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16:頼れる女

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薬草茶の効果か、ほんの少しだけ落ち着いてきた。コーネリーもようやく泣き止み、鼻を啜りながら、カップに口をつけた。ふんぞり返るようにして椅子に座り、腕を組んで黙って2人が落ち着くのを見守っていたアリアナが、口を開いた。


「アル。痛みは?」

「今のところはない」

「吐き気やその他に何かある?」

「吐き気はある。朝からずっと少しだけ身体が重怠かった。……全く関係ないかもしれないが、昨日と一昨日、やたらムラムラした」

「吐き気止めを処方しよう。それから痛み止めも。少しでも痛みを感じ始めたら服用しな。本格的に痛くなってからじゃ薬の効果が出るまでに時間がかかって大した意味がない。個人の体質によるから一概には言えないが、月経前に性欲を強く感じたり、イライラしたり、気持ちが落ち込んだりすることがある。月経前の症状も、月経中の症状も、本当に人其々なんだ。勿論、ある程度の傾向などは分かっているが、結局、痛みや他の症状による苦痛は本人にしか分からないものだ。経血が出るだけで、全くなんの自覚症状がない者もいる。我慢は絶対にするな。素直に私に報告・相談をしろ。対処できるものに関しては対処する。いっそのこと月経中は仕事を休め。精神的ショックも大きいだろう。アンタは常日頃から働き過ぎだ。たまには大人しく寝て過ごせ」

「薬は助かる。相談については甘えさせてもらうわ。だけど仕事は休まない。家に1人でいる方がキツい。普段と同じように仕事をしていた方が、まだ気が紛れる」

「仕事中毒め。キツくなったら必ず此処に来い。話し相手になってやるから」

「ありがとう。アリアナ女史。頼もしいわ」


へらっとアルフレッドが笑うと、アリアナがギロッと睨んできた。美女の怒った顔は実に恐ろしい。アルフレッドはそっとアリアナの美しい顔から目を逸らした。


「……アンタらは簡単に妊娠・出産をするって言ってたけどね。たかだか月経でそこまで動揺してたら、もっとしんどい妊娠中も出産も堪え切れないよ。勿論、女として生まれたわけじゃないアンタらが突然女の身体になった訳だ。正しくなんの心構えも知識もなく初潮を迎えたら、そりゃあ動揺もするし、ショックも大きかろう。男にとっては未知の世界だろうからね。悪いことは言わない。妊娠はあと数年経って、身体の変化に心が完全に追いついてからにした方がいい。でないと、心がもたない」

「……悪いけど、それはできねぇよ。瘴気は待ってはくれない。浄化魔法の適性がある者自体、人口比率からすると少な過ぎるんだ。更に、実際に現場に出て浄化ができる者はもっと限られてくる。瘴気の浄化は必要不可欠だ。できる者が少ないが、絶対にやらねばいけないことだ。俺はそれができる。ならば、やるより他にない。俺は俺が成すべきことを成す。その為には男の身体に戻らなきゃいけねぇ。できうる限り早くな」

「……アンタのそういうところ、昔から変わらないね。だらしないズボラ人間の癖に、絶対にそこだけはブレない。……はぁ。全く。……全力でサポートしてやるから、ほんの些細なことでも頼りな。こっちは3人も子供を産んでんだ。心のケアは専門外だが、多少はかじっている。専門家を紹介することもできる。すぐに男の身体に戻りたいのなら、絶対に、私を頼れ」

「ありがとな。先輩」

「コーネリーもだ。アンタは話が終わった後に説教ね。そこの甘い馬鹿に止められてたから今までしなかったけど、人間の身体、性別を変化させること、出産という命がけで新たな生命を生み出すことの意味を、脳みそお花畑なアンタにも理解できるまで説明してやる」

「ぐずっ、は、はい」

「じゃあ、月経の具体的な対処法の続きだ。月経の仕組みのざっくりとした説明からするよ。耳の穴かっぽじって聞きな」


アリアナが真剣な顔で話し始めた。アルフレッドもコーネリーも真剣にアリアナの話を聞き、いくつも質問をした。アリアナは丁寧に答えてくれた。
アリアナの話を聞き終えた後、アルフレッドは両手で顔を覆って項垂れた。


