってきてくださいよぉー」
「やだよ。ボッチ飯なんて」
「えぇーーー……俺あんま金使いたくないんすけどぉー」
「飯くらいなら奢ってやっから」
「うーーん……」
「今すぐ俺に服をひんむかれたくないなら着替えてこい。3分待ってやる」
「…………うーっす」
問答するのも面倒になったのか、クインシーが寝間着の甚平の紐をほどきながら、のろのろと部屋の奥へ向かった。
ドアが開けっ放しなので、ぎこちない動きのクインシーの生着替えを眺める。特に意味はない。着替えたクインシーを連れて、街まで行くために馬車乗り場へと目指して歩く。ナイルは担がれたまま寝息を立てている。着替えさせても全然起きなかった。
地獄の日々の楽しい休日の始まりである。
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