「……初潮がこないと妊娠しないなんて聞いてねぇ」

「普通に知ってることだと思ってたわ」

「完全にヤリ損じゃねぇか!!」

「既にヤってんのかい」

「ヤリまくって中出しされまくってますけど何か?」

「全く無意味な訳じゃないけど、まぁ、妊娠の可能性がない以上意味ないね」

「やべぇ。今日一番のショック」

「相手は?イカれた種馬募集をしていたようだけど」

「白銀騎士団のバージル・グラッドレイ」

「知らんな。近いうちに連れてきな」

「何で」

「まともな男か判断する為に決まっているだろう。ヤリ捨てそうだと私が判断したら、別の男を紹介する。弟とかね」

「アリアナ女史の弟は人体魔法狂いの変態じゃねぇか。バージルの方がまだマシだわ。むっつり野郎だけど」

「愚弟が変態なのは否定しないけど」

「してやれよ。ちょっと可哀想じゃん」

「嘘つくの嫌いなのよね。私」

「知ってる」

「コーネリーも必ず相手の男を連れてこい。なんなら相手の身体を検査してやろう。不妊の原因は、半分は男にある。ちゃんと妊娠させられる身体なのかを調べる」

「……頼んだ。バージルは予定では10日後に戻る。その後で連れてくる」

「あの、僕もクラークさんに話して、近いうちに必ずお伺いします」

「そうして。あ、ねぇ。アル」

「ん?」

「コーネリーは女の身体の間は王都にいるんだろう?」

「あぁ。俺もこいつも王都詰めだ。浄化には出ない」

「じゃあ、暫く私に預けな。医療魔法を叩きこめるだけ叩き込んでやろう」

「うえっ!?」

「あ、そいつはありがたい。最低限の応急処置程度なら全員できるが、本当にその程度のもんだ。中には医療魔法を多少使える部下もいるが、ほんの2、3人でさ。ついでに外科処置も叩き込んでくれないか?現場に1人でも医療魔法や外科処置ができる人間がいるだけで、危険な場合でも生存率が上がる。滅多にあることじゃないが、殉職者がいない訳じゃない」

「いいよ。可愛くない後輩の頼みだからね。このお馬鹿ちんを性根から叩き直しつつ、現場で使えるところまで鍛えてやろう」

「頼んだ。ということだ。コーネリー。暫くはアリアナ女史の所で修業な。医療魔法も外科処置も、お前と仲間が無事に生き残る為の大きな力になる。習得しておいて損はねぇ」

「は、はいっ!!あ、あの、アリアナ先生。よ、よろしくお願いしますっ!!」

「はいよ。私はそこの甘ちゃんと違うからね。覚悟しときな」


隣でアリアナに向かって勢いよく頭を下げたコーネリーの頭を撫で回しながら、アルフレッドは小さく息を吐いた。月経の仕組みは勿論、ざっくりとではあるが、女体の構造から教えてもらった。アリアナに教えてもらうまでは漠然としていて、知らない恐怖を感じていたが、今は多少知ったことで、だいぶ気持ちが落ち着いている。女体化した最初の頃にアリアナから話を聞けばよかったのだろうが、そこまで頭が回っていなかった。ただ、男の身体に戻るために妊娠をしなければいけないと、それだけを考えていた。我ながら、まだまだ未熟である。

薬草茶を淹れなおしてくれたアリアナと世間話も交えてゆっくり話をし、医務室から出る頃には手の震えはなくなっていた。アリアナは学生時代から姉御肌で、頼れる先輩だった。アリアナがいてくれて、本当に助かる。

浄化課の部屋に戻りながら、アルフレッドはじわじわと痛み始めた下腹部を擦った。浄化課の部屋に戻ったら、早速痛み止めを飲んだ方が良さそうだ。アリアナの所に2日に1度は必ず来いと厳命されたので、明後日に、またアリアナに会いに行く。アリアナが好きな酒でも持っていこう。世話になる礼だ。
アルフレッドは浄化課の部屋に戻ると、痛み止めを飲み、キックスに謝罪をしてから、仕事の続きを始めた。

